2008-05

5・17(土)ユベール・スダーン指揮東京交響楽団

  サントリーホール

 シューベルトの「第1交響曲」冒頭では、明晰な弦楽器群の音色と、それとは異なる丸みのある独特の音色を持った強い響きの管楽器群のハーモニーとが同時に高鳴り、実にユニークな音になる。
 これこそが、スダーン・サウンドというべきものだ。彼が以前音楽監督をつとめていたあのザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団でさえ、いつもうまく鳴らせるとは限らなかったサウンドである。
 このような管楽器群のバランス作りは、至難の業に違いない。第3楽章あたりになるとそのバランスはいささか緩んでしまうのだが、しかしたとえ前半2楽章の間だけでも、東京交響楽団が完璧にその音を出したということは、音楽監督スダーンとの関係が今や(再び)最良の時期にあることを示すものではなかろうか。

 この日は、シューベルトの交響曲からは2曲。
 10型編成で清澄な古典的感覚を以て演奏された「第1番ニ長調」に対するに、12型編成に拡大されてロマン派的な翳りを折り込まれた第4交響曲ハ短調「悲劇的」の演奏との対比の見事さ。
 それは、充分に説得力をもつ解釈である。これまで数多く聴いてきたスダーンと東響との演奏の中でも、抜群かつ最高の出来だ。
 2曲の間には、リーリャ・ジルベルシュテインの鮮やかなソロとの協演によるプロコフィエフの「ピアノ協奏曲第3番」があった。意表を衝くプログラミングだが、不思議なことにこの嵐のような協奏曲がシューベルトの「2つの世界」の間に在って、これまた絶妙な絵巻物的効果を発揮していたのであった。

 これは、今年になって聴いたオーケストラ・コンサートのベストともいうべきもの。

5・17(土)小澤征爾指揮新日本フィルハーモニー交響楽団

  すみだトリフォニーホール
 
 「小澤の悲愴」は、これまでにも何度か聴いてきた。今日の演奏を聴くと、流石に彼の「定番」にふさわしく、既に一つの完成品に近い形を整えているのではないかという気がする。

 たとえば、全曲をバランスよく構築するその設計の巧みさだ。テンポの設定も、フェルマータ付休止の「間」の取り方もきわめて自然なのだ。楽曲全体のバランスを失わせぬスムースな流れは、ここから生まれるのだろう。第3楽章後半のクライマックスへ盛り上げる呼吸、特にコーダで白熱的なエネルギーを爆発させて追い込んでいく呼吸もひときわ目覚しい。もともとこのような「もって行き方の巧さ」は、チャイコフスキーの音楽自体に備わっている特徴の一つなのだが、小澤は忠実にスコアを再現することによって、作曲者本来の感性を引き出してみせる。

 音量的な山場はもちろんこの第3楽章にあるが、しかしチャイコフスキーの意図した本当の頂点は第4楽章にあり、小澤もそこに全曲のクライマックスを設定している。この第4楽章アンダンテの第2主題部分では、以前の演奏よりもやや速めのテンポを採り、激しい感情の動きを吐露させ、慟哭の歌をつくり上げる。第1楽章序奏での低弦の音色はとりわけ美しかったが、第4楽章の最後ではまさにそれと同じ音色を再現させ、かくして深淵から立ち現われてきたこの交響曲が再び深淵の奥深く沈んで行くというイメージを聴き手に強く印象づけるのである。こういう設計が、小澤は実に巧くなった。
 この演奏には、いわゆる悲劇的なイメージは無い。それゆえ、この曲のロシア語のタイトル「パテティーク」(感情豊かな)にふさわしい性格の演奏と言えるだろう。

 プログラムの前半には、ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第3番」が演奏された。ソロは上原彩子。もともとロシアのレパートリーに強い共感をもち、現実に実績を重ねてきた彼女だが、この曲は成功した例の一つであろう。以前には感じられなかったような堂々たる自信と風格、強い意志力のようなものが演奏にあふれていて、あの小柄な体のどこからこのようなパワーが生まれるのかと驚くほど、豪快で白熱した音楽をつくっていた。小澤が例のごとく綿密に合わせて行き、全曲の大詰めでもゲルギエフやラトルのそれに劣らぬ見事な「決め」を聴かせたのであった。

 この日、小澤は、腰椎間板ヘルニアのため、脂汗を流しながらの指揮だったという。だが客席で聴く者には、演奏に常ならぬ鬼気が感じられたことを除けば、病気のこと微塵も悟らせない指揮ぶりだった。翌日以降の演奏会出演は、すべてキャンセルされた。回復を切に祈りたい。

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