2007-09

9・25(火)スクロヴァチェフスキ指揮読売日本交響楽団

 サントリーホール

 シューマンの「第4交響曲」は、ザールブリュッケンのオーケストラを指揮した演奏がCDで出たばかり。それに対し、ナマで聴く演奏はさすがに大きな拡がりを感じさせるけれども、リズムはCDと同様に明晰そのもの、たたきつけるような鋭角的シューマンといったイメージに変わりはない。
 84歳近くにしてこのようなスタイルを保持できるスクロヴァチェフスキは、本当に若い。しかも常に暗譜で指揮する。ショスタコーヴィチの「第10交響曲」でも、暗譜指揮だった。

 その「10番」では、読売日響の超強力な低弦群をはじめ、おそろしく哀切な表情のオーボエ(第4楽章冒頭)、バランスの良いデュオを聴かせたピッコロ(第1楽章コーダ)、「謎の恋人」を想起させるにふさわしい夢幻的なホルン(第3楽章)などもあいまって、すこぶる充実した、スケールの大きな演奏となった。第3楽章中ほどでホルンのソロを支える弦楽器群のピチカートが譜面の指定と異なり、すべて骨太のフォルテという感じで弾かれたあたりも、この演奏を剛直なイメージにした要素の一つであろう。
 ただ、全曲大詰で、オーケストラのいろいろなパートがショスタコーヴィチの名のモノグラム「D-Es-C-H」を反復しつつ追い込んで行く部分がやや平板にとどまり、怒涛の終結感を創り出すには至らなかったのが、残念といえば残念である。だがこれは、無いものねだりというべきかもしれない。
 ともあれマエストロ・スクロヴァチェフスキ、演奏の分野では立派に常任指揮者としての責任を果たしてくれている。

 それにしても、この交響曲は面白い。第2楽章がスターリンを描いたものだとかいうヴォルコフの怪しげな説をいまさら鵜呑みにする気はないが、むしろ作曲者が他の場所で述べた「人間の感情と情熱を描いた作品」というコメントの方が、はるかに興味深い。
 その線に沿って、私はどうもこの曲を、ショスタコーヴィチの私小説として聴きたくなってしまうのである。第3楽章でのホルンによる「E-A-D-E-A」が、若い女性ピアニスト、エルミーラ・ナジローワ Elmira Nazirova のE、La、Mi、Re、Aをもとにしており(彼が当人に手紙で打ち明けたそうである)、このモティーフと呼応しながら自らのモノグラムが高揚して行くあたり、何となく標題音楽的で暗示的で、うまくできているではないか。
 ショスタコーヴィチの音楽といえば、とかく反体制的な苦悩の姿勢と関連づけて語られることが多いので、たまにはこんな解釈もしてみたくなるというものだ。

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