2007-09

9・15(土)小泉和裕指揮東京都交響楽団

   サントリーホール

 サントリーホールの前広場は、東京音頭が鳴り、屋台店が並ぶ、賑やかな夏祭り。一方、ホールの中で演奏されたのは、ストラヴィンスキーの「春の祭典」。指揮は都響の現・首席客演指揮者で、来年4月からはレジデント・コンダクターの肩書となる小泉和裕。

 この人の指揮を初めて聴いてから、もう32年になる。
 厚みのある響きの弦楽器群を基調にして、ぎっしりと中身のつまった音楽を創る彼の指揮は、あの頃も今も全く変わっていない。「春の祭典」もこのスタイルに則ったアプローチで、強力な重心の上に展開する壮大な絵巻といった演奏である。30年ほど前の新日本フィルとの演奏と比較すると、むしろテンポが速くなり、最後の修羅場では猛烈な突進型の演奏になった趣といえようか。矢部達哉をコンサートマスターとする都響の弦は瑞々しく、「敵対する町の遊戯」で一斉に咆哮する8本のホルン群も見事な迫力を示していた。

 前半には、ゲルハルト・オピッツを迎えてのブラームスの「ピアノ協奏曲第1番」。
 このドイツの名匠が演奏するドイツの作品には、有無を言わせぬ説得力がある。細部にいたるまで疎かにせず、これまた強い重心の上にがっちりと組み立てた音楽なのだが、それが決して武骨なものでなく、常に温かい表情をたたえているところに、彼の本領があるだろう。こうしたオピッツの演奏は、小泉のそれと実にうまく調和するのである。満席に近い会場も、大いに沸いた。

 小泉の指揮を「見て」いるうちに、彼が1976年夏のザルツブルク音楽祭にウィーン・フィルを指揮してデビューしたときのことを思い出した。
 そのとき、小泉は27歳。ウィーン・フィルを振った指揮者としては、当時の最年少記録だったそうである。場所はフェルゼンライトシューレ。舞台下手の袖からやや緊張した表情で小走りに現われ、チャイコフスキーの第5交響曲などを指揮した。その時の振り方も腕の動かし方も、今夜のサントリーホールでの指揮姿とそっくり同じだったことを思い出す。彼も齢をとらない指揮者の一人だ。
 ちなみに、小泉がそのウィーン・フィルを振った前日には、祝祭大劇場で小澤征爾がシュターツカペレ・ドレスデンを指揮、ブラームスの第1交響曲などですばらしい演奏を聴かせ、客席を沸かせていた。小泉はなぜか盛んにそのことを気にして、
 「よりにもよって、小澤さんの翌日に、何も僕に振らせなくたって・・・・。どうしたってまわりは比較するじゃないか」と、おそろしく落ち込んでいた。
 しかし、小泉の演奏会も会場は満席だったし、若い指揮者のデビューに惜しみない盛大な拍手が贈られていたのである。私の隣に座っていたドイツ人の中年女性は、彼の年齢を私から聞いて、「27歳であれだけの指揮を・・・・信じられない、信じられません!」と叫んでいたほどなのだ。私は彼に向かい、「小澤さんが27歳のときにウィーン・フィルなんて指揮できた? それに比べれば・・・・」と、妙な慰め方をしたのだが、どうも彼の気持は治まらなかったようである。これは、小泉の若き日のエピソード。
産経新聞9月30日

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