2019-11

2006・7・30(日)PMF ピクニックコンサート

     札幌芸術の森・野外ステージ  午前11時

 朝11時から夜8時まで、N響、札響を含む今回のPMF出演者を総動員して行なわれる売り物の野外演奏会。入場者は7000人という。そんなに入っていたかなあ、とも思えたが、事務局の言うところによれば、「掛け値なしの人数」だそうだ。

 トリはもちろん、ゲルギエフとPMFオケ。紺碧の夜空を見上げながら聴くチャイコフスキーもすばらしい。家族連れ、カプルも多い客はみんな熱心に耳を傾ける。気軽に誘われれば、クラシック音楽を聴く人々は、こんなにも大勢いるということなのだ。芝生の最後部に、簡易テントを張っていた客が二、三組いたのは面白い。
 終演は8時半頃。背後の林の中から花火が派手に上がって今年のフィナーレ。

2006・7・29(土)ワレリー・ゲルギエフ指揮PMFオーケストラ

      札幌コンサートホールkitara 大ホール  7時

 多忙を極めるゲルギエフが札幌に着いたのは前々日。リハーサルは前日と今日の本番前のみという限られた条件の中で、しかし彼もオーケストラも最前をつくしたと感じられる。

 ストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」、およびチャイコフスキーの「交響曲第5番」での音色と響きは、紛れもなくゲルギエフ特有のそれになっていた。特に前者では、ゲルギエフが日頃から掲げる「ストラヴィンスキーはサンクトペテルブルクに生まれ、リムスキー=コルサコフに薫陶を受けたロシア出身の作曲家。自分はそこにポイントを置いて指揮したい」という方針が、余すところなく打ち出されていた。管弦楽の原色的な効果、曲中に利用されるロシア民謡の生き生きした表情などもその例である。
 ただし、合わせ練習の少なさによる不具合が随所に聞かれたことは事実で、18型のヴァイオリン群が創り出す艶やかで強力な大音量に対する木菅のバランスにはもう一工夫あっていいと思わせた。

 一方、チャイコフスキーの「5番」第4楽章で主部に入る直前のティンパニのクレッシェンド箇所のミス(2小節早すぎた)は、私の体験では、1955年の上田仁指揮東響(日比谷公会堂)以来、半世紀ぶりのことである。
 1曲目の、ダニエル・マツカワがソロを吹いたモーツァルトの「ファゴット協奏曲」は、彼の冗長なカデンツァにも問題があるだろう。

2006・7・29(土)PMFインターナショナル・プリンシパルズ演奏会

     札幌コンサートホールkitara 小ホール  3時

 前日朝9時のANA55便で札幌に入る。PMFオケなどのリハーサルを聴いて、今日は午後からまず、講師の名手たちが組んでの室内楽プログラムだ。
 この時期にはウィーンやベルリンのフィルハーモニーの講師たちは既に欧州に戻っているので、出演はフィラデルフィア管やピッツバーグ響などアメリカのオーケストラからの演奏者たちで構成されている。

 プログラムの中では、3曲目のサンフランシスコ響首席デイヴィッド・ハーバートが演奏した細川俊夫の「打楽器のための線Ⅵ」、デイヴィッド・ビルジャー(フィラデルフィア管トランペット)とピーター・サリヴァン(ピッツバーグ響トロンボーン)が演奏したカステレードの「トランペット、トロンボーンとピアノのためのソナチネ」が演奏も含めて面白く、また最後のシュポーアの「大九重奏曲」も作品の親しみ易さなどで楽しめた。

2006・7・27(木)東京の夏「シャー・ナーメ」

    浜離宮朝日ホール  7時

 クルド人歌手シャハラーム・ナーゼリーを中心に、3人の打楽器とタンブールの奏者が織り成すイランの王書「シャー・ナーメ」の歌。前半のみ聴いたが、ほぼ50分かけて、ゆっくりと盛り上がる息の長い構成。これだけの緊張感を保つことができる歌い手と打楽器奏者たちの力量も凄い。
 終り近く「ヨー・アン・ヨー」と繰り返して頂点を築く力強い曲想は迫力充分、下手な洋楽の演奏を顔色なからしめる。時間があれば、後半も聴きたい演奏会であった。

2006・7・26(水)小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトⅦ
マーラーの交響曲「復活」

     サントリーホール  7時

 早朝のモンゴル航空OM510便で帰国、4時間20分のフライトだが、ウランバートルのチンギス・ハーン空港から南下し、韓国上空を通過して能登半島あたりから成田へ向かうというルートだから、これだけの時間がかかる。もし北朝鮮の上空を通過することが出来たなら、もっと早く着けるだろう。

 その夜に、この演奏会を聴きに行く。小澤さんの重病からの「復活」こそが聴衆の最大の慶事であったが、彼は例のごとく一人で拍手に応えるのを嫌い、常にオケのメンバーやソリストらと行動を共にし、カーテンコールでも単独では動かない。もっとも今日の客はいわゆる定期客やマニアックな連中とは少々異なっていたろう。

 それはともかく、今日のマーラーの「交響曲第2番《復活》」は、小澤としては久しぶりに直截で激しく、再びあの1972年の日本フィルとの最後の演奏会の頃の彼に戻ったような演奏になっていた。瑞々しさに不足していたとすれば、それはオーケストラに若い楽員が多かったせいだろう(もちろん要所にコーチとして名手たちが点在している)。
 しかし音量は実に巨大で、思い切り弾かせ、吹かせた演奏だった。これもこの何十年来の小澤と異なるところである。この位の思い切りの良さは、若いオケなのだから充分あっていい。

2006・7・25(火)モンゴル日記(終)

 今日のスケジュールはオペラでもコンサートでもなく、観光だ。アギ君や由美さんらに自然史博物館やラマ教の寺院へ案内してもらう。
 午後は郊外へ60㎞ほど行った大平原で行なわれる騎馬戦見物。広大な平原の真中に観客用の小さなスタンドを設え、500騎以上の騎馬隊が4組に分かれて模擬戦を見せたり、弓技を競ったりして見せるイヴェントが繰り広げられる。
 こんな大規模な騎馬隊をナマで見たことのない私は、その迫力に大いに興奮したのだが、由美さんの話によれば、「この程度じゃ、どうってことはないわよ」。
 だが特に感動的だったのは、見渡す限りの広大な草原に隊列を成して疾駆する騎馬隊の姿で、それが彼方の髙い丘の稜線にシルエットとなって浮かび上がる光景は、筆舌に尽くし難い壮大な美しさであった。

 夜は日本大使館で、市橋大使夫妻の主宰による夕食会。ウランバートル市長や後藤田衆議院議員、東京タワー前田社長らと同席。といっても、私は最初から正式に招待されていたわけではなく、政界財界にまで顔の広い由美さんの相伴のような形で出席したに過ぎない。パーティの話題もすべてモンゴルの政治経済に関することばかりだから、出席者の中でも私を含めたアウトジャンル界の者たちは、大広間の隅で騎馬戦だの羊料理だの、アジアの大勢には縁のない世俗的な話に興じるのであった。

2006・7・24(月)モンゴル日記(2)オペラ「チンギス・ハーン」

      モンゴル国立歌劇場  5時

 午前中はアギ君の運転、ブンダカさんというこれも日本語の堪能なモンゴルの美女の案内で、テレルジという土地を見物。すべてが無限広大な草原と丘だ。更に進み、観光用のキャンプでツーリストが泊まるゲルで一休み。ゲルの魅力は一言では表現し難い。道路は悪路多し。舗装はされているのだが、質がよろしくない。モンゴルのクルマのマナーの荒っぽさは想像を絶している。

 夜のオペラは、ご当地ものの「チンギス・ハーン」なる作品だ。これはB・シャラブというモンゴルの作曲家による作品で、2003年初演という。今回は「モンゴル建国 800年記念行事」の一環として、今日と28日に、主として外国人観光客のために上演されるのだという。堺屋太一氏と奥山由美さんのコーディネイトにより実現した特別公演ということである。なお堺屋氏は開演前にステージから挨拶していたが、ついでに自分の著書についても宣伝していた。

 観客は半分の入りという寂しいもので、特に堺屋氏が率いて来た日本人ツァー観光客は日頃オペラなどに全く縁がないといった雰囲気の連中ばかりだが、最後までおとなしく熱心に観ていた。
 ただしこの日も字幕はなく(予算がないのだから当然だろう)、日本語のパンフレットは配られていたものの、果たしてどれだけの人がオペラの内容を理解できただろう。たとえば、だれかが各幕の前に解説を入れるとか。それだけでも、理解の一助になったかもしれない。もっとも、そんなことをやれる評論家もいないようだが。

 オペラは2幕からなり、休憩20分ほどを入れても2時間弱の長さ。テムジンの少年時代から始まり、タイチウトに囚われた彼の苦難、ソルカンシラとハダーンに救われて故郷に帰り、ジャムカの協力を得て力を増し、メルキト族に奪われた妻ボルテを取り戻し、ついにハンとなる経緯を要領よく纏めた物語である。ホーミーの低音なども冒頭に使われており、またおそらくはモンゴル固有の旋律も使われていたようだが、全体としては洋楽手法による民族色との折衷型オペラである。アリアも数多く折り込まれているが、それらはあまり面白いものではない。むしろそれ以外の箇所での打楽器の劇的な使用法などに興味を惹くものがあった。

 第1幕大詰でのシャーマン教の儀式の場面(奇怪なバレエ)におけるティンパニ(2人の奏者)の強烈な連打は野性的で凄まじく、劇場が崩れ落ちるのではないかと思われるほどの迫力を出した。
 その一方、レチタティーヴォ風の歌の間に何度も入るティンパニのppのリズムは、音楽を緊迫感あふれるものにしていた。アリアの類のようにオペラの形式に妙に迎合する箇所よりも、自由に発想していった部分の方に、この作曲者の良さは発揮されるようである。
 シャラブ自身の話では、アリア集を近々録音する予定だというが、その方法ではおそらくこのオペラの面白さは伝えられまい。

 とにかくこれは、歌と踊りの民族色あふれるオペラとして、観光客を楽しませる点では充分なものがあろう。ただ、それがモンゴルのオペラの中でどのような位置を占めているのかまでは、判らない。

 オーケストラはどうやら8型2管といった編成に思えたが、指揮者のJ・ブレンベッフは恐るべき強大な音を要求する。細かいニュアンスよりもひたすら力で押しまくる音楽づくりである。
 しかし歌手たちも強大だ。テムジン役のA・ダシュペルジェー(Br)と、妻ボルテ役のジャブズンドラム(S)は、安定している。ジャムカ役のO・ダランタイ(T)はヴィブラート過剰で、まるで酔っ払っているような歌い方をする。
 清純可憐な少女ハダーンを歌ったのが奥山由美で、このオペラで唯一叙情的で美しい歌唱を聴かせた。このハダーンという役柄は、テムジンを救い出すのに尽力した少女で、のちに彼(つまりチンギス・ハーン)の側室として誘われたが謝絶した、ということである。

 オリジナルの演出家(エルデネブルガン)は死去したとのことで、現在の上演では舞台監督をE・サラントヤという女性がつとめている。少なくとも、昨年貸してもらったビデオで観た舞台よりは解りやすい。演技もまあそれなりに行なわれている。テムジンがハンに即位して終る幕切れで、合唱団(部族)が「ホライ(万歳)!ホライ!」と叫び続け、これがカーテンコールを盛り上げる手段となっているのは、いかにも民族オペラらしくて微笑ましい。

 終演後に由美さんの仕切りで、隣接するホテル・ウランバートルで会食が行なわれ、劇場側からはダシュペルジェーとジャブズンドラム、作曲家、指揮者、舞台監督、コレペティトール(女性)が出席、こちらは私と奥山由美、通訳のアギとブンダカが出席。批評家のいないモンゴルで、オペラの上演に関するアドヴァイスをしてくれというのが由美さんの私に対する注文だったのだが、通訳上の行き違いもあって、こちらの意見に対する反応も定かならず。後半はダシュペルジェーが積極的に質問をしてくるなど多少は盛り上がったけれども、座としては低調であった。
 由美さんの話では、これまで劇場が接触を持った日本の某作曲家や某マネージャーらがひどくいい加減な言辞を弄したために、日本の音楽関係者に対して疑いの念を持つにいたっているという傾向もあるのだそうだ。ただ、翌朝劇場監督だかコレペティだかから由美さんに入った電話では、作曲家や指揮者が同席していたため言いたいことも言えなかったので申し訳なかった、とのことである。

2006・7・23(日)モンゴル日記(1)ヴェルディ「椿姫」

      モンゴル国立歌劇場  5時

 昨日、モンゴル航空MIATのエアバスOM502便でウランバートルに着く。
 空港に奥山由美さん(モンゴル歌劇場でソロを歌っているソプラノ)と、アルタンゲレル・ジャーワー青年(アギという愛称で呼ばれていた)が迎えに来ていてくれた。アギ君は日本語ペラペラのエリートで、カルビーの海外グループの社員として札幌に滞在していたこともある由、「懐かしいなあ、すすきの」などとサラリと喋る好青年だ。コンチネンタル・ホテルに投宿し、彼の案内で今日は観光用のゲルを見物、内部の広さと立派さ、美しい調度に感心。

 夕方、国立歌劇場に行く。正確には「モンゴル国立オペラ・バレエ劇場」というべきなのかもしれない。客席は伝統的な形態の演奏会場といった作りだが、オケ・ピットはきちんとできている。客席数は 600前後だと奥山由美さんが言っていた。音響効果も悪くない。

 さてこの「椿姫」、明日観ることになっているご当地オペラ「チンギス・ハーン」よりは、このカンパニーの実力を明らかにするだろう。舞台にはそれなりの装置があるが、ややゴテゴテとしている。
 ヴィオレッタのトヤーというソプラノは、声の質は決して悪くなく、容姿にも主役の華やかさが備わっている。
 だが歌唱面で最も安定していたのはジェルモンを歌ったボルドという人。彼は愛知万博か何かで来日したことがあるそうだ。そのコーディネイトをしたのは奥山由美さん自身だったそうだが、ジャパンアーツの白川君からは、音程が悪いの何のと、クソミソにけなされたのだそうだ。たしかに西洋の一流歌手と比較すれば問題もあろうが、日本人歌手と比べれば決して劣るものではない。彼は彼女のCDで「悲しみの三つの丘」の二重唱を協演していたバリトンであり、一寸荒削りだが力強い声をしている。

 ただし、アルフレード役の歌手はどうしようもなく音程が悪い。
 合唱は非常に粗っぽく、また本番中によそ見をしている連中が多いのもよろしくない。
 総じて、上演水準は日本の30~50年前のものと言っていいかもしれない。わが国の上演レベルの変化を振返れば、これを冷笑することはできない。外国人から見たら、日本のオペラだってこのようなものに見えるのではないだろうか。

 最大の問題は、指揮者のグゥドルダチ・トーライフーという人の、大雑把極まる音楽にあるだろう。このオペラ・カンパニーには、指揮者は2人しかいないのだという。しかも、あとに続くべき若い指揮者がいないのだそうだ。発展途上の段階にある国のオペラ界に必要なのは、第一に優れた指揮者であり、それを確保できるかどうかが今後の課題であろう。外国との交流、外国へ行っての勉強などをもっと活発に行なうことも肝要だ。モンゴルには批評活動というものがなく、それが演奏者を甘やかす原因となっている、というのが奥山由美さんの意見である。

 一応原語で歌われていた(それに気づくまで少し時間がかかった)が、字幕はない。素人にはさっぱり解るまい。これでは、団体で来ている子供たちが退屈して騒ぐのも無理はない。全員ではないが、客のうるささはひどい。完全字幕は金がかかるというのなら、せめてその場の、あるいはナンバーの大要だけを写し出すという方法もあるだろう。

 終演後も外はカンカン照り。モンゴル料理の羊は濃厚な香りと味で、私にはとても手が出せぬ。代わりにウクライナ料理を食べ、アギ君のクルマで薄暮のザイサン・トルゴイの丘に行き、市内を一望する。

2006・7・21(金)大野和士指揮東京フィル

     サントリーホール  7時

 ベルリオーズの「ロメオとジュリエット」全曲が演奏された。
 冒頭、何かしっくり来ない演奏がしばらく続いてもどかしい気分だったが、プロローグの途中から次第に活気が感じられるようになり、第2部からはいい演奏になった。大野はこの曲の叙情面を浮き彫りにし、全体に抑制した音量で進めていく。しかもベルリオーズの管弦楽法の多彩さを存分に再現している。最弱音への念の入れ方、微細な音の精妙な扱いは徹底したもので、われわれも息を潜めての緊張を強いられる。

 ただ、その精密な音楽づくりゆえにこそ、オーケストラのほんの少しの破綻が、極端に大きく影を落とす。特にこのオケの弱点といってもいい金管の一部におけるちょっとしたミスが惜しまれる。
 大野の良さが最高度に発揮されたのは「愛の情景」の部分で、愛の旋律の官能的な歌わせ方といい、官能の高まりを描く弦のトレモロの豊かな表情といい、見事な音楽になっていた。とかく散漫な印象になりがちな構成の「墓場の場面」でさえ、オーケストラは雄弁に主人公の苦悩と狂乱を描き出した。さすがオペラ指揮者として経験を積みつつある大野の腕の冴えというべきであろう。

 声楽は東京オペラシンガーズ、寺谷千枝子(A)、真野郁夫(T)、牧野正人(Br)という顔ぶれ。さほどの目立った印象はない。牧野はローランス僧正というには威厳に不足して、両家の者たちを圧するカリスマ的な力が感じられないのが惜しい。
 聴衆は沸いた。小澤に飽き足らなくなった客は、今や大野に新時代の期待を掛けているのである。

2006・7・20(木)パオロ・カリニャーニ指揮読売日本交響楽団

     サントリーホール  7時

 パオロ・カリニャーニという指揮者、いいだろうと思っていたが、予想以上にいい。これは日本のファンにとっては、掘出物である。ウェーベルンの「夏風の中で」、ベルクの「ルル」組曲、シェーンベルクの「管弦楽のための5つの小品」、最後にモーツァルトの「交響曲第40番」と並ぶプログラムは、かなり意欲的で、ある種の意図が感じられる。

 「夏風の中で」は、レガートかつしっとりと、カンタービレを浮き彫りにした演奏で開始された。作品の性格から言ってもこれは正当だろう。叙情的で、控えめな表現である。
 ついで演奏された「ルル」組曲は、あたかもこれがすでに古典の作品に仲間入りしたごとく、あるいはイタリアの指揮者が感じ取ったドイツ近代のオペラであるがごとく、豊麗でなだらかな曲線を描く構築が行なわれた。ルルが殺される場面での劇的な大爆発の音楽さえ、表現主義的な激烈さというよりは、ある種の美をたたえている。
 今日は半田美和子が「ルルの歌」と、最後の「アダージョ」でゲシュヴィッツ伯爵令嬢のルルに対する愛の歌を歌ったが、プログラムにはこの歌詞も掲載されておらず、またゲシュヴィッツの歌が含まれるという解説もなかった。初めてこの曲を聴く聴衆には不親切だろう。

 休憩を挟んで演奏されたシェーンベルクは一転して鋭角的で歯切れよく、現代的なシェーンベルク像が現われた。明快なテクスチュアだったが、さて音色旋律性といった面では及ばなかったようである。
 ここまでの流れを振返ってみると、ウェーベルンを序奏に、「ルル」で一層の豊麗さを築き、一転してシェーンベルクでモダンな鋭さを打ち出すという起承転がカリニャーニの狙いだったのかもしれない。

 そして「結」になるべきモーツァルトの「40番」だが、これがまたなかなか見事だったのである。響きは柔らかいが、表情はすこぶる激しく、大きな起伏と振幅がある。あたかも、ピリオド楽器的奏法を使用せずとも、モダン楽器のオケにはまだまだモーツァルトの作品からこれだけの新鮮な演奏を引き出すことができるのだ、と主張するがごとくであった。カリニャーニは、特にこのモーツァルトで、全身を躍動させ、踊るように指揮をした。
 充実した、聴き応えのある演奏会であった。

2006・7・18(月)大野和士指揮東京都交響楽団

      サントリーホール  7時

 「都響スペシャル」で、ほぼ満席の盛況。大野の人気も本格的だが、庄司紗矢香が出ることも人気の一因だろう。
 彼女が弾いたショスタコーヴィチの「ヴァイオリン協奏曲第1番」は文字通り客席を沸かせた。

 しかし大野の指揮も、まさに世界に認められた存在にふさわしいもので、モーツァルトの交響曲「パリ」では、ピリオド楽器的響きのティンパニと金管と柔らかい響きの弦とが不思議な調和をなし、活気と弾力性のある音楽を創ったし、ストラヴィンスキーの「火の鳥」全曲では、叙情面に重点を置きつつバレエ音楽にふさわしい躍動感と色彩の変化を発揮させて見事な演奏を都響から引き出した。最強音が汚いのは都響の欠点だが、それを除けば今日は弦も美しく、管のソロもすべて勝れていた。

 都響がこれだけ沸騰したのは久しぶりだし、客席がこれほど熱狂したのも都響の演奏会としては珍しい方に属するだろう。それにしても大野和士はいい指揮者になった。ポスト小澤征爾の一番手たる存在であることは間違いない。

2006・7・15(土)大友直人指揮東京交響楽団

      東京芸術劇場  6時

 渡辺浦人の「野人」、ディロレンゾの新作「キメラ」(東響委嘱作品初演)、最後が「春の祭典」という、あたかも「野性の証明」のごときプログラム。

 「野人」は冒頭のフルート・ソロからして昔のレコードでの演奏よりも民謡調で面白い。「キメラ」はギリシャ神話に登場するライオン、山羊、蛇の合体した怪獣なる由で、センターシティ・ブラス・クインテットというアメリカの金管アンサンブルが闊達で明るい超技を披露した。
 「春の祭典」は、壮大な音を出したが、何か一本調子の演奏で、変化に乏しい。

2006・7・13(木)沼尻竜典指揮日本フィルハーモニー交響楽団

      サントリーホール  7時

 前半に「日本フィル・シリーズ」第40作として、野平一郎の「オーケストラのためのトリプティーク」が演奏された。これだけを聴いて帰る。早朝からスタジオ収録や打ち合わせに追われ、些か疲労。

2006・7・12(水)「東京の夏」ベッツィー・ジョラス

     津田ホール  7時

 フランスの現代女性作曲家ベッツィー・ジョラスの「ヴァントゥー山への登頂」日本初演。フランソワーズ・キュブレーのソプラノ、吉行和子のナレーション、結城千恵の人形操り、その他室内アンサンブルの演奏による。いい雰囲気だったが、時差ぼけの完全に治まらぬ身にとっては、どうも不向きだった。

2006・7・11(火)大野和士の「オペラ・レクチャーコンサート」

    神奈川県立音楽堂  7時

 ルフトハンザLH710便で成田着。いつものように「午後の2時間昼寝」により時差調整して元気を回復、大野和士の「オペラ・レクチャーコンサート」を聴きに出かける。

 このレクチャーは、これが最初ではないらしい。客席は85%かた埋まり、なまじのコンサートよりも余程評判がいいようだ。とにかく面白い。ピアノを弾きながらの解説はとてつもなくユーモアに富み、解りやすい。ビゼーの音楽を細かく分析しながら、ドラマの展開、登場人物の心理の変化、作曲者のアイディアの根源などについて触れていく。
 出演歌手は、菅有美子以外は音程が雑で落胆させられるが、大野の話の面白さで、時差ボケの眠気も感じさせぬ。

 ミカエラの「お母さんの歌」が「アルルの女」に、「セギディリア」が「パリの空の下」に、またその中の「危険な半音階」が「ジェームズ・ボンドの音楽」に酷似していることなどは大野の着眼点の良さだし、カルメンの誘惑「大尉でも中尉でもなく」での下降音の意味、「闘牛士の歌」における「カメラが闘牛場からパンして闘牛士へ」を思わせる転調と旋律の変化、「花の歌」におけるホセの単純さや「fleur」での不協和音から「香りは変わらなかった」で明るいハーモニーに戻るといった音楽の呼吸、夢見るホセとそれをよそに自由へ思いを馳せるカルメンとの音楽上の対比、成長して強くなったミカエラの心理を描く高揚する音楽、最後の対決で「まだ間に合う」と主張するホセの音楽の調性があの「花の歌」と相変わらず同じであることなど、━━教えられることが非常に多い。

2006・7・9(日)シュトゥットガルト日記(終)
モーツァルト:「コジ・ファン・トゥッテ」

   シュトゥットガルト州立劇場  7時

 クラウス・ツェーライン及びゴルドン・マケヒニー演出。この劇場にしてこんな演出もあるのかと驚くくらいストレートでシンプルな舞台で、読み替えなど全くない。ラストシーンでは和解が拒否され、男と女(3人ずつ)の完全な断層を示して結ぶのだが、このくらいはどうということはない。これが結構評判がいいというのが興味深い。お客連中は安心したのだろうか?

 フィオルディリージ役のカリーネ・ババジャニアンと、ドラベッラ役のマリー・ルノルマンは双子の姉妹かと見えるくらいによく体型が似ている。フローリアン・ベッシュ(グリエルモ)とブラゴイ・ナコスキ(フェランド)も手堅い。いずれもしっかりした歌いぶりで、昨年のコーミッシェ・オーパーとは雲泥の差だ。
 デスピーナのヘレーネ・シュナイダーマンは所謂スマートな体型ではないが、お茶目な表現力で大拍手を浴びた。ドン・アルフォンゾを歌ったカール・フリードリヒ・デュールという歌手は変な爺さんだが、声は恐ろしく大きい。

 指揮はロビン・ティチアーティという若手(23歳位だという)、カーテンコールでの仕草などえらく控えめだが、音楽はすこぶる元気がよくエネルギッシュだ。アーノンクールばりのピリオド楽器スタイルを採ろうとしているようで、ティンパニや金管をしばしば強奏させるが、全体の流れの中ではややアンバランスにも感じられる「部分強調型」で、とって付けたような感じがしないでもない。
 この曲のかけがえのない美点たる木菅の美しいハーモニーが、荒っぽいフォルティシモの中に埋没してしまうことも少なくなかったが、この元気の良さは、若い指揮者としては、なかなか好ましいものだと思う。

2006・7・9(日)シュトゥットガルト日記(3)
ツァグロゼク指揮シュトゥットガルト州立劇場管「グレの歌」

     リーダー・ハレ ベートーヴェンザール  午前11時

 一夜明けて、ツワモノどもが夢のあと。市内は嘘のように静けさを取り戻している。選手たちは9時頃バスで発った模様。
 日曜の朝、「グレの歌」の本番である。今日も席は1階9列目だったが、やや上手寄り。それでも「音」が良く解るようになったのは、こちらの耳が慣れたのか、演奏のせいか。

 本番の演奏は、流石に素晴らしい。ツァグロゼクは、「山鳩の歌」の最後のクライマックスで、身の毛もよだつような響きをオーケストラから引き出した。また第3部では、軍勢とワルデマールとの歌の間におけるチェロ他のロマンティックなワーグナーからのエコーに、見事な叙情美を作り出した。

 歌手陣の素晴らしさも特筆すべきであろう。ワルデマールを歌ったブルクハルト・フリッツは未だ若い人だそうだが力強い(あとで判ったが、彼は先年のベルリン州立劇場での「ボリス・ゴドゥノフ」で、あのディミートリーを歌っていた人だった)。
 トーヴェ役のエヴァ=マリア・ウェストブレーク(先年の「エレクトラ」でクリソテミスを歌っていた売り出し中のソプラノ。次シーズンからはフリーにとか)は豊麗な声と表現力だ。山鳩のクラウディア・マーンケは卓越したアルトである(フランクフルトへ移るという)。
 HKグルーバーの「語り手」は、昨日はやや大芝居に感じられたが、今日改めて聴いてみると全体の流れの中では全く違和感がないどころか、シェーンベルクがのちに多用するシュプレヒ・シュティンメ(シュプレヒ・ゲザング)の初期の試みを最大限に表情豊かに表現したものとして納得が行く「演奏」になっていた。

 オーケストラは正規楽員(所属は 120人)にユンゲ・ドイチュ・フィルを併せ 151人。合唱は 130人とのことだが、これは劇場所属のメンバー(75人基本)に、SWRヴォーカル・アンサンブル及び劇場の契約エキストラ男声が参加している。今回の演奏では、合唱の人数は絶対的に少なすぎると思われるが、このホールのコーラス席は、これでぎりぎり一杯なのである。
 終演後には、近くのイタリア・レストランでマエストロ・ツァグロゼクの主催による昼食会。

2006・7・8(土)シュトゥットガルト日記(2)
ツァグロゼク指揮シュトゥットガルト州立劇場管「グレの歌」GP

     リーダー・ハレ ベートーヴェンザール  午前11時

 午前11時より行なわれたゲネプロに、石津なをみさん(州立劇場所属のソロ歌手)の世話で潜り込む。

 シェーンベルクの「グレの歌」━━1967年に若杉弘指揮読売日響の演奏で聴いて以降、レヴァインとメットのオケの来日公演も含めて、それほど聴く機会もなかったこの大曲を、たったこの10ヵ月のうちに3度も聴けることになったとは不思議である。
 昨年9月のサイトウ・キネン・フェスティバルにおける小澤征爾指揮による演奏は、舞台化したために肝腎のオーケストラがピットから客席まではみ出し、音楽を犠牲にする結果を招き、作品の見通しを悪くさせてしまった。一方、去る6月に大友直人が東京響と京都市響の合同演奏を指揮した演奏では、オーケストラの分厚い音色により、この作品が後期ロマン派的作風の延長線上にあることを示し、古典の名作の一つとしての位置づけを打ち出していた。

 だがそれに対し、今日のローター・ツァグロゼクは、この曲を、まさに20世紀初頭の音楽史に、明確に位置づけた演奏を聴かせる。彼の現代作品に対するセンスの冴えは先刻お馴染みで、音は明晰、豊麗というよりむしろ鋭い。
 かくしてこの曲は、19世紀のドイツの後期ロマン派の流れを受け継ぎつつ、変貌して行く作曲家を自ら予言するシェーンベルク━━として描くのである。それは極めて正鵠を射た解釈だろう。ツァグロゼクの最も良い面が発揮されているように感じられる。

 オーケストラはよく鳴る。ソロもコーラスも、しばしば打ち消される。これはもう、シェーンベルク自身の責任としか言いようがないだろう。ただ、もう少し別の方法による演奏の可能性もないわけではないと思うが・・・・。最後のナレーターは、少し大芝居的表現ではなかろうか。以上は、ホールの2階で聴いた印象。コントラバス奏者や、女声合唱の1人が倒れたりして、通しのゲネプロは2回も中断した。

 12時半ゲネプロ終了。一度ホテルに戻ったが、市内は沸騰しており、ドイツ・チームが泊まるシュタインベルガー・ツェッペリン━━あいにく、私の泊まっているホテルの隣だった━━の前は通行も不可能とあって、地下道を大回りして辛うじてホテルに逃げ込んだ。車の警笛と群衆の蛮声で昼寝もままならず。

 夜は来住夫妻および石津なをみさんを招き、郊外の宮殿を利用した何とかいう高級レストランで私が主宰する食事会。600ユーロを支払う。サッカーの終了時刻を気にしつつ、11時頃に市内へ戻ったが、ドイツが勝ったため、駅周辺は狂乱状態。夜通し車のホーンで騒然、二重窓を閉めて暑いのを我慢しつつ寝る。明け方まで騒ぎが続く。

2006・7・7(金)シュトゥットガルト日記(1)
ロジャー・ノリントン指揮シュトゥットガルト放送響
マーラー:「交響曲第2番《復活》」

     リーダー・ハレ ベートーヴェンザール  8時

 前日夜シュトゥットガルトに入る。HOTEL RIEKERなる所へ投宿。折しも明日のサッカー3位決定戦にドイツが出るとあって、市内は早くも興奮の雑踏。

 演奏会は1階9列目という前方席なので、音のバランスや量感などがあまり判らず、むしろアンサンブルの乱れやアインザッツの大雑把さが耳について興を殺ぐ。音楽が乾いているために、そんなことばかり気になってしまうのだろう。全体に落ち着かない気分の中に曲は進む。聴く位置のせいだろうが、曲がマッスとして受け取れず、それぞれの楽器群が別々に咆哮しているような印象。

 しかし、それでも音楽は一定の流れと勢いを以て休むことなく推し進められていることは明らかに感じられる。第2楽章での弦のピチカートの箇所では、ノリントンは指揮を止め、腕組みをしたままオーケストラをアイ・コンタクトで眺め回す。ハープが入る際には目を大きく見開いて微笑を浮かべるという余裕だ。シュトゥットガルト放送響を把握する彼の自信が見て取れる。
 バンダは会場内各所に分散されるが、これはすこぶる効果的だ。クライマックスで大太鼓奏者が大きく口を開けて歌うような顔をしつつスティックを叩きつける様子には驚いた。

 来住夫妻が例により楽屋を訪問するので仕方なくついて行ったが、紹介されたサー・ロジャーは、おそろしく気さくな、賑やかな人だ。

2006・7・1(土) ゲルト・アルブレヒト指揮読売日本交響楽団

     サントリーホール  6時

 ゲルト・アルブレヒト指揮の6月定期で、現代音楽プロ。
 平野公崇(サックス)藤本隆文(ドラムス)が協演しての猛烈に激しいハリソン・バートウィッスルの「パニック」の他、読響委嘱による原田敬子の多彩で精密な「アザー・サイドⅡ」、起伏が大きく変化に富んだ管弦楽の音色が面白いニコラウス・A・フーバーの「アン・ファス・ダン・ファス」、陰影の濃いグバイドゥーリナの「シュトゥフェン」(最後に3つほどのチャンネルに分割されたスピーカーを通じてのカノン風の詩の朗読あり)というプログラムで、いずれも日本初演であった。

 原田の新作ではいつものように作曲者をゲストに迎え、アルブレヒトが作品を試奏してみせながら解説を加えた。これは例年のごとく面白い。プログラミングも含め、こんな芸当ができるのはアルブレヒトしかいないだろう。彼の読響での功績は、測り知れないほど大きいものがある。

2006・7・1(土)ゾルタン・コチシュ指揮ハンガリー国立フィル

     横浜みなとみらいホール  2時

 ハンガリー国立フィルハーモニー交響楽団(旧ハンガリー国立交響楽団)を、音楽総監督ゾルタン・コチシュが指揮した。
 マジャール風というのか、ジプシー風というのか、とにかく無造作で激しい演奏だ。しかしそれは、いい加減な演奏というのとは違う。細部もちゃんと仕上げたその上で、無造作な演奏のように聴かせる。これは、一種の名人の芸風かもしれない。

 プログラムは、チャイコフスキーの「スラヴ行進曲」と「悲愴交響曲」、アンコ-ルのブラームスの「ハンガリ-舞曲第1番」とベルリオーズの「ラコッツィ行進曲」。こういう曲を、あまりに一気呵成に、荒っぽく演奏されては、些か閉口する。コチシュが弾き振りしたベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第4番」だけは、作品の性格上、落ち着いた演奏になっていた。

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