2007-09

9・19(水)マティアス・ゲルネ/シューベルト「美しき水車小屋の娘」

 東京オペラシティコンサートホール

 「シューベルト3大歌曲集」ツィクルスの初日。

 ゲルネは、正面を向いて歌うということがほとんどない。首振り扇風機のごとく、間断なく左から右へ、右から左へと向きを変え、大きな身振りで歌う(このホールは壁のはねかえりの音が大きいため、目を閉じて聴いていると、彼が舞台上で左右に動き回って歌っているような錯覚に陥る)。
 顔の表情の変化も大きく、視覚的に大変劇的な表現という印象を受けるが、事実、歌唱もこの上なくドラマティックである。主人公の若者は意気揚々と旅に出て、少女と恋に落ちたかと思うと、ただちに恋敵が出現する・・・・という具合に、曲の間もあまりとらずに一気に頂点へもっていくという構築を、彼は選ぶ。強いテンションに満ちた歌いぶりで、いささかも感傷的に立ち止まったり悩んだりする表情を見せない。ゲルネは、この主人公の若者を、どのようなイメージで捉えているのだろう。少なくともこの歌を聴く限り、若者は特に自ら命を断つような必要はなく、このあとも立派に一人でやって行ける男のように感じられてしまうのだが。

 だが最後の「小川の子守歌」に至って、ゲルネはすばらしいソット・ヴォーチェで若者を悼んだ。アレクサンダー・シュマルツのピアノも、最後の曲ではその和音をゲルネの声と見事に調和させ、シューベルトの歌曲がもつ和声的な美しさ、転調のこまやかさを再現していた。ゲルネの歌い方が、歌詞を強調するのではなく、歌の旋律線を重んじたものであるため、なおそれが際立っていた。
 「音楽の友」11月号演奏会評

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