2017-04

8・31(金)サントリー芸術財団サマーフェスティバル2012最終日
クセナキス:「オレスティア」3部作

   サントリーホール  7時

 LH710便で午前7時40分成田着、10時半に帰宅。溜っている仕事を少し片づけ、例の如くJTBから教えられた時差ボケ解消用の昼寝を2時間ほどして元気を少し快復、予定の「オレスティア」を観に行く。

 クセナキスの「オレスティア」3部作の、しかも所謂「完全版」の舞台上演としては、これが日本初であるとのこと。上演時間75分。
 今回は演出集団「ラ・フラ・デルス・バウス」が、このホールをどう使うか興味津々だったが、さすが気の利いた舞台づくり。第1幕「アガメムノン」が、オーケストラの鋭いアタックに先導され、華麗に飛び交う照明演出(カルロス・リグアル)を以って開始された時には、(変な言い方だが)未だザルツブルク音楽祭にいるような錯覚に一瞬陥ったくらいだ。

 舞台下手にアンサンブル(東京シンフォニエッタ)が配置され、指揮者(山田和樹)は舞台前客席最前列に、打楽器奏者(池上英樹)はオルガン下にそれぞれ位置。凝ったメイクを施した児童合唱(東京少年少女合唱隊)はP席前方に座り、合唱(東京混声合唱団)は舞台や客席を移動。ソロの松平敬も最初は打楽器奏者の横で歌い、後半は舞台上に移った。
 演奏はすこぶる見事なもので、東混の歌唱は2階席で聴いていても均衡を保っており、また松平敬の「七色の声」も凄味のある存在感を以って響いていた。山田和樹の統率力も目覚しく、音楽面では、極めて充実した演奏だったと思う。

 演出集団ラ・フラ・デルス・バウスによる舞台――カルルス・パドリッサの演出は、予想通りホール全体を舞台として利用する。
 第2幕「供養するものたち」での、オレステスによる母親及びその不倫相手の殺害は、1階客席前方両側の出入口でそれぞれ行われ、いずれも廊下からの照明により反対側の壁一杯にシルエットを投影されるという、面白い手法が試みられていた。

 第3幕「恵み深い女神たち」での最後は、「報復の連鎖は断ち切られ、全市民が行列をなしてそれを祝福する」(プログラムの川島素晴の解説)に従い、1階客席中央前方の観客までを巻き込んで、鐘と踊りと歌と歓声と、照明の乱舞とが延々と続くドンチャン騒ぎとなった。
 この場面だけは、あまり洗練された手法とは言い難く、些か野暮ったさが感じられなくもない。
 それに、復讐や報復が中東でも日本周辺でも未だ日常茶飯事の如く繰り返されている今、あまりに楽観的な結末に過ぎるとも感じられるが――まあ、とりあえずは。

 これだけの大変な手間をかけた上演が、僅か今夜1回のみで終るとは、もったいない話である。これは、サントリーホールの「サマーフェスティバル」25周年記念企画のフィナーレとして、限りなく意義のある上演であった。
 客席も、このシリーズとしては、近年珍しくほぼ満席に近く、しかも若い聴衆が多い状態であったことは、祝着の極みである。

8・29(水)ザルツブルク音楽祭(終)
ヘンデル:オペラ「エジプトのジュリオ・チェーザレ」

   モーツァルトハウス  6時半

 モーシュ・レイゼル&パトリス・コーリエ演出のプロダクション。8月23日プレミエで、全5回上演のうち今夜が4回目。30分の休憩2回を含み上演時間は5時間、ワーグナー並みの長さだ。
 長いのはいいとしても、この音楽祭、昔はおしなべてもう少し終演時刻が早めに設定されていたのではなかったかしら。終ってからみんなでよく食事に行ったものだったが・・・・。

 こんなに演奏時間が長かった理由の一つは、指揮者ジョヴァンニ・アントニーニが、遅いテンポの個所を更にいっそう遅くしていたことにもあろう。だが、いい指揮者だ。つくる音楽に張りがある。
 しかもイル・ジャルディーノ・アルモニコの演奏が素晴しい。ヘンデルの音楽が持つ力強い劇的な要素を充分に再現していて、聴き応え充分だった。

 今回は、歌手の顔ぶれがいい。ジュリオ・チェーザレ(ジュリアス・シーザー)にアンドレアス・ショル、その部下クリオにペーター・カールマン、クレオパトラにチェチーリア・バルトリ、その腹心ニレーナにヨッヘン・コヴァルスキー、ポンペウスの妻コルネリアにアンネ・ソフィー・フォン・オッター、その息子セストにフィリップ・ジャルスキー、エジプト王トロメーオにクリストフ・デュモー、その腹心アキッラにルーベン・ドロール・・・・という豪華さである。

 この演出では、コルネリアとセストを非常に暗く悲劇的に描き出す(これは当然だが)のと対照的に、エジプト側のクレオパトラとニレーナをすこぶる陽気に、しかも少しコミカルに表現する。しかも、そのバルトリとコヴァルスキーが軽妙に踊ったりはしゃいだり、実に絶妙なコンビぶりで名演技と完璧な歌唱を繰り広げてくれるのである。愉しいことこの上なしだ。
 かたや、金髪のまま深刻な演技を繰り広げ、沈鬱な歌唱を聴かせるフォン・オッターの凄味は言うまでもなく、またジャルスキーの若々しい張りのある表情も観客から最大の拍手を受けていた。

 ショル演じる題名役チェーザレは、長身を派手なスカイブルーのスーツに包み、戦場に高級車で乗りつけるキザな男で、英雄シーザーにしては何となく軽々しい設定にされている。その上、彼の声は高音域が軽く弱く頼りなく、しばしばオーケストラに消されてしまうので、更に権威に欠ける男となる。あの有名なアリア「狩人(裏切者)は足を忍ばせてやって来る」も、何だかサロンでの内緒話みたいに聞こえてしまうのである。

 レイゼルとコーリエの演出は、クリスティアン・フェノイラ担当のカラフルな舞台装置(緑色のワニが笑える)とともに、このコンビらしく、ちょっと洗練された味を出している。
 現代的設定だから、あくどい血と、セックスの描写には事欠かない。原作のト書きにある武器の「剣」は、ここではもちろん「銃」になる。石油発掘利権の争奪が、ゲームのような形でコミカルに行なわれるのは面白い。

 最後にシーザーが「エジプトに平和が戻った」と宣言する大団円では、殺されたトロメーオもむっくり起き上がってワインパーティに参加するお定まりの和解シーンになるが、それをよそに、その周囲では相変わらず戦闘が継続され、ミサイル弾が続けざまに落下し、背景には戦車も出現するという、これまたお定まりの光景が展開する。平和などありえないという告発でもあるわけだ(ウラの事情は、こうでもしなければ、天下泰平な演出だと嗤われるからだろう)。

 アゴスティーノ・カヴァルカ担当の衣装は、現代的なアラブの兵士の服装と、シーザーのイタリアン・ブルーのスーツと、エリザベス・テイラーばりのクレオパトラの髪型とを混在させた不思議なものであった。

 終演は11時半、カーテンコール終了が11時40分。ホテルに戻れば12時を過ぎる。明朝帰国のための荷造りもあるし、何でこんなに遅い時間までやるのだ、と、ぶつくさ。だが今夜は天気がよく、空気も爽やかだったのが幸いだった。

8・28(火)ザルツブルク音楽祭(4)ツィンマーマン:オペラ「軍人たち」

    フェルゼンライトシューレ  8時半

 8月20日にプレミエされた新演出(ミラノ・スカラ座との共同制作)。5回目の今夜が千秋楽公演。演出と舞台美術はラトヴィア出身のアルヴィス・ヘルマニス、指揮はインゴ・メッツマッハー。娼婦に身を持ち崩すヒロインのマリーを、ラウラ・アイキンが熱演している。

 何より最大の収穫は、メッツマッハー指揮するウィーン・フィルの、豪壮なスケール感と見事な均衡と、些かも弛緩を感じさせぬ緊迫力を保った演奏であった。この指揮者の現代作品における卓越した力量には以前から敬服していたが、今回はそれが最大限に発揮された例ではないかと思う。
 オケ・ピットにいる大編成のウィーン・フィル本体の馬力と音量も凄いが、上手と下手の高所に配置された無数の打楽器群やジャズ・コンボが全力で咆哮する大音響も物凄い。

 これらを生かしているのは、このホールの広大な空間性だ。どれほど大きな音でも、それをすべて豊麗な力感としてしまうのである。普通の歌劇場(もちろん新国立劇場もだが)では、こうは行かない。この作品における破壊的で凶暴極まる音楽も、ここでは些かの無理もなく鳴り響いていたのであった。

 演出と装置もまた、フェルゼンライトシューレの左右に広大な舞台を余すところなく活用したものだ。
 背景には左右一杯に「ガラス張り」のような兵舎が拡がり、その中では冒頭から兵士たちが性的欲求不満にのたうちまわっている光景が見える。その更に後方は厩舎らしく、実際の馬が何頭も動き回っているのも見える――今このホールがある位置あたりがその昔は馬場だったとかいう話を想起すると、何となく面白い。
 最初の場面では、前方の2段ベッドにマリーとその妹シャルロッテが寝ているのだが、ト書きの「手紙を書いている」設定とは異なり、こちらも欲求不満で苛々しているような様子が窺える。

 こうしてみるとヘルマニスのこの演出は、マリーが娼婦への道を辿ったことについて、ただ兵士たちの暴虐に遭った為だけでなく、放埓な恋の遍歴を繰り返した彼女自らも責任の一端を負わねばならぬ――ということを暗示しているようにも感じられる。前出の馬が、オペラの後半では女たちの性的欲求の象徴的な対象として扱われているのも興味深い。

 なお今回は舞台装置の制約のためか、動画の投影は使われず、女性の静止画が「兵舎のガラス」に投影され、女たちが馬上で法悦の仕種を見せつつ行き来する模様がシルエットで浮かび上がる手法を以って替えられていた。
 ラストシーンでの音のコラージュも採用されていなかったが、その代わり左右から次第に高く激しく威圧的に轟き続ける凶暴なドラム群(ナマ音)の行進リズムが、軍靴の暴威を暗示していた。

 とはいえ、この左右に広大な舞台が、人物の動きの焦点を多少なりともぼやかしていた向きも否めないだろう(このホールで上演されるオペラは、多かれ少なかれそういう傾向を示す)。物語の山場、マリーを奪われた生地商シュトルツィウスが悪辣な軍人デポルトを毒殺し、自らも命を絶つ重要な場面などが、広い舞台と周囲の多くの登場人物たちの中に拡散してしまい、あまり衝撃を生まず、下手をすれば見逃してしまいかねない結果を招く。
 もっともここでは、デポルトが毒薬で死ぬと同時に、舞台に居並ぶ兵士たち全員も斃れてしまう演出になっており、これは戦争そのものに対する善良な市民の告発を象徴しているように見え、効果を生んでいたことは確かだったが・・・・。
 いずれにせよ、広大な舞台もよしあし、というところ。

 こういう舞台だから、歌手も余程の人でないと、強い存在感を出すのは難しかろう。熱演のラウラ・アイキンでさえ、時に存在がぼやけることがある。アルベリヒ役などであざとい舞台姿を見せるトマシュ・コネチュニー(シュトルツィウス)も、今回は真面目な青年役ということもあってか、おとなしく見えた。マリーの父親ヴェーゲナー役のアルフレッド・ムフだけは、貫禄を示す。
 しかし歌唱に関しては、すべての登場人物が安定して手堅いところを示していた。上記以外にも、コルネリア・カリッシュ(ヴェーゼナーの老いた母親)、ガブリエラ・ベニャチコーヴァ(伯爵夫人)、ダニエル・ブレンナ(デポルト)ら、みんな歌はよかった。

 終演は午後11時。昼間は快晴で、開演の頃、いや休憩時間の10時頃まではよい天候だったのに、終演時にはすでに大雨だ。こんなこともあろうと携えていた傘が役に立つ。ザルツブルクでは常に雨具携帯が欠かせない。ただしレインコートは持参していなかったので、ホテルへの道筋、ザルツァッハ川を渡るマカルト橋では強い風雨に煽られ、全身びしょ濡れの憂き目に遭う。ホール出口で立ち竦んでいた、傘を持っていない着飾った客たちはどうしたかな? タクシー乗り場などここにはないし、仮にあったところで、こっちの連中は行列など作らないから何にもならぬだろう。上品に正装した連中がわれ先にとタクシーを争奪しあう光景は、まさに品性下劣の極みである(クロークでも同様だ)。どんな時にも列を作って順番を待つ日本人の秩序と礼儀感覚の、何と美しいことか。

8・27(月)ザルツブルク音楽祭(3)
ベルナルド・ハイティンク指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

   ザルツブルク祝祭大劇場  8時

 朝方は曇っていたが、日中は快晴。夏が戻る。気温は25度くらいだろう。快い。

 今夏の同音楽祭でウィーン・フィルが行なった「コンサート」は、5種のプログラムで計10回。客演指揮者はそれぞれゲルギエフ、ヤンソンス、ムーティ、ホリガー、ハイティンクであった。この日の演奏会がその打ち上げということになる。
 プログラムは、ベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第4番」(ソリストがマレイ・ペライア)と、ブルックナーの「交響曲第9番」。

 ハイティンクとウィーン・フィルの組み合わせを聴いたのは、いつぞやの日本公演以来だ。おそらくこのハイティンクこそ、ウィーン・フィル本来の良さを伸び伸びと発揮させ、壮大な演奏をつくることの出来る唯一の大物指揮者ではないかというのが私の考えだが、今夜の演奏を聴いて、またしてもそれを確信した次第である。

 ブルックナーの「9番」は、本当に凄い演奏だった。久しぶりで「魔性的な」ブルックナーを聴いたような気がする。殊更の誇張もなく、ゆっくり目のイン・テンポの指揮なのに、ウィーン・フィルはどうしてあんな驚くべき強靭な力を噴出させたのだろう。
 第1楽章コーダにおける壮烈極まるデモーニッシュな演奏にも震撼させられたが、更に第2楽章のスケルツォでは、無限の暗黒の世界をひたすら驀進するような物凄い力感に、身の毛のよだつような恐怖感に引き込まれたほどであった。ライナー・キュッヒルを先頭とするウィーン・フィルの弦楽奏者全員が、まるで憑かれたように荒れ狂って弾いている光景にも息を呑まされる。まさにこれは、「狂乱する魔神ブルックナー」のイメージだろう。

 一方、第3楽章の弦の主題での、張り詰めた緊張感と、その裡に温かさを秘めた演奏も素晴しく、特に大詰め、ヴァイオリン群がなだらかに上下しながら安息に向かって進んで行くくだりの美しさも心を打った。
 こういう演奏が聴けるなら、ザルツブルク音楽祭もいいものだな、と満足して席を立つ。帰りがけに通路で出会った独文学者・評論家の岩下眞好さんが、「おとといのマチネーでの同じプログラムとこれと、2度聴きましたけど、今日の方がもう圧倒的に素晴しかったですよ。鳥肌が立ちました」と語っていた。

 こういう並外れた演奏を聴いてしまうと、前半に演奏されたベートーヴェンの協奏曲の印象が薄くなってしまうのも、残念だが致し方ない。ペライアの思索的なソロと、ハイティンクの温かい指揮に、ウィーン・フィルがしなやかに柔らかく演奏していたのだから、――それはそれで至福の世界だったことはもちろんだが。

8・26(日)ザルツブルク音楽祭(2)ヴィンター:オペラ「ラビリンス」(「魔笛」第2部)

    レジデンツホフ  8時

 モーツァルトの「魔笛」の台本を書いたエマヌエル・シカネーダーの没後200年を記念し、同じく彼が書いたその「続編」の台本にペーター・フォン・ヴィンター(1754~1825、マンハイム出身)が音楽を付けた「ラビリンス(迷宮)」なるオペラが上演された。これは1798年――つまりモーツァルトの他界から7年後に初演された作品とのことである。
 今回のプロダクションはアレクサンドラ・リートケの演出で、8月3日にプレミエされ、7回目の今夜が最終上演。

 変なオペラだが、結構面白い。「魔笛」に出ていた主要人物はほぼそのまま登場し、更に新しいキャラクターが数人加わる。
 たとえば、パパゲーノ(トマス・タッツル)の父親のパパゲーノ(アントン・シャリンガー)や母親のパパゲーナ(ウテ・グフレーラー)なる人物、あるいは夜の女王(ユリア・ノヴィコーワ)と同盟してパミーナ(マリン・ハルテリウス)を妻にしようとするティフェウス王(クレメンス・ウンターライナー)なる人物などが新しく出て来る。

 物語は――ごく大雑把に言えば――タミーノ(ミヒャエル・シャーデ)とパミーナの結婚が祝われている王国に、夜の女王と3人の侍女、モノスタトス(クラウス・クットラー)らが復讐戦を仕掛けるところから始まり、パミーナは女王軍に誘拐されるが、タミーノが「魔法の笛」の力で彼女を救出し、ハッピーエンドで終る、というものだ。

 ただしザラストロ(クリストフ・フィッシェッサー)の役割は、前作に比べ些か複雑化しており、タミーノとパミーナにラビリンスを通過させるという新しい試練を要求したり、タミーノとティフェス王を決闘させてどちらがパミーナを妻とするか決めさせたり(それゆえパミーナはザラストロに対し恨みを募らせる)、最後は夜の女王とその一派を追放し、自らの軍とティフェス王の軍とを和解させる、などの存在感を出す。

 その他、「魔笛」で見られたさまざまな出来事が似て非なる状況の下に繰り返される。たとえば、タミーノとパパゲーノが再会を喜び合ったり、3人の侍女に誘惑され危機一髪となったパパゲーノが「鈴」を鳴らして今度は侍女たちを踊り狂わせたり、「3人の童子」が恐ろしく年寄になってヨロヨロ出て来たりという具合に、新ストーリーともつかぬ、前作のパロディともつかぬいろいろな場面が次から次へと出て来て、「魔笛」本編を知る観客をニヤニヤさせてくれるのである。
 しかもそういう場面の音楽は、「魔笛」でのそれをかなり露骨にパロディ化しているので、これがまた面白い。

 その音楽だが、序曲冒頭は「魔笛」をパロっているかと思えば、続いてグルックの「アウリスのイフィゲニア」序曲そっくりの壮大なリズムが出て来る。本編中では若き日のベートーヴェンのような作風も出て来る、といった調子。モーツァルトにはとても及ばないけれども、それなりにのんびり楽しめる。第1幕大詰めでテンポを速め、ドラマティックに躍動するあたりの音楽など、なかなかの聴きものだ。

 欠点といえば、「魔笛」と同じくらいの上演時間でありながら、それよりずっと長さを感じさせることだろう。これは台本とも関係するが――物語の構成がダラダラとしていて、「終りそうでなかなか終らない」筋と音楽運びのためだ。モーツァルトの「魔笛」と決定的に差がつく理由の一つは、多分ここにある。

 とはいうものの、このオペラの音楽をこれほど面白く聴けたのは、ひとえにアイヴォー・ボルトンの卓越した指揮と、ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団の生気豊かで瑞々しい、豊麗な演奏ゆえにほかならない。ボルトンの緊迫感に富む畳み込みの巧さには全く舌を巻くほどである。もし彼の指揮でなかったら、私はきっと第1幕の途中あたりで退屈し切っていただろうと思う。

 そこまではいいのだが、問題は会場のレジデンツホフである。これは最悪だ。ここは王宮の中庭にあたる場所で、本来は野外の催事用会場だが、雨の日はテントが被せられる。だが今夜のように土砂降りの日は、その布張りの天井に雨が当たって大音響を発して、歌がよく聞こえなくなる。しかも今夜の第1幕前半では舞台に反響版に相当する装置がなかったので、好演の歌手には気の毒なくらい声が散ってしまうのである。客席には上演中にも冷風がビュービュー吹き込んで来るので、歯の根も合わぬほどの寒さだ(多数の人々が有料で配られている毛布を手に入れ、くるまっていた)。場所によっては雨が漏る。
 昔は客席が階段状になっていて、舞台も見やすかったのだが、今は何故かフラットに近い構造になり、舞台を見るのに支障を来たす。椅子も硬い。トイレは最少で、もし外の仮設トイレに行くなら、傘をさして行かねばならない。

 かくて演奏終了は11時15分、雨が小止みだったのを幸い、いち早く会場を飛び出す。王宮横の広場をトマセリの方向に早足で歩いていたら、まだカーテンコールで盛り上がっている観客の歓声と拍手が聞こえて来た。防寒具完備の人たちか、寒さをものともせぬ体力の持主たちであろう。こちらは凍えながら、ほうほうのていでホテルまで逃げ帰る。

8・26(日)ザルツブルク音楽祭(1)モーツァルト・マチネー
ミヒャエル・ギーレン指揮ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団

   ザルツブルク・モーツァルテウム大ホール  11時

 前夜ザルツブルクに入る。一晩中続いた土砂降りもやっと上がった今日は曇り空。気温は18度、真夏の服装では無理だ。

 恒例の「モーツァルト・マチネー」。ベテランのミヒャエル・ギーレンが客演して、モーツァルトの「交響曲第39番変ホ長調」と「第40番ト短調」、「ホルン協奏曲第1番ニ長調」(ソロは同楽団首席奏者ゾルタン・マチャイ)を指揮した。

 ギーレンは今年85歳になるが、全く年齢を感じさせない舞台姿である。モーツァルテウム管弦楽団から重心の明確な、たっぷりした厚みの、しかし活気のあるテンポとリズムを備えた音楽を引き出した。
 オーケストラもよく鳴っている。近年はミンコフスキやボルトンの指揮で、鋭角的かつ軽快な演奏を聴く機会の多いこのオーケストラだが、こういう重厚な音もまだ出せるんだ――と、何となく感心したり、安堵したり。
 それに、この柔らかい落ち着いた音は、ここモーツァルテウム大ホールのクラシカルな雰囲気とアコースティックにはよく似合うのである。「ホルン協奏曲第1番」第1楽章で流麗な主題が軽やかに流れ出した時には、何か久しぶりで懐かしい音にめぐり合ったような気分になった。

 このコンサートではこの他、モーツァルト・プロの間に――休憩後の1曲目として――音楽祭がゲオルク・フリードリヒ・ハース(1953年生)に委嘱した「・・・・e finisci già?」という曲も演奏された。
 この曲だけは、ティトゥス・エンゲル(1975年スイス生れ)という指揮者が振った。ギーレンは昔から現代音楽が得意な人だから、自分で指揮すればいいのにと思ったが、どうやらこのような――グリッサンドで音をスライドしてピッチを変えて行く類の奏法を使う作品は、もう性に合わぬということらしい。

 エンゲルは、刺身のツマみたいな出番で少々気の毒だったものの、とにかくこの鋭さと壮麗さの混じった「現代曲」をきちんとした演奏で、それも面白く聴かせてくれた。この曲の後だけ、2階席からブラヴォーの声が飛んだ。
 最後には、またギーレンが登場して「40番」を翳りのある音色で指揮してくれた。

8・23(木)サイトウ・キネン・フェスティバル松本2012
ダニエル・ハーディング指揮サイトウ・キネン・オーケストラ

   キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館) 7時

 人気のハーディングがSKFに初登場、シューベルトの「第3交響曲」と、R・シュトラウスの「アルプス交響曲」を指揮した。
 彼はタングルウッドで小澤征爾に学んだことがあり(相当やんちゃな生徒だったと小澤は語る)、さらに小澤が育てた新日本フィルとも今や深い関わりを持つ指揮者でもある。したがってこの音楽祭に登場するのも必然的な成り行きだったであろう。

 期待に応えてハーディングさまは、ツワモノぞろいのSKOから、今までこのオケが出したことのないような響きを引き出した。それは精妙に構築された演奏というよりはむしろ、SKOが持つエネルギーを久しぶりに伸び伸びと解放したような演奏、と言ったらいいか。

 「アルプス交響曲」では、舞台にあふれんばかりに詰め込んだ(?)大編成オーケストラを存分に躍動させ、「頂上」と「嵐の中の下山」の個所ではそれこそホールも崩れ落ちんばかりの大音響を轟かせた。
 おそらくSKF20年の歴史において、このホールでのコンサートで、SKOがこれほど「大きな音を出した」ことはなかったはずである。曲が曲だから、そのようなスペクタクル性もよろしかろう。楽員サンたちは、さぞ気持よかったのではなかろうか。

 ハーディングは「登山」から「下山」までの部分をきわめて速いテンポで、標題性にはあまり拘らないという調子で押しに押した。全曲最後の和音がほとんどメゾ・フォルテの音量で結ばれたのは唐突な感を与え(スコアでは弦はp、木管はpp、金管はppまたはppp)、納得が行かなかったけれども・・・・・。
 ラデク・バボラクをトップとするホルン・セクションは素晴らしい。また角笛のバンダ(ホルン12、トランペット・トロンボーン各2)もおそろしく上手いので驚いたが、聞けば小澤塾オーケストラのメンバーである由。

 私自身はしかし、前半のシューベルトの「第3交響曲」の演奏の方がむしろ面白かった。これにも解放感が横溢していて、特に第4楽章ではハーディングの煽りに煽ったスピード感とエネルギー感が噴出していたが、いっぽう第1楽章にはハーディングらしい細かい構築と凝った表情とが垣間見られたし、何より音楽が常に「飛び跳ね」て活気に満ちていたのが快かったのである。

 エネルギーを解放した演奏だったから良いという意味でもないし、演奏ももう少し引き締まっていた方がいいとは思うけれども、とにかく近年のSKFの「コンサート」に客演した指揮者の中では、このハーディングは、最も成功した存在と言えたのではないか。ここ何年か続いた日本人若手指揮者に替わる久しぶりの「外国人大物指揮者」に、SKOが敬意を示したのかもしれないが・・・・。
 これは、善し悪しはともかく、SKFの今後の方向を考える上での材料の一つになるのかもしれない。

8・22(水)サントリー芸術財団サマーフェスティバル2012初日
 フランコ・ドナトーニ生誕85周年記念 管弦楽作品集

   サントリーホール大ホール  7時

 イタリアの現代作曲家ドナトーニ(1927~2000)の作品を、彼の弟子として晩年の作品の制作にも携わった杉山洋一(在ミラノ)が指揮した。
 曲は「イン・カウダⅡ」「イン・カウダⅢ」「イン・カウダⅤ~エサ」「プロム」「ブルーノのための二重性(Duo pour Bruno)」の5曲で、いずれも日本初演になる。演奏時間は短いもので10分、長いもので22分ほど。

 順序が逆になるかもしれないが、まず杉山洋一の指揮と、東京フィルハーモニー交響楽団の演奏を称えたい。大編成の現代管弦楽曲をかくも明晰に、些かも混濁のない音で美しく再現してくれたことによって、ドナトーニの作品がもつ美点はおそらく完璧に近い形でわれわれに伝わったのではないかと思う。

 作品の作曲年代は、1974年の「ブルーノのための二重性」から2000年の「エサ」まで拡がっている。前者における念入りな設計の構築と、後者及び1999年の「プロム」における一種破壊的・破滅的な作風との違いには驚かざるを得ない。
 杉山洋一自ら筆を執った解説には、病魔に侵されていたドナトーニの最晩年の作曲スタイルについての痛ましい報告が載せられているが、確かに「エサ」と「プロム」の2つの作品での音楽は、――その構成の散漫さという意味を含めて――身の毛のよだつような一種の不気味さを感じさせる。
 なお、プログラムを作曲年代順の配列でなく、最後を壮年期(?)のがっちりした「ブルーノの・・・・」で締め括ったことは、企画者のセンスの良さを示すものだ。

 このフェスティバルは、来週金曜日の「オレスティア」まで続く。それに間に合うようにザルツブルクから戻るつもりだが、26日の「ジョン・ケージ」を聴けないのは残念だ。
 60年代初期、あの「偶然性~チャンス・オペレーション」酣なりし頃には、草月会館などでの一連の現代音楽コンサートをよく聴きに行っていたものだが、ある作品の演奏に際し、暗い客席の床を棒(箒だったか?)でガリガリこすりながら横手のドアから入って来た若きケージの姿を、今でも鮮烈に思い出す。

8・20(月)鈴木敬介追悼コンサート~オペラ名曲の夕べ~

   日生劇場  6時半

 昨年8月22日に77歳で他界した名演出家・鈴木敬介を偲ぶオペラ・コンサート。
 東京交響楽団を現田茂夫、大友直人、時任康文、飯守泰次郎、秋山和慶が指揮。
 鈴木敬介が演出を手がけたゆかりのあるオペラから、第1部ではアリアや重唱や合唱曲、第2部では彼と日生劇場ゆかりのモーツァルトのオペラ3つからの抜粋。合唱は東京オペラシンガーズとパピーコーラスグループ。MCは露木茂。

 わが国を代表する演出家だった人を偲ぶ夕べだから、演奏者も熱気ムンムンかと思っていたが――たしかに歌手たちは、ベテランたちは巧さと独特の味とで、中堅たちは闊達さで、それぞれ存在を主張していた。
 「愛の妙薬」からの二重唱を日本語で歌った宮本益光と樋口達哉の発音の明晰さ――特に宮本の演技の達者さは見事だった。「ヴォータンの告別」を歌った福島明也の重厚な貫禄も良かった。

 だが、演出家と関係のない(?)東京交響楽団の方は・・・・いったい練習をしたのか、しなかったのか? オープニングを飾るはずの、現田茂夫が指揮する「フィデリオ」序曲からして、ホルンは終始ガタガタ、オケも生気ゼロという演奏なので、雰囲気は冒頭から盛り上がるどころか逆に盛り下がり、今夜はどうなることかと思わせたほど。
 第1部の最後で飯守泰次郎が指揮した「ヴァルキューレ」の「ヴォータンの告別と魔の炎の音楽」に至って、辛うじてオペラの演奏らしい雰囲気も出てきたが、それでもかなり雑な演奏であった。

 いくら「お座敷」でも、こんな演奏では、日頃の東京響への讃美の念も冷めてしまう。オケと歌との「合わせ」も、1回程度しかやらなかったんじゃないのかしらん? 
 故・鈴木氏と、歌手の皆さんには申し訳なかったが、第1部が終ったところで失礼してしまった。

8・19(日)サイトウ・キネン・フェスティバル松本2012
オネゲル:「火刑台上のジャンヌ・ダルク」初日

   まつもと市民芸術館 主ホール  4時

 サイトウ・キネン・フェスティバル松本(SKF)がこの作品を上演するのは1993年以来19年ぶり、2度目になる。

 小澤征爾総監督の十八番の作品なのだが、残念ながら今年は早々に降板が発表されていた。
 初日の今日、彼は観客の盛大な拍手に迎えられ、客席の一隅に座を占めた。どういう形にせよ彼が姿を見せれば、それだけでお客は何とか安堵する、というのが今のSKFである。その一方、いかに目玉公演のオペラでも、小澤征爾が指揮しなければ満席にはならない。これまた、今のSKFなのである。音楽祭の今後に不安を抱かせる材料があるとすれば、この点だろう。

 代って指揮を執ったのは、若手の山田和樹である。サイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)と、多くのソリストたち、大編成のSKF合唱団を、よくまとめていた。クライマックスたる火刑の場での昂揚感はなかなか見事だったし、フルート・ソロ(セバスチャン・ジャコーの好演)で消え入るように終わる終結への持って行き方も、良かった。
 もっとも、SKOの実力からすれば、このくらいは朝飯前だったろうが。

 敢えて言うとすれば、オーケストラにもっと色彩感が欲しいし、瑞々しさと、しなやかさも欲しい。何より音楽の表情に、それぞれの場面に応じた多彩な変化が生れていれば、この作品の良さをいっそう適切に表現出来たろうと思う。
 ――だが、これまでこの音楽祭に登場した若手の指揮者の場合と同じく、海千山千の大先輩たちが顔を揃えるSKOを完璧に制御するのは、実際には大変なことなのだろう(これはSKO側にも責任があるだろう)。ともあれ今日は初日。あと2回の公演で何処まで持って行けるか、というところ。

 今年の話題はもう一つ、ヒロインのジャンヌ・ダルクを、大カラヤンの息女でもある女優イザベル・カラヤンが演じることにあった。
 横顔など父君そっくりだが、それはどうでもよい。修道士ドミニクとの絡みの演技も交えての舞台で、演劇的な表現という面では、これまで日本で観たどのジャンヌよりも雰囲気が出ていたと思う。

 しかし、彼女の声の質はやや粗くて、聖処女的なイメージに欠けるだけでなく、清らかに通る声でもないので、セリフがオーケストラを超えて客席に伝わって来るには少々難がある。しかも終わり近く、ジャンヌがたった一度だけ美しく歌う個所で、それが全く「歌」にならず(歌えないのか?)、ハスキー声の呟きといった感で過ぎてしまったのは、何ともいただけない。
 オーケストラと彼女のナレーションの一体化という点でも、たとえば「ジャンヌの剣」の個所をはじめ、どうもしっくり来ないところが多い。これはもちろん指揮者との呼吸の問題でもあるのだが、2回目以降の上演でうまく解決できるかどうか。

 修道士ドミニク役のエリック・ジェノヴェーズ(コメディ・フランセーズ、この人は演出もやる)と、出番は少ないが語り手役のクリスチャン・ゴノン(同)とは、あまり強い個性は感じられなかったけれども、安定していた。
 歌手陣は、豚の裁判官や聖職者をトーマス・ブロンデル、伝令官や農夫をニコラ・テステ、マルグリート他をシモーネ・オズボーン、カトリーヌをジュリー・ブーリアンヌ、マリーを藤谷佳奈枝といった人たちで、みんな安定していたが、特に女性陣が光っていた。

 メインの合唱は、SKF松本合唱団と栗友会合唱団。舞台後方、2つに分割された3層の舞台上に位置し、コロスの役割を果たして、好演である。
 一方、カラフルな農民的衣装を着けたSKF松本児童合唱団少年少女の合唱は、オーケストラを囲むように作られた回廊舞台を動き回り、悲劇的な作品の中に田園的な明るさを注入していた。

 今回の演出はコム・ドゥ・ベルシーズ、舞台美術はシゴレーヌ・ドゥ・シャシーと森安淳、衣装はコロンブ・ロリオ=プレヴォ。
 比較的簡素で、ストレートな舞台構成が採られていたのは、小澤総監督の意向によるものかもしれない。
 照明(齋藤茂男)も、火炎などを表わす映像を一切使用せず、クライマックスの火刑の場面でも、僅かに舞台奥の背景を赤色に染める程度にとどめていた。

 人物の動きも、今回の演出では、必要な場面のみに限られていた。劇的オラトリオとしての性格を考えれば、あれこれ煩雑な演出を行なうの愚を避けたことは、賢明であろう。
 賑やかな場面の一つ、裁判場面では、グロテスクな描写を排してコミカルな動物画的タッチを採っていた。農民たちの場面などと同様、そこでは少年少女の合唱団を活躍させていたが、演出家はこれを「ジャンヌの幼年期――田園風景の思い出と結びつく」と解説している(プログラム59頁)。
 ただ、その可愛らしいリアルな動きと表情が、ドラマの悲劇性と焦点とをぼかしてしまった感もなくはない。だがこれは合唱団の責任ではなく、中心となるべきジャンヌとドミニクにそれ以上の存在感と迫力が足りなかったせいではないかとも思われる。

 総じてこの演出は、火刑台上に立つジャンヌ・ダルクの回想を高貴に、かつ清澄に描くのではなく、むしろ彼女の子供のように純粋で無邪気な感覚と、救国の使命に燃えた生き様との間にある矛盾点を浮彫りにすることに狙いがあったように見える。演出家も、「演じられる全ては、彼女の目にしか映っていない光景である」と書いている(同)。とすれば、彼女を陥れる裁判や、王たちの賭け事などが、概して子供の絵本のような光景で描かれるのも、ジャンヌの無邪気さを表すものだったかもしれない。

 5時15分終演。

8・16(木)三ツ橋敬子指揮群馬交響楽団サマーコンサート

    群馬音楽センター(高崎)  7時

 ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」、西村朗のクラリネットと弦楽のための協奏曲「第1のバルド」(日本初演)、ウェーバーのクラリネット・コンチェルティーノ」、ドビュッシーの「海」というプログラム。アンコールにはモーツァルトの「劇場支配人」序曲。
 協奏曲でのソリストはカール・ライスター。今夜は自由席で、客もよく入っていた。

 群響はこのところしばしば聴いているし、三ツ橋敬子の指揮もこれまで数回聴いて来ているけれども、この日の演奏は、どうも少し変だ。これほど硬直したリズム感で躍動性のない、まだるっこしくなるほど重く、しなやかさに欠ける演奏をした両者には、初めてお目にかかった。

 三ツ橋についてはこれまで――スロヴァキア・フィル客演指揮の演奏を除いては――すこぶる歯切れのいい指揮をする女性という印象だったし、今夜も彼女に期待して高崎まで行ったようなものだったが・・・・いったいどうしたことか。
 非常に丁寧に音楽をつくろうとしていることは解るが、ドビュッシーでは楽曲構築の上での見通しが明快に感じられず、全曲の流れが極度に悪い。「牧神」でも妙に管楽器群のパートだけがリアルに浮き出て、この作品に不可欠なはずの夢幻的な響きに不足した。「海」が、こんなに纏まりのない作品に聞こえたのは、私の体験では初めてである。
 客席から見た範囲で言えば、彼女の肩と腕の動きに、何か異様に力が入り過ぎているような感を受けるのだが。

 協奏曲では、ライスターに遠慮して、ひたすら丁寧に合わせ過ぎて活気を失ったか? せめて最後の「劇場支配人」では、群響の自主性に期待し、モーツァルトの弾むような軽快さが聞かれるかと、果敢ない望みを繋いだのだが・・・・。

 これまで高崎まで群響を聴きに行った時には、たいてい、聴きに来た甲斐があったと満足して帰りの新幹線に乗ったものだったが、今夜だけは、首をひねったまま東京に戻らなければならなかった。

8・12(日)松下功のオペラ「遣唐使~阿倍仲麻呂」全4幕

    アステールプラザ大ホール(広島)  2時

 「ひろしまオペラ・音楽推進委員会」企画・制作による「ひろしまオペラルネッサンス」平成24年度公演。

 広島のオペラ団体を結集した形で発足したこの「ひろしまオペラルネッサンス」は、すでに20年に及ぶ実績がある。私も以前にはしばしば訪れていたものだが、今年は「遣唐使」を上演するというので、日帰りで観に行った。上演時間計2時間半、新幹線の往復計8時間というスケジュールである(広島へはこの1週間で2回往復したことになる)。

 「遣唐使」は、原作・台本が上野誠、作曲が松下功。唐の時代に遣唐留学生として中国にわたり、玄宗皇帝に重用された阿倍仲麻呂を主人公とした物語だ。
 全4幕での初演は2010年10月に「なら100年会館」で行なわれた。11年2月には東京藝大で東京初演が行なわれており、今回の広島初演は、全曲版では3度目の上演になる。
 安芸の国では古くから造船技術が発達、遣唐使船も建造されたと伝えられるが、今回はそれに因んで取り上げられた由。

 指揮が牧村邦彦、演出が中村敬一、舞台美術が増田寿子。
 特別編成の「オペラ『遣唐使』管弦楽団」(弦8型)の演奏が極めてしっかりしているので、松下功の叙情的で色彩的なオーケストレーションが明晰に響く。多用されるハープとチェレスタが、マーラーの「大地の歌」の終章のそれを思わせて、幻想的で官能的な感覚を醸し出して美しい。殊更に「中国風音楽」の類を取り込むようなことをしなかったのは賢明であろう。

 ただ、これは台本との関連にもなるが、登場人物の対話の部分で冗長に言葉を繰り返すところがあったり、物語の進行の上で山場に欠けるところがあったりするのが気になる。それに第3幕冒頭、中国人の衣装をつけた合唱が「ここはもろこし、唐の・・・・」と歌い踊るところなど、物語の上から言っても取って付けたような感があり、まるで観光ショーみたいに思えるのだが、如何なものか? 

 とはいえそのコーラス――1998年以来の実績を誇る「ひろしまオペラルネッサンス合唱団」の力量は、極めて優れたものだ。読経の声については、あまりそれらしく聞こえなかったが、仕方ないだろう。何でも、本職の僧侶たちに出演を依頼したかったが、折悪しくお盆の季節のため坊さんたちは多忙で、ダメだったとか。
 しかし客席には、周りの人たちから「ご住職さま」と呼ばれている坊主頭の、見るからに立派な風格の人も観に来ていた。

 出演歌手陣は、前日の公演とのダブルキャスト。
 阿倍仲麻呂を歌い演じた山岸玲音は、この役(56歳)には若々し過ぎるが、声にも伸びがあり、長身で舞台姿も映える。唐の高僧役の安東省二は底力あるバスと風格のある舞台姿で、これも目立った(この人は歯医者さんの院長だそうである)。
 他に下岡寛(若き遣唐使)、枝川一也(詩人・李白)、柳清美(李白の侍女)、小林理恵(遣唐使の母)。

 総じて、纏まりもよく、水準も高い上演だったと言えるだろう。地方オペラの健闘は目覚しい。客の入りがあまりよくないのは残念だったが、日本の現代オペラを紹介するというのは尊い試みである。そう毎年というわけには行くまいが、たとえ何年に一度の割であっても、その姿勢は高く評価されてしかるべきであろう。
 だだし、今日の上演でも感じたことだが、――たとえ日本語上演であっても、やはり「字幕」は欲しい。歌詞が古文であるからには、尚更である。男声ソロ歌手陣は比較的言葉も明晰だったが、女声ソロ陣は正直、何を歌っているのか、さっぱり解らなかった。

 余談。帰りに広島駅まで乗ったタクシーの運転手氏は、6日のモーツァルトの「レクイエム」で吉川晃司が朗読した、薄田純一郎の詩「碑」が歌詞として使われている原曲の森脇憲三作曲の「レクイエム」の演奏を、毎年聴きに行っているという人だった。詩を全部覚えていると言い、一部を歌ってくれた。思いがけぬ人に出会うものである。

8・11(土)山田和樹指揮新日本フィルハーモニー交響楽団

    すみだトリフォニーホール  2時

 プログラムは、ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」と「ト長調のピアノ協奏曲」、サン=サーンスの「交響曲第3番」。
 協奏曲でのソリストは、2010年ジュネーヴ国際コンクール優勝の萩原麻未。期待の新星である。

 これは「新・クラシックへの扉」と題されたシリーズの一つ。場内、文字通りの満席だ。事務局の話では前日の公演も完売だったそうで、「吸引力のある指揮者とソリストのためもあるでしょう」とのことだった。なんにせよ、満杯であることは、大いに結構である。

 以前に山田和樹が日本フィルを指揮したラヴェルなどフランスものが、まるでドイツものみたいに重厚な演奏に聞こえたことがある。それを「渡邊暁雄音楽基金賞」授賞式の席上で、御本人の前でスピーチしたら、御本人は「自分ではそんなつもりは」と首を傾げながら苦笑いしていたが、――今日の演奏では、重いなどということは全くない。

 サン=サーンスは、室住素子のオルガン・ソロと併せて盛り上げ方も巧く、大詰めの劇的なティンパニ(近藤高顕)とともに鮮やかに決めた。
 アンコールでの、ビゼーの「アダージェット」――これは本当にマーラーを先取りしたような、求心力に富む美しさだが――は、新日本フィルの弦の良さを存分に引き出した演奏だろう。
 ただし協奏曲では、萩原麻未の弱音のニュアンスを生かすには、オーケストラを鳴らし過ぎたか? 彼女はソロ・アンコールの「亜麻色の髪の乙女」でもピアニッシモの美しさを強調した演奏を聴かせてくれた。

8・9(木)シルヴァン・カンブルラン指揮読売日本交響楽団 長崎特別演奏会

    長崎ブリックホール  7時

 前日午後、東京から長崎に入る。夜、市内の十八銀行本店大会議室で行なわれた合唱団の練習を1時間ほど取材。

 今日は平和公園での長崎平和記念式典に行こうかと思っていたが、午後のゲネプロと夜の本番との取材が本来の仕事ゆえ、そのための体力温存を第一義と思い直して諦める。式典の模様は全放送局が行なっているTV生中継を視聴するだけで我慢。
 米国駐日大使が参列したというが、画面に一度も映さない局もあった。大使の「第2次大戦におけるすべての犠牲者のために出席」というコメントに、ある局の中継に出演した長崎の被爆者団体の要人が「なにかひとごとみたいな言い方ですね」と語ったのが印象に残る。もっともその直後、彼が画面外からのキューを気にしていた模様が映り、女性アナウンサーが「でも67年経って(初参列が)実現したわけですから」とフォローしかける場面もあって、何となく微妙な雰囲気に。彼は「まあ、来られなかった気持は解りますがね」と応じたものの、逆に「あれだけの犯罪を行なったわけですから来られないでしょう」と論を転じたところに、被爆者たちの強い怒りを窺わせた。こういう情景は、現地で接すると、いっそう強烈な迫真性を感じさせるのである。

 さて、本題の演奏会。
 プログラムと声楽ソリスト陣は、6日の広島での演奏会と同じである。朗読の挿入個所も同様。
 異なるのは、朗読テキストに永井隆博士の「長崎の鐘」抜粋が使用されたこと、読み手に白石加代子(少女時代のある期間を五島列島で過ごした由)が起用されたこと、そしてオーディションで公募された市民の合唱団が協演したこと、最後の「アヴェ・ヴェルム・コルプス」のあとにチューブ・ベルによる鐘の音が3つ付加されたこと――などだった。

 この「長崎平和祈念合唱団」は、70人ほど。水準はかなり高く、特に女声は優秀だ。
 この中には、広島から応援に駆けつけた男声10人が含まれる。つまり広島と長崎の合同合唱団というわけで、これは原爆忌の行事として象徴的な意味を持つだろう。
 総人数こそ広島の半分以下ではあったが、このブリックホールが残響こそ少ないものの、舞台の音が客席によく響いて来るためもあって、音楽的にはこれで充分であった。見事な歌唱を聴くことができた。

 テキストに使われた永井隆博士の「長崎の鐘」は、藤山一郎の歌から来るイメージとは全く違い、悲劇を淡々と冷静に書き綴ったエッセイである。今回は朗読用に、青来有一(本名は中村明俊。長崎原爆資料館館長・芥川賞作家)が抜粋構成している。

 朗読文は、「昭和二十年八月九日の太陽が、いつものとおり平凡に金比羅山から顔を出し、美しい浦上は、その最後の朝を迎えたのであった」と始まる。端整な筆致だ。爆発の瞬間の描写は、「かっと光り、どっと潰れた。教授の声はまだ途切れていなかった」とのみ。そのあとに続く凄絶な場面でも、「突然、海ゆかばを歌いだした者がある。・・・・歌は終わった。『諸君、さよなら――僕は足から燃えだした』」と、筆は淡々と進められて行く(ここで「怒りの日」の演奏に続く)。

 朗読文の最後は、「三週間後に爆心地で元気な蟻の群れが見つかった・・・・爆風で吹き飛ばされた麦が速やかに至る所に芽をふき、朝顔が蔓を伸ばして美しい花をつけた」と未来への希望が語られ、「五十メートルの鐘塔から落下したにもかかわらず壊れなかった浦上天主堂の鐘が、再び吊り上げられて懐かしい音を響かせる」というくだりで結ばれる。

 問題は、白石加代子の朗読スタイルにあるだろう。彼女の朗読それ自体は、この文章から非常に劇的かつ凄絶な描写を引き出すという名人芸的なものであることは疑いない事実である。古の「料理のメニューをさえ悲劇的に朗読して晩餐客に涙を催させた」という俳優のそれをも髣髴とさせるテクニックだろう。
 だが遺憾ながらこれは、「白石加代子の朗読会」ではない。そのあまりに物々しく濃厚で表情過多な口調は、モーツァルトの「レクイエム」の音楽とは、所詮、水と油であった。結局、今夜の「レクイエム」は、朗読は朗読、演奏は演奏という具合に分離してしまい、最後まで緊密な流れを創れぬままに終ってしまったのである。

 カンブルランは白石に「もっと表情を抑えて」と注文を出していたそうだ。彼女もそれに応じて「できるだけ抑えた」と、自ら打ち上げパーティで語っていたが――抑えてもあの程度だったか・・・・。だが所詮これは、彼女を彼女たらしめている個性なのである。それを知りながら彼女を起用したのだから、これはもう、企画の立脚点から方向が違っていたことになるだろう。

 もっとも、その彼女の朗読が過剰に劇的であったのに影響されたのか、カンブルランの指揮も、広島でのそれよりもかなり起伏豊かで、後半の「オッフェルトリウム」以降の部分でも相当な活気を生じていたのではなかったろうか? 少なくとも客席からは、そう聞こえた。いずれにせよ今夜の読売日響の演奏は――「トゥーバ・ミルム」でのトロンボーンを別とすればだが――広島でのそれよりも、ずっと生気に富んだものに感じられたのであった。

 このブリックホールは、2000席ほどを擁する、きわめて立派なホールである。今夜は、およそ1600人が入っていた由。
      モーストリークラシック11月号

8・6(月)シルヴァン・カンブルラン指揮読売日本交響楽団 広島特別演奏会

     広島県立芸術文化ホール(上野学園ホール)  7時

 広島原爆忌のこの日、演奏されたのは、バーバーの「弦楽のためのアダージョ」、モーツァルトの「フリーメイソンのための葬送音楽」「レクイエム」「アヴェ・ヴェルム・コルプス」。

 今回は特にこの「レクイエム」の中に、薄田純一郎の「碑(いしぶみ)」という詩が吉川晃司(広島県出身)の朗読により織り込まれた。
 薄田純一郎(故人)は元広島テレビ報道制作部長で、原爆で死亡した広島二中(現・観音高校)の生徒の家族をテーマにしたドキュメンタリーTV番組「碑」を制作(1969年)、また翌年同じ広島二中の生徒をテーマにした合唱曲レクイエム「碑」の歌詞を作った人とのこと(読響創立50周年事業企画書に拠る)。
 朗読に使われたのは、その後者の歌詞である。

 ふつう、日本語の語りとクラシック音楽との組み合わせは、響きやリズム、流れなどの点でマッチングが難しいものだが、不思議にも今回は全く違和感を生まなかった。詩と音楽それぞれが持つインパクトの強さが、両者の個性の違いをも乗り越えてしまったのかもしれない。

 実際、ほかならぬここ、広島の地で聴く広島の悲しみと怒りの言葉は、強烈な迫真力を感じさせる。言葉の一つ一つが、はかり知れない重みを持って響くのである。
 前半では、その迸る怒りを、モーツァルトの音楽が受ける形になる――。
 「広島の川のほとり 少年の名を刻む いしぶみの建つ」という朗読で始まり、「戦いありて 夢も果たせず・・・・子らは叫ぶ 広島の悲しみ はてしなき怒り 警鐘を聞けと」語られたのを受けて「レクイエム」の「入祭唱」が開始される。

 「キリエ」の演奏が終ると、朗読が戻る。「爆発」の光景。動けぬ重傷の先生が生徒に告げる「きみは傷が軽い がんばって家に帰るんだ さあ、握手して」と続くうちに、詩は一気に凄絶さを増す。
 そして生徒たちの「日本ばんざい お母ちゃんばんざい もう一度あいたいよ お母ちゃんあいたいよ」に続き、激しい「怒りの日」の音楽が炸裂するあたりは、聴き手もひとしく涙を抑えかねるところであろう。事実、ゲネプロの時には、朗読を聴きながら涙が止まらなくなっているソリストの女性を見た――。

 そして朗読は「子供を捜す母」、次いで「一年生たちは 家路の途中で たどりついた家で つぎつぎ死んだ・・・・三百二十二の 広島二中の 一年生はみんな 原爆の中に死んだ」と続き、それを受けて「ラクリモーザ(涙の日)」の哀切な合唱が歌われる。それが終ると、語り手が「子らの声聞く人あれば 広島の声が聞こえる 広島を思う人あれば 広島は永遠(とわ)にあり 永遠にあり 永遠にあり」と繰り返し、朗読はここで結ばれる。

 このあと、「オッフェルトリウム」の演奏が始まり、音楽は最後まで切れ目なく進むのだが、皮肉にも、ここからあとの曲が、前半とはあまりにも異なる性格のものであることを、これまで聴いたこともないほど強く印象づけられる結果となってしまった。音楽が、実に皮相的に聞こえてしまったのである・・・・あたかもエピローグに過ぎぬように。更に歯に衣着せずに言えば、まるで付け足しのように(これは、演奏が悪かったという意味では、決してない)。
 その意味でも、後半部分に朗読を一切挿入しかった構成者(読響事務局)は、実に賢明というべきであろう。

 全曲の最後は、中途から「アヴェ・ヴェルム・コルプス」に切り替わった。これはカンブルランのアイディアという。「未来に希望を託して」終わることを意図したものです、と彼自身が述べていた。

 吉川晃司の朗読は、比較的淡々と読んだゲネプロに比べ、本番では感情移入が多少は大きくなっていたかもしれない。どちらがいいかは主観によるが、私は前者の方に共感を抱く。音楽との流れの上でも、その方がスムースに思われるからである。
 声楽ソリストは、森麻季(S)山下牧子(Ms)鈴木准(T)久保和範(Bs)。
 合唱は、広島合唱連盟加盟の団体を中心にオーディションで選ばれた「広島平和祈念合唱団」。編成はおよそ160人。学生服を着た男子高校生も混じっている。まずは大健闘、というところであろう。合唱指揮は松本憲治が受け持っていた。

 オーケストラは、今回は弦8型という小さい編成を採っていた。1860席の、しかもドライな音響のこのホールには規模が小さすぎたかな、という印象もなくはない。ただ前半に演奏された2つの小品では、清楚なその音色が、残響の少ないホールの欠点を補っていた。
 カンブルランは、すべての作品で中庸を得たテンポを採り、しっとりと歌わせながらも過度な感情移入のない、しかも適度の起伏を備えた演奏をつくっていた。きわめて美しい演奏、というべきであろう。

 チケット料金は6000円から3500円の間にあり、客席は7割近く埋まっていた。ただ、この日は広島市のあちこちで恒例の原爆忌の行事があり、教会などでも同じような宗教曲の演奏が行なわれていたとも聞く。
 なお、このホールは、その昔の「広島郵便貯金ホール」である。ネーミングもつい先日までは「ALSOKホール」というものだった。「上野学園」は、東京の音楽大学とは全く別の業種の由。

 この日は朝の新幹線で広島入り。翌朝早く新幹線で一度帰京。
        モーストリークラシック 11月号

8・2(木)チョン・ミョンフン指揮アジア・フィルハーモニー管弦楽団

    サントリーホール  7時

 1年前の今日、この同じホールで行なわれた同じ顔ぶれのコンサートでは、ベートーヴェンの「7番」とブラームスの「1番」なるプログラムだったが、今年も独墺路線が継続され、シューベルトの「未完成交響曲」とベートーヴェンの「英雄交響曲」になった。
 ずっと泰西名曲路線を続けるつもりなのかしらん。

 弦は16型、管は倍加せずスコアどおりの編成。たっぷりとして分厚く、コントラバスの低音がどっしりと全体を支える、という音の構築。
 小細工を排した、なんの衒いもないストレートな演奏だが、フォルティシモのティンパニにしばしば激しいクレッシェンドを施し、さらに、ここぞという頂点の個所には必ず強靭な力感を導入するあたりには、さすがチョンの真骨頂だろう。

 しかしその一方、「英雄」では、第2楽章第135小節からの第3ホルンのパートを3人で吹かせ、壮烈な力感を発揮させる(これは珍しくはないが)。
 また「未完成」第1楽章展開部最初のコントラバスなど低弦の刻みを強く不気味なほどに奏させながらクレッシェンド、次いで第154~155小節でティンパニを含む全管弦楽を猛然とクレッシェンドさせたところなどは、スコアの指定にはない独自の解釈だが、充分に衝撃的な効果を生んでいた。

 オーケストラのアンサンブルは昨年の演奏より引き締まっており、しかも瑞々しい響きも聴かれて、表情も豊かだ。演奏の水準も、昨年より高くなっているだろう。
 今年は、例年より西欧人の楽員が多かったような気がする。
 昨年はチョンがカーテンコールで、「日本、韓国、中国、みんな一緒です」とスピーチして聴衆を沸かせたものだが、今年は何にもなく、アンコールもなく、さっさと客電が上ってしまった。
      ⇒音楽の友10月号 演奏会評

8・1(水)ミュージカル「Come Fly Away」

   BUNKAMURA オーチャードホール  2時

 フランク・シナトラが歌った数々のナンバーの録音を接続して、これにナマのビッグバンドの演奏を加え、総計90分のミュージカルに仕立てたブロードウェイ・プロダクション。

 トワイラ・サーフの演出と振付により、ラモーナ・ケリー、ロン・トドロフスキーら、イキのいい若手たちが素晴らしい華麗なダンスを展開する。それは一応、物語にはなっているらしいが、あんまりよく解らず。
 やっぱり主役は、フランク・シナトラの「声」だろう。
 「伝説の名歌手」というけれど、私の世代にとっては同時代の存在だったわけで、学生時代はラジオにかじりついて、彼の歌を「新曲」として聴いていたのだから――クラシックだけでなく、当時の所謂「ヒットパレード」ものは全て聴いていたのである――さまざまな想い出が蘇る。

 PAで流れる音源にはリプリーズ・レコードのオリジナルをそのまま使っている箇所もあるが、多くは舞台後方に配置されたビッグバンドのダイナミックな演奏を、シナトラの声と巧みにだぶらせている。その手法がすこぶる見事。まあ、今ではコンピューター操作で、古い録音から声だけ抜き出すなどということも簡単に出来るのだろうが、それにしても巧く合わせているものである。

 「マイ・ウェイ」あたりになると、もはや舞台上のダンスなどどうでもよくなり、専ら音楽に聞き惚れてしまう。この歌が頂点に達する頃、背景の「星空」に、空を仰いでいる姿のシナトラの映像が輝きはじめるが、これはすこぶるジンと来る。隣の(知らない)女性も、そこで涙を抑えられなくなったようだ。

 平日マチネーということもあって、客席は中高年客で満杯。結構沸いていた。
 先週は白虎、今週はシナ虎?

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