2008-05

5・29(木)ブルーノ=レオナルド・ゲルバー・ピアノ・リサイタル

 東京オペラシティコンサートホール

 思えばちょうど40年前、大型新人として話題になっていた彼が初来日した時のこと、記者会見の席上で集まったカメラマンたちに、「どうか(顔の)こちら側から撮るようにして下さい」と自ら念を押し続けていたゲルバー。話の途中で一人のカメラマンが反対側に動こうとすると、話を中断して「あ、こっちからにして」と指示を出すのだった。同席していたわれわれジャーナリストたちは、「変なヤッちゃな」と苦笑したものである。
 だが、いざコンサートになると、それはもう堂々たる風格とスケールの大きさにあふれた演奏であった。「やっぱり大物だ」とわれわれは舌を巻いた。

 その初来日の時に、彼は読売日響と協演して「皇帝」を弾いた。
 ところがそのさなか、第2楽章あたりからだったろうか、東京文化会館の上手の写真撮影室から、ガラス戸を開けたまま、猛烈な勢いでシャッターを押しはじめた非常識なカメラマンがいたのである。
 1階前方の聴衆はみんな苛々しはじめ、舞台上手寄りにいたコントラバス奏者たちでさえ舌打ちして振り返るという騒ぎになったが、そのカメラマンは、一向に平気で、ヒステリックなほどにシャッターを押し続けていた。止めろと怒鳴るわけにも行かない。しかもそういう時に限って、あいにく第3楽章が終るまで切れ目がない曲なのだ。騒々しいシャッター音は、曲が終るまで続いていた。
 とにかく全曲が終って、大拍手。だが、それが終るやいなや、聴衆の怒りが爆発した。一人が立ち上がって、舞台前で関係者弾劾の演説をはじめる。それに拍手や同意の野次が飛び交う。肝心の悪徳カメラマンは、すでに逃走していた。

 ロビーでは、読売日響の事務局スタッフを取り囲んで怒号がひとしきり続いた。あのシャッター音に、ステージ関係者は気づかなかったのか。事務局はなぜあんなカメラマンに撮影を許可したのか。管理はどうなっているのか、など。
 「あんな妨害的な音を出して、ゲルバーさんに失礼ではないか」という声も多かった。が、後で聞くところによると、ゲルバーは演奏に没頭していたため、シャッター音など全く気がつかなかったという。しかし、かりに気がついていても、あの人柄だから笑ってそう答えたのではないか、という人もいた。ことほどさように、ゲルバーの人気は凄かったのだ。
 たが、不思議にも、指揮者のことについては、だれも問題にしなかった。
 その時の指揮者はだれだったのか? 無名の若い指揮者? そうではない。未だ日本ではあまり有名ではなかった、かのギュンター・ヴァントだったのである・・・・。
 
 さて、それ以降も何回か来日していたゲルバーだったが、久しぶりに聴いたのが今回。ベートーヴェンのソナタを4曲演奏してくれた。「月光」「ワルトシュタイン」「悲愴」「熱情」というプログラムだった。
 昔は重厚壮大なピアニズムが特徴だったゲルバー、今でも力強い低音を持っているが、そのスタイルはだいぶ変貌を見せ、明るいシャープなアタックと音色を駆使するようになっている。強烈な打鍵の演奏で、豪快さもあった。だが、彼としては、今日は本調子だったのだろうか? 全体に外面的な威容と輝かしさだけが目立った。特に後半の「悲愴」など、あまり納得行かない演奏だったが。

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