2007-10

10・2(火)ベルリン州立歌劇場来日公演「ドン・ジョヴァンニ」

  東京文化会館

 バレンボイムも最近は、レチタティーヴォの部分で「間」を自由に採る今風の手法をいよいよ多用するようになった。これは本来、楽曲のバランスを崩しかねない(アーノンクールやハーディングは時たまその陥穽に陥る)方法だが、オーケストラの基本テンポにことさら細工を施さないバレンボイムの音楽構築の中では、それほどの違和感は生じない。抑制気味の音量で進められる演奏も、第1幕フィナーレや、第2幕の「地獄落ちの場面」など、ここぞという劇的な瞬間では、さすがの高揚を示していた。ただ今日のシュターツカペレ・ベルリンは、絶好調時の演奏に比べると、少々荒い音だったが。

 歌手陣では、題名役のペーター・マッテイがいい。夏のザルツブルクでの「オネーギン」の時と同様、不良青年っぽい役柄を巧く演じ、歌う。千両役者的ドン・ファンではないが、それは演出意図に沿っているにすぎないだろう。ハンノ・ミュラー=ブラッハマンは若々しいレポレロを演じ、マッテイと表裏一体になった存在を表現していた。ツェルリーナのシルヴィア・シュヴァルツは若いけれど演技も歌もしっかりしていて、今後が期待できる。アンナ・サムイル(ドンナ・アンナ)はザルツブルクでタチヤーナを観たばかりだが、やはりまだこれからというところか。アンネッテ・ダッシュ(ドンナ・エルヴィーラ)の方が、ザルツブルクでのアルミーダの時と同じく、演技にも幅を持っている。

 トーマス・ラングホフの演出は2000年のプロダクションだが、きわめてストレートなものだ。登場人物全員をごく日常的な、市井の人間たちとして設定しているところに特徴があるだろう。ヘルベルト・カップルミュラーによる暗く簡素な美術とともに、日常的でありながらも解放感のない世界といった光景が続き、観る者をして何か鬱積した心理に陥らせるような舞台になっている。それはまるで、勅使河原宏監督の映画「砂の女」の世界にも似ている。
 地獄落ちの場面は、奥の台座(墓)の上に立つ石像との応酬を経て、ドン・ジョヴァンニは金縛りに逢ったように動けなくなり、周囲から吹き出す炎の中に、地下へ沈んで行く。ただし、最後の場面での残された6人の表情には、少々曖昧な、解せないものがあった。

 字幕は、あまりに大雑把で意訳に過ぎる。台本にある一寸気の利いた表現が全く無視されてしまっては、面白みを欠く。特に、法も社会道徳も階級も身分も無視して生きるドン・ジョヴァンニのモットーである「自由万歳 Viva la libertà 」を妙な誤訳(「楽しくやりましょう」だったか?)にしてしまっては、このオペラの本質を害なってしまう。

«  | HOME |  »

























Since
September 13, 2007

これまでの来訪者数

ブログ内検索

お知らせ

●2007年8月以前のArchivesを順次、アップロード中です。併せてご覧下さい。
2007年8月
2007年7月
2007年6月
2007年5月
2007年4月
2007年3月
2006年8月
2006年7月
2006年4月
2006年3月
2005年12月
2005年8月
2005年4月
2005年3月
2004年5月
2004年4月

最近の記事

Category

プロフィール

リンク

News   

雑誌 モーストリー・クラシック に連載中
「東条碩夫の音楽巡礼記」