2021-04

2004年5月 の記事一覧




2004・5・31(月)サンクトペテルブルク「白夜の星・国際芸術祭」(終)
グリンカ:「ルスランとリュドミラ」

      マリインスキー劇場  7時

 2時に劇場へ行き、副総裁に「新劇場」建設の進行について、5分ばかり取材する。
 「もう10年も前から話が出ているのに、一向に進んでいないじゃないか」と訊ねたら、「ロシアは日本と違って、予定通りきちんと進まないんだよ」と苦笑していた。
 そのあと、リハーサルを見学するつもりだったが、これがいつまで待っていても始まらぬ。副総裁に訊くと、「いつ始まるかはゲルギエフ以外の誰にも判らない」とのこと。諦めて一時ホテルに戻って休憩。

 夜7時からは「ルスランとリュドミラ」の本番。
 これは1994年にこの劇場で観たのと同じプロダクションで、アレクサンドル・ゴロヴィンとコンスタンチン・コロヴィンによる1904年の舞台装置と衣装、および同年のミハイル・フォーキンの振付けを使い、1994年のロフティ・マンゾウリ演出版(サンフランシスコ・オペラ共同制作)を使っている。
 因みに、95年の上演はTVでも放映されたが、この時にはデビュー後間もないアンナ・ネトレプコがリュドミラを歌い、ガリーナ・ゴルチャコーワがゴリスラーワを歌っていた。

 今回は、ルスランをエフゲニー・ニキーチン、リュドミラをヒブラ・ゲルズマーワという配役。
 期待の若手コンビだったが、前者は練習不足か、例のアリアの最も有名なフシが出てくる所で2回ともテンポがずれ、あたら聴かせどころをフイにした感あり。後者は緊張のためか最初は声が伸びなかったが、もともと声はきれいなタイプだし、第4幕のアリアなど、次第に調子を上げていったのは目出度い。
 だがこの日最も光ったのは、ラトミールを歌ったラリッサ・ジャジコーワだ。メゾの低音がよく伸び、初期のヴェルディのような第1幕最後のアンサンブルをよくリードしていた。

 上演時間4時間40分という触れ込み。休憩3回(各15~20分)を含んで、深夜0時前に終演。
 94年の上演の際と同様、「頭」の物語(第2幕最後)はカットされ、さらに第5幕前半もカットされ(これをカットするとルスランがどこから指環を手に入れてきたかわからず、話が繋がらないのだが)ていた。ナターシャ(通訳の女性)の話では、テレビ生中継があったためのカットではないか、ということだ。
 隣席の米人女性ジャーナリストにこの話をしたら、そこをカットするくらいなら、いっそ長々としたバレエ(第3幕と第4幕にある)をカットすればいいのに、と憤慨していた。同感である。

 ナターシャらの計らいにより、第3幕のあとの休憩時間にゲルギエフを訪ねる。彼は他の来客たちと話をしていたが、私たちの顔を見た途端に「オッ」と叫んで立ち上がって話を切り上げ、こちらを監督室に迎え入れてくれた。何故かしんみりした雰囲気である。この頃、彼は私に対して、よくそういう態度を取る。素顔を見せるようになったのかもしれぬ。

 「今年もこれも作ったんだけど、読んでくれたか」と、不思議に小さな声で言いながら山積みにされている今年の公式プログラムを大切そうに、愛しげに抱くようにして、ページをゆっくりとめくって見せる彼の様子に、私はぎょっとした。10年にわたる付き合いで、彼のそんな疲れたような表情を見たのは、初めてだったからだ。
 そこにはいかにも、「今年もこの音楽祭をやっと始めることができたんだ」と、心労を告白するかのような様子さえ感じられたのである。この瞬間、私は彼を心から応援したくなった。もう少し今年の音楽祭について誉めておけばよかった、と後悔している。

 引き止められるままに話しているうちに、第4幕開演の合図が来る。「じゃ、またあとで」とゲルギエフはいつもの颯爽たる表情に戻り、飛ぶような勢いで部屋を出て行った。が、監督室からオケ・ピットまではすぐの距離だからいいけれども、こちらは廊下を大きく回って客席に入らなくてはならないので時間がかかる。案の定、ホワイエに着いた時には、既に演奏が始まっていた。しかも、しきたり通り、バルコン席に入るドアはすでに閉じられ、鍵も閉められてしまっている。

 とはいえ、そこは度重なる訪問で、勝手知ったるマリインスキー劇場。ツァーリ席(2階正面の特別席)の入り口に走って、番人のロシア人のおばちゃんに身振り手振りで事情を説明し、入れてもらう。「お客が大勢いるから舞台が見えないわよ」と、わざわざ椅子を持って来てくれ、「この上に立って観るといいよ」と、親切な扱いだった。

 終演後、アストリア・ホテル近くのレストランでナターシャと夜食、ボルシチとペリメニを味わい、1時過ぎ、やっとホテルに戻る。

2004・5・30(日)サンクトペテルブルク「白夜の星・国際芸術祭」(1)
グリンカ:「皇帝に捧げし命」

      マリインスキー劇場  7時

 今年の「白夜の星・国際音楽祭」━━通称「白夜祭」は、今日が開幕日である。生誕 200年にあたるミハイル・グリンカのオペラでの開幕だ。

 その開幕公演に先立ち、5時から劇場近くのグリンカの旧居で記念プレートの除幕式が行なわれ、ワレリー・ゲルギエフや、市の第一副市長らが出席。雨もぱらつき風も吹き、おそろしく寒かったため見物人も30~40人しかいないという寂しさだったが、そこは用意周到なゲルギエフの企画、テレビ・カメラも集まっていたから、全国的なPRもねらいどおり出来たのであろう。

 あとでゲルギエフに聞いたところによれば、当初は歌手も出席してアトラクションをやるはずだったが、あまりの寒さのため止めたのだとのことであった。スピーカーでサンクトペテルブルクの市歌も流されていたが、これはグリンカの作ではなく、グリエールの作曲によるものの由。

 開幕公演は、「皇帝に捧げし命」(一頃は「イワン・スサーニン」と呼ばれていたオペラだ)だ。
 ディミトリー・チェルニャコフ演出によるプロダクションの「白夜祭」プレミエである。この演出家、私は初めて彼の舞台を見たが、ゲルギエフが「優秀な若手」だと絶賛するだけのことはあって、極めて面白い。

 舞台は、スサーニン一家の部屋(机や椅子や家具など簡単なものだが)が上手前景に常設され、その後方、戸外や世の中で起こるあらゆる出来事がこの一家に影響を与えるという設定にされている。皇帝に命を捧げた美談という扱いではなく、イワン・スサーニンとその一家の悲劇が浮き彫りにされているというのが、この演出の最大との特徴といえよう。

 世の動きに不安と焦りを感じている木工のスサーニン、彼が拉致されて行ったあと悲しみに打ち拉がれる娘のアントニーダと息子のヴァーニャ。これらすべてがポーランドの宮廷の光景等を含めた世の中の事件と、同時並行して描かれる。

 スサーニンが森の中で殺される瞬間に、彼を救出に行ったはずの「勇敢な戦士」ソビーニンが留守宅でアントニーダと一緒におろおろしているというのは論理的におかしいが、それを別とすれば、ふたつの場面が並行して進められるという設定は、ある面で感動的な光景ではある。
 背景では、ポーランド軍に拉致され、心ならずも「事件」に巻き込まれ、その中で己れの使命を見出しながら死んで行くスサーニン。一方、前景では、結婚式を目前にして理不尽な暴力に父を奪われた悲しみと、それを乗り越えて生きようとする家族たちの姿。いつの世にも繰り返される光景を巧く対比させている。

 したがってアントニーダたちにとっては、ラストシーンのロマノフ皇帝の戴冠式などは全く無縁の存在であり、外界のそのような出来事はこのオペラにとっては重要でないのだといわんばかりに、戴冠式の場面は合唱団が譜面を見ながらのセミステージ形式の演奏となる(これは最近よくあるテだが、まあ一種の逃げといえないこともない)。
 いまどき皇帝万歳をラストシーンでやる演出はないだろうと思っていたが、予想どおりチェルニャコフはそのような「愚」を避けた。なおポーランド宮廷がロマノフ擁立の情報に接し、携帯で情報を集めようとする光景もあるが、これは全体の中では小細工にすぎないだろう。

 スサーニン役にセルゲイ・アレクサーシキン、昨年の演奏会形式で聴いた時に比べやや生彩を欠いた感もある。アントニーダのオリガ・トリフォノワはいい。ソビーニンのレオニード・ザホーザエフはどこかで見たような顔だと思ったら、昨年ジークフリートを歌ったテノールだった(と隣に座っていたアメリカ人ジャーナリストの女性が教えてくれた)。高音もよく伸びる。ヴァーニャのズラータ・ブリチェーファは普通。

 このオペラには、過剰なほど長いアンサンブルやバレエがあり、ドラマの進行はしばしば苛々させられるほど停滞する。第2幕のバレエなど「何の話だっけ?」と思ってしまうような内容だ。ゲルギエフも遅い箇所では猛烈に遅いテンポを採るから、もともと長いこのオペラがますます長く感じられてしまう。
 休憩は2回(30分、15分)で、終演は深夜0時過ぎになった。

2004・5・29(土)サンクトペテルブルク

 成田から正午に飛ぶはずのモスクワ行きアエロフロートが4時間もディレイしたため、一時は右往左往させられたが、いざモスクワに着いてみたら、同社がサンクトペテルブルク行きの臨時便を深夜に飛ばしてくれたので、深夜0時過ぎには目的地に到着することができた。

 それにしても、あの不愛想でサービスの悪いことで定評があったアエロフロートが、よくまあそんなサービスをするようになったものだ。なにしろモスクワ空港で、「Mr.TOJO」と書いた大きな紙を振りかざしたロシア人女性から「早ク行ッテクダサイ、飛行機ガアナタヲマッテマス」と日本語で叫ばれた時には、一瞬事情が呑み込めなかったくらいである。
 とはいえ、私一人のために飛行機を飛ばしてくれたわけではない。今回は東京からのJTBのツアー客が20~30人いたので、その関係もあったらしい。個人旅行の私もその恩恵を被ったわけだ。

 とにかくサンクトペテルブルクの空港に着き、スーツケースが最初に出て来たのを幸い、JTBの軍団を尻目にタクシーに飛び乗り、土砂降りの中、ホテル・アングレテールに入れた時にはホッとする。ここはあの有名なアストリア・ホテルの別館で、時代調の落ち着いた雰囲気が素晴らしい。

2004・5・27(木)マルティン・ジークハルト指揮日本フィル

      サントリーホール  7時

 ウィーン生れの指揮者マルティン・ジークハルトが客演指揮、柔らかく温かいぬくもりに満ちたシューベルトの「ザ・グレイト」を聴かせてくれた。

 前期ロマン派の作品としての性格に重点を置いたこのようなスタイルの演奏は久しぶりに心を和ませるもので、指揮界が一つの流行(たとえばピリオド楽器スタイル)を追う傾向など全く無意味であることを実際の演奏で証明してみせたものといえよう。
 その音楽には豊かな質量感とスケールの大きさがあり、ロマン的な美感もあふれている。両端楽章の提示部が反復されていないところも、ジークハルトのこの作品に対するアプローチの姿勢を示すものだろう。

 日本フィルも好調で、特に弦楽器群(コンサートマスターは木野雅之)のふくよかな、しかもメリハリに富んで隈取りの明快な響きは印象的だった。2本のホルンがこれらと同等なほどに緻密であったなら、うれしさも増倍しただろう。

 前半に演奏されたベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第4番」では、この弦の美感がさらに際立っていた。フランソワ=フレデリック・ギイのソロも端正ながらしなやかで清澄で、しかもシンの強さを感じさせる演奏であり、指揮者とオーケストラともどもこの作品の叙情的な美しさと、毅然とした気品とを見事に浮き彫りにしていた。

2004・5・26(水)ワレリー・ゲルギエフ指揮ロッテルダム・フィル

      サントリーホール  7時

 マーラーの「第9交響曲」のみのプログラム。

 残念なことに前半2楽章は、客席のどこからともなく聞こえ続ける高い周波数の機械的ノイズに妨げられて、全くといっていいほど演奏に集中できなかった。聴衆からのクレームを受けたのか、主催社ジャパン・アーツの白川さんが第2楽章のあとで強引にステージに割って入り、客席に注意を促すという異例の事態もあって、どうやらノイズは止んだ。補聴器のノイズだろうと皆が言う。

 第4楽章が、聴衆全員が息を止めたかのような長い静寂のうちに結ばれたのは幸いであった。ついでながら第3楽章以降、オーケストラのバランスが良くなり、演奏にも密度が高まったように思えたのは、怪我の功名というべきか。

 それはともかく、ゲルギエフの個性には、マーラーがこの作品にこめた激情を表現するには最適の要素がある。中間2楽章の激しい怒号と熱狂と陶酔感ももちろんだが、第1楽章の奔放なヴァイオリンの動きが延々と続くくだりなどもそれを証明するだろう。

 かつてティルソン・トーマスが「ここはジプシー・ヴァイオリン風に演奏できたら理想的だろうね。でもよほどオーケストラとの気が合う状態になっていないと不可能だ」と語ったことがある。
 ゲルギエフの指揮のジェスチュアはきわめてニュアンスに富んでいることはよく知られるとおりで、その指先は音符の一つ一つを表すかのように激しく細かく動き、音楽は常に動きを止めない。一時もじっとしていないという彼の高いテンションに満ちた気質がそのまま音楽に表れているかのようである。

 ただそうではあっても、今日のロッテルダム・フィルとの演奏は、彼の細かいニュアンスを反映するという点では、2年前に東京で行なったマリインスキー劇場管弦楽団とのそれを上回るものではなかった。ロッテルダム・フィルは、機能的にはマリインスキーに勝るオーケストラと思われるが、そこが長年の呼吸の兼ね合いというものだろうか。

2004・5・25(火)ゲルギエフ指揮ロッテルダム・フィル来日公演

      サントリーホール  7時

 「おれは日本に来てからもう7日になるんだぞ、君が来たのは今日が初めてじゃないか」と、楽屋でゲルギエフが笑う。先週の横浜での彼とロッテルダム・フィルの「ロメジュリ」は、シュターツカペレ・ドレスデンの演奏会とかち合っていたため、行けなかったのだ。

 今日はラヴェル・プロ。前半に「道化師の朝の歌」と「ピアノ協奏曲」(ソロはニコライ・ルガンスキー)と「ラ・ヴァルス」、後半にムソルグスキー原曲の「展覧会の絵」。アンコールのみ異なって、プロコフィエフの「3つのオレンジへの恋」の行進曲。

 ラヴェルは実に骨太で濃厚、豪放にして野性的。重厚な響きの裡に限りない色彩の変化が展開され、しかもそれは原色的で激しい力にあふれているが、力一辺倒というのでは決してない。
 特に「ラ・ヴァルス」の弦楽器群における艶やかな表情には、一種官能的な色合いも備わっていて、それはあたかもリムスキー=コルサコフやスクリャービンの作品に聴かれるようなロシアの音楽にも共通した色彩感だ。ラヴェルの管弦楽法の中には確かに卓越した色彩感覚があるが、それをこのような形で再現したところがゲルギエフの非凡さがあるだろう。

 これまで、ラヴェルの作品の中で「展覧会の絵」とその他のオーケストラ曲の間には何か大きな段差があるように感じられてならなかったが、今夜のゲルギエフの指揮を聴くと、どの曲もが「展覧会の絵」を指向している━━もしくは「展覧会の絵」のオーケストレーションの視点から他の曲を俯瞰するような演奏というように感じられて、目からウロコという思いであった。

 4年前にロッテルダム・フィルと来日した際にもこのように豪壮重厚で野性的な音楽を聴かせたゲルギエフだが、彼はマリインスキー劇場のオーケストラを振る時より、他のオケを振ったときの方がそういう味を出すという傾向があるらしい。

2004・5・24(月)ジェシー・ノーマンのモノ・オペラ

      東京文化会館大ホール  7時

 シェーンベルクの「期待」と、プーランクの「声」━━独り芝居による2つのオペラを組み合わせたプログラム。

 ジェシー・ノーマンが歌い、アルトゥーロ・タマヨが東京フィルを指揮した。アンドレ・ヘラー演出・舞台美術、ギュンター・イェックレ照明の他、「期待」の舞台装置をミンモ・パラディーノ、「声」のそれをオトマール・シュミドラーというスタッフ。

 「期待」は、屈折した女の心理を表わすようなモダンで奇怪な超時代の舞台装置で、照明がさまざまに変化して効果を上げる。エンディングでは「炎の天使」さながらに「圧倒するような天上の存在のようなもの」(ヘラー)たる強烈な光源の前、「女」が絶叫して暗転する。
 だが、この悲鳴は、虚空に消えたように終結する音楽の虚無的な響きを一気にリアリズムに戻してしまう以外の何物でもなく、実に趣味が悪いとしか言いようがない。

 「声」は、何の飾りもない部屋の中ですべてが進行し、照明の変化も全くない。ノーマンの歌唱は、「期待」には表現主義的な鋭さがなく、普通のオペラティックなものにとどまったが、「声」の方には彼女の持味が発揮されていただろう。ただし、演技はさほど細かいものではない。

2004・5・23(日)ガリー・ベルティーニ指揮東京都交響楽団

      サントリーホール  2時

 これはプロムナードコンサート。
 「運命」「未完成」「告別」という、実に意味深長なプログラムである。ベルティーニの音楽監督退任も決まっていたがゆえの曲目編成なのだろう。「辞任も運命だ、やりたいことも全部できず未完成に終った、ではさようなら」という三題噺か?

 しかし、演奏は堂々たるものだった。彼のウィーン古典派の作品はきびきびしたテンポとかっちりした造型に富んだものである。
 最後の「告別交響曲」ではのエンディングでは、ホールを暗くし、照明にも演出を凝らして、指揮者と2人の弦楽奏者を残して暗黒になり、再び灯がついた時には誰一人いない舞台が広がっているという光景はすこぶる感動的であった。

2004・5・22(土)フェドセーエフ指揮モスクワ放送交響楽団

      埼玉会館大ホール  3時

 このホールの残響のなさ、音の悪さといったら、昔の日比谷公会堂級だろう。ここでは、サントリーホールであれだけ精妙な音色の変化を聴かせたこのモスクワ放送響さえもが、並みのオーケストラに━━とはいえ、図抜けたレベルには違いないが━━変貌してしまう。
 小山実稚恵もラフマニノフの「ピアノ協奏曲第3番」を鮮やかに弾いたが、音色はきんきんして乾いている。これもホールのせいであろう。

 アンコールでの、チャイコフスキーの「道化師の踊り」でタンバリンを叩いていたおじさんは、相当なショウマンだ。

2004・5・21(金)ハイティンク指揮シュターツカペレ・ドレスデン

       サントリーホール  7時

 巨匠ベルナルド・ハイティンクが指揮するブルックナーの「交響曲第8番」。やはり弦はいい音だ。

 ただ1階(17列5)で聴いていたせいか、トロンボーンの音がまともに来て、そのため弦はしばしば打ち消された。金管の音色も、弦に比していいとは言い難い。それに木管も後半ややピッチが不揃いになり、ハーモニーを濁らせていたのは、このオーケストラらしくもない。今日は調子が悪かったのか? 
 もっとも、こちらが響きに慣れている2階前方の席で聴けば、こんな細かいことは気にならなかったかもしれないが。ハイティンクはさすがにオーケストラを巧く鳴らしているけれども、緊迫度にやや不足する向きもある。

 それにしても、ザルツブルクやドレスデンで聴いた時よりも音色に陰翳が乏しく、響きも硬質で耳に障ることがあるのはなぜだろう。空気のせいか、それとも持って来た旅行用の楽器がよくないのか。

2004・5・20(木)飯守泰次郎指揮東京シティ・フィル

       東京文化会館大ホール  7時

 シューベルトの交響曲ツィクルスとマーラーの交響曲ツィクルスの組合せ。前者は「第6番」、後者は「巨人」。

 音楽そのものには、飯守らしく重厚で密度の高い響き、メリハリの豊かなフレーズづくりと鋭いリズム、きわめて起伏の大きな、しかも情感にあふれたものが感じられる。シューベルトの交響曲も、現代流行のスタイルとは正反対の、ゆったりと大きく息づく演奏になっていた。それは良しとしよう。

 とはいえ、もともと楽員数の少ないシティ・フィルが、シューベルトやシューマンならともかく、トラを入れてこのようなマーラーのごとき大編成の交響曲のツィクルスをやること自体に無理があるのではなかろうか? 実際の演奏ではやはりそのギャップが露呈されたようだ。
 そして具合の悪いことには、シューベルトでさえ、アンサンブルという点では確固とした構築に不足していたのである。この日は全体に管楽器の不揃いやピッチの不安定、技術上の不満などがあった。特に「6番」第1楽章前半での木管群にははらはらさせられるほどであった。

 これは、シティ・フィルとしては等閑にできぬ問題ではないかと思う。そもそも飯守はいわゆるアンサンブルのメカニズムを重視する指揮者ではなく、それより響きの上での量感と陰影、感情表現に重点をおく指揮者だ。それはそれでいいし、彼の人気が高いゆえんでもある。しかし一方にトレーナー的な指揮者がいてアンサンブルを締め上げないと、このオケはますます荒れてしまうのではなかろうか。

2004・5・19(水)ベルティーニ指揮東京都響 マーラー「8番」

      埼玉会館大ホール  7時

 初めてこのホールへ行く。拙宅からは大井町線、東横線、埼京線、京浜東北線の乗り継ぎで往路はおよそ1時間半。帰路は埼京線が新宿止まりなので山手線が加わり、そして田園都市線経由だが、接続がきわめてよく、1時間10分ほど。思ったほど遠くはないことが判った。ホールも浦和駅から8分ほどの所に在る。

 しかし、このマーラーの「千人の交響曲」の如き桁外れの曲には、━━このホールはあらゆる面から見て、向いていない。何故よりにもよってこの曲をこのホールに持って来たのだろう? 第1楽章など、とてもこのホールに収まる音響の作品ではないのに。

 だが、オーケストラはすばらしかった。弦楽器の音色は理想的で、先日都響のプログラムにも書いた通り。声楽陣も強力である。これはベルティーニの5年がかりのマーラー・シリーズの一環。

2004・5・18(火)フェドセーエフ指揮モスクワ放送交響楽団

       サントリーホール  7時

 17型(!)編成のヴァイオリン対向配置、コントラバス9人を舞台奥に一列に並べた楽器配置。こういう方法を採用したのは、フェドセーエフとしてはそう昔のことではないだろう。このステージ配置のためでもなかろうが、彼とこのオーケストラが創り出す音色はまったく独自の個性的なものだ。

 すべての楽器は翳りのある、一種ヴェールに蔽われたような音を響かせる。昔のように金管群が張り出す荒々しいサウンドはもはやどこにもない。艶はあるにもかかわらず過度に煌びやかではなく、しかし溢れんばかりに張りのある音を沸騰させる弦楽器群は、ある種混然とした響きのようにも聞こえるものの、内声部でさえ役割に応じて浮かび上がり、明確にオーケストラをリードする。
 金管も弦の響きの中に埋没しているようにも聞こえるが、しかし己の出番が来ればはっきりと自己を主張する。そうしたオーケストラ全体の音色の変化が、また実に多彩なのだ。

 ラフマニノフの「交響曲第2番」は、その音色の多彩さが見事に発揮された演奏だった。同様にチャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」では、川久保賜紀の張りつめた叙情のソロを支えるオケの柔らかく美しいこと。
 プログラム冒頭の、グリンカの「皇帝に捧げし命」からの「クラコヴィアーク」と「ワルツ」(2曲ともつまらない)は、ロシアのオーケストラとは思えないほどの端正な音色。そしてアンコールでのスヴィリドフの小品と、チャイコフスキーの「雪娘」の中の「道化師の踊り」では、このコンビの複雑精妙なバランスを持った音色が素晴らしく噴出していた。

 今やこのオーケストラは、フェドセーエフの完璧な楽器となっている。30年に及ぶ共同作業が、この驚異的な音色を創り出したのだ。それはきわめて個性的でアクが強く、聞き慣れなければ違和感も抱かれるほどのものだが、しかし指揮者とオーケストラの長い結びつきからのみ生まれる個性というべきである。

2004・5・16(日)別府アルゲリッチ音楽祭

     ビーコンプラザ  4時

 8:09発の「にちりん6号」で宮崎を発ち、11:19別府着。窓外の景色楽しく、さして長さを感じない。たった3輛編成の単線特急だが、指定席は観光客が多く、すこぶる賑やかである。乗り心地悪からず。

 この音楽祭には今回初めて招待される。プログラムにアルゲリッチに関する(大したこともない内容だが)エッセイを寄稿、そのためかえらく待遇がよく、杉乃井ホテル別館の6階角のスウィートルームをあてがわれ驚く。だだっ広い部屋で窓も大きく快適だが、バスルームには古いタイルの臭気があり、多少のマイナス点も。

 演奏会場のビーコンプラザは、一種コンヴェンション・センター的なホールで、アコースティックはさほどよろしくない。
 この日は最終日の「マラソン・コンサート」で、4時から始まり、1時間の休憩1回、10分の休憩2回を挟み、9時終演予定というふれこみだったが、テンポが伸びたのと、ステージの配置変えなどに時間を要したため、実際の終演は10時過ぎとなった。

 そのあとにホテルで打ち上げパーティが行なわれたが、アーティストの大部分が到着しないため11時になっても開始されないため、こちらはそっと会場を抜け出し、大良理恵さんら北九州国際音楽祭のスタッフと駅近くの鮨屋で会食。深夜1時頃にホテルに戻ったが、パーティもその頃終った模様だ。結局、温泉は早朝に宮崎で入ったのみで、かんじんの大分では入り損ねた。

 演奏会はすべて室内楽。アルゲリッチとイダ・ヘンデルがさすがの存在感で、この2人が協演したフランクのソナタが圧巻。ヘンデルはこの他「詩曲」と「カルメン幻想曲」となにかのアンコールを暗譜で弾き、高齢とは思えぬ程のパワーを聴かせた。

 一方アルゲリッチも、フー・ツォンとシューベルトの「ハンガリー風ディヴェルティメント」、カール・プトロスと「詩人の恋」や「ドゥルシネア姫に想いを寄せるドン・キホーテ」などを協演したが、組んだ相手がいずれもあまり冴えない奏者だったため、損をしたようである。その他、清水高師もメンデルスゾーンの「ヴァイオリンとピアノのための協奏曲」を弾いた。

 だが、コンクール優勝の若手ばかりを集めた弦楽合奏アンサンブルは、演奏の生気の無さと無表情さとで、全く聞くに耐えない。ソリストとしては腕達者らしいが、アンサンブルとしての意味を解していないのではないか。大物アーティストと、そうでないアーティストとのギャップが大きすぎた、しかも長すぎた演奏会であった。

2004・5・15(土)宮崎国際音楽祭 シャルル・デュトワ指揮

      宮崎県立芸術劇場 アイザックスターンホール  3時

 10:40宮崎空港着。タクシーで宮崎観光ホテルに入り、チェックイン前だが部屋を空けてもらい休息。

 デュトワが指揮するオーケストラは、コンマスに徳永二男らを擁した錚々たるソリスト級顔ぶれからなる。R・シュトラウスの「町人貴族」(橋本邦彦がナレーター)と、同じく「プルチネッラ」が演奏された。腕利きの奏者たちだから、安心して聴いていられる楽しい演奏会である。
 この音楽祭は9日から21まで開催されており、その他にも東京クァルテットや九響も登場するが、基本的にはトップクラスの奏者たちによるオーケストラや室内楽の演奏会でプログラムが組まれている。なかなかの内容だ。

 終演後、梶本音楽事務所の依頼でデュトワに、彼とヴェルビエ・オーケストラとの来日につきインタビュー。例のごとく慌ただしく、わずか15分で切り上げる。
 楽屋で漆原啓子、川田知子、加藤知子、梶本音楽事務所の入山功一らの諸氏と歓談ののち、ホテルのレストランで横堀朱美さんと食事、間もなく小山実稚恵さんも加わって、地下の飲み屋で11時頃まで。

2004・5・13(木)新国立劇場制作 ヴェルディ「マクベス」

       新国立劇場  6時30分

 野田秀樹の新演出が話題になった。
 魔女を象徴しつついろいろな所へ現れる骸骨集団(合唱も含む)は、良いアイディアだ。ラストシーンで、新しい国王の登場を歓呼して迎えた国民が次々に死んで骸骨となるくだりも同様。一将功成って万骨枯る、という皮肉も感じられるが、この骸骨群がマクベスの野心を煽るという冒頭の場面と関連させて考えると、為政者に裏切られた国民と、その世論に煽られて結局自らも裏切られ破滅する為政者との「業」のようなものを感じとることができる。

 それはいいのだが、この演出、要所でオペラの「型」に妥協してしまうところが物足りない。それは野田の責任かどうか定かではないが、いずれにしても日本のオペラ演出の定型から脱して、欧州でも試みられている徹底した演劇的演出を実現するには、演出家だけでなく歌手たちの意識改革も必要なのだろう。
 それに今回のこの演出は、ある意味でおもしろいとはいっても、やはり何となく野暮ったく、場末の大衆演劇っぽい雰囲気も感じさせてしまうのが問題だ。

 マクベスはヴォルフガング・ブレンデル。大根役者的だ。野田のコンセプトが理解できなかったのかもしれぬ。優柔不断の性格がもっと明確に出せればよかったろう。声はまずまずか。
 夫人はゲオルギーナ・ルカーチ。声の馬力はあり、気の強い女の性格は充分。バンクォーは妻屋秀和で、声は見事なのだが、演技が類型的なのが残念だ。マクダフはミロスラフ・ドヴォルスキー。脇役としては充分の出来だろう。むしろマルコムの井ノ上了史が、若々しい気迫で声もすばらしい。

 指揮はミゲル・ゴメス=マルティネス。これが一番問題で、ただきちんと振るだけで融通が利かない。音楽が硬直化しており、パウゼも几帳面に数えて行くだけのものなので、音楽全体に滔々たる流れが全く感じられず、あたかも番号付きオペラ、あるいはポープリのようなイメージをさえ生んでしまう。従って、東京フィルもきちんとはしているがおとなしい演奏に堕してしまう。

2004・5・12(水)ガリー・ベルティーニ指揮東京都交響楽団

      東京文化会館大ホール  7時

 ベルティーニの、都響音楽監督としての最後の定期公演の初日。
 シェリフの「アケダ」、モーツァルトの「ジュピター」、ドビュッシーの「イベリア」、ラヴェルの「ラ・ヴァルス」といった、いかにもベルティーニらしいプログラムだ。

 重厚暗欝、快速颯爽、色彩華麗と変化するベルティーニの指揮に、都響はよく応じた。「ラ・ヴァルス」では弦楽器群がきわめて優れており、特に弱音や、強奏でも柔らかく弾かれている部分では、輝かしさ、艶かしさ、軽やかさが感じられた。ただし、管楽器群には些か問題があるだろう。

 ともあれ、「フランス音楽が好き」で、かつ「オーケストラの核は美しい弦の音色にある」とするベルティーニの趣旨が如実に表れた演奏といえよう。彼のフランス音楽は華麗濃厚が特色だが、ところが残念ながら、そういうフランス音楽の解釈は、日本のファンにはどうもあまり受けがよくないようである。
 しかもフランス音楽のレパートリーとなると、ベルティーニがどんなにうまくやっても、人気はフルネの方にとられてしまうという傾向がある。そこがベルティーニにとっては、損な役回りだったといえるかもしれない。

2004・5・7(金)チョン・ミョンフン指揮東京フィル

      サントリーホール  7時

 マーラーの「巨人」を、弦20型という巨大な編成で演奏した。そのわりに「鳴らない」という印象なのだが、弱音箇所は結構豊かな音で、アンサンブルも一頃と比べ向上し精密になったのは喜ばしい。
 前半はエレーヌ・グリモーがラヴェルの「ト長調」のピアノコンチェルトを弾く。清澄な音色はいつもながらのもの、しかも今日は鋭さも加わった。

2004・5・6(木)マウリツィオ・ポリーニ ピアノ・リサイタル

     サントリーホール  7時

 シェーンベルクの「6つのピアノ小品」と「3つのピアノ曲」、ベートーヴェンのソナタ第7番と第8番、シューマンの「幻想曲」というプログラム。ベートーヴェンは予想外に丸く翳りを帯びた音色で、他の作品と好対照をなした。

 しかし・・・・この演奏、なんとも無味乾燥なのである。辛うじて後半の「3つのピアノ曲」が鋭い切り込みを回復して冴えたという印象で、シューマンは再びただ歯切れのいいだけの演奏に終始した。この感動のなさ、味気なさはどうしたことだろう。以前のポリーニだったらどこかにデモーニッシュな力を感じさせたものだが、今回はそれが全くない━━。

2004・5・1(土)ハンス・グラーフ指揮新日本フィル

    トリフォニーホール  3時

 ブルックナーの「交響曲第4番《ロマンティック》」が、予想外に好い演奏だった。
 1949年生まれのオーストリア出身のこの指揮者は、アルミンクの推薦で来たそうだが、拾いものである。これほどスケールの大きな、豊かな音楽をやる人だとは思わなかった。何の外連も誇張も小細工もやらない指揮で、しかも心に響く演奏を聴かせてくれる。

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