2017-02

12・26(水)N響の「第9」

  NHKホール

 「暮の第9」というのは、最近は滅多に聴かない。商売柄、「第9で年越し」という習慣もないし、あまり聴きすぎて感覚が鈍るのを恐れるという気持もあるからだ。だが今回のN響の「第9」には、メゾ・ソプラノのソリストとして、シュトゥットガルト州立劇場の石津なをみさんが出ているので聴きに行った。
 
 石津さんは合唱団のメンバーだが、ソリストとしても活動しており、「モーゼとアロン」の「4人の裸の少女」の一人として歌っていたのを私も2003年7月に同劇場で観たことがある。もっともその時の演出はヨッシ・ヴィーラー&セルジョ・モラビトで、問題の第2幕ではアロンが一同に映画を見せ、その映画に人々が興奮し錯乱していくという設定だったので、彼女を含め、特に脱ぐ女性がいたわけではない。最近ではニュープロダクションの「トロイ人」でもソロの役を受け持ったとのこと。

 今回の「第9」のソリストは、他にソプラノが角田裕子、テノールがカン・ヨゼプ、バリトンがキム・テヒョンという、シュトゥットガルトあるいはベルリンで活動する日本人と韓国人で構成されていたのが面白い。
 ただこの曲では、バリトンとテノールには聴かせどころの長いソロがあり、ソプラノにも結構派手なパートが与えられているにもかかわらず、メゾ・ソプラノのパートだけは全く目立たないように書かれていることは周知のとおり。ベートーヴェンも随分不公平なことをしたものである。とはいえその他のパートのソリストたちは、少々張り切りすぎ、叫びすぎの感があったようだ。特にバリトンは、最初の「おお友よ」からびっくりするほど勢い込んでいて、ピッチも少し高かったように聞こえた。

 このレチタティーヴォに関しては、朝比奈さんが「どんなバリトンでもここは必死になる」と語っていたのを思い出す。
 彼はこう指摘していた。「しかし、ここにはフォルティシモとは書いてないんです。バリトンがリーダーとしてみんなに『もっといい調べを歌おうではないか』と呼びかけているわけですから、決して怒鳴る必要はない。あんまり怒鳴ると、下手な代議士みたいになりますからな」。
 ついでに思い出したのは、以前(2005年12月)に札響の「第9」で聴いたロバート・ハニーサッカーのこと。彼はこの部分でのみ、あたかもオペラの演技のように両手を拡げ、聴衆や、背後の合唱団に向かって呼びかけるような身振りをしていた。「第9」の演奏でそんな「演技」を見たことがなかっただけに、もしかして彼はこのあとすべてをそんな調子でやるのかしらとギョッとしたが、その演技を行なったのはベートーヴェンの作詞個所のみで、シラーの詩の部分では普通の演奏会どおりにしていた。それにしても、面白い解釈だと思う。
 ともあれ朝比奈さんも指摘していたように、歌手にとっては、このソロに入る直前の緊張感たるや大変なものだという。亡くなった名バリトンの大橋国一さんは、あれだけ場数を踏んでいたにもかかわらず、この個所が近づいてくると、「ああ、何か地震でも起こって、この第9はここで中止になってくれないだろうか」といつも思ったそうである。

 話をこの日の「第9」に戻すと、叫びすぎの印象は、国立音大の合唱団も同様だ。その大音声は、しばしばオーケストラを打ち消した。もっともこれは、こちらが1階席真ん中あたりで聴いていたせいかもしれない。1階では、高い山台の上から歌い下ろす合唱の音量はとかく大きく聞こえるものである(以前サントリーホールの1階席でマーラーの「千人の交響曲」を聴いた時には、危うく難聴になりかけた記憶がある)。

 いずれにせよそれらは、理由は定かでないが、指揮のアンドリュー・リットンの指示に基づくものだったのであろう。しかしこの人は、オーケストラに関しては正確で、折り目正しい音楽の持主で、実に明晰な音色をつくる。スコアの細部まで聞き取らせることのできる指揮者だ。こういうスタイルだと、N響の上手さがいい面で存分に発揮されるし、NHKホールのドライなアコースティックをもうまく味方にできるだろう。それでいながら、決して冷たくつまらない演奏でなく、盛り上がりもなかなか見事だった。やはり「第9」は、スリリングな作品である。

12・25(火)METライブビューイング

  品川プリンスシネマ

 先シーズンから開始されたこのシリーズ、メトロポリタン・オペラが上演を定期的に映像生中継しマディソン・スクェア・ガーデン他で上映、併せて映像を各国に送って映画館その他で上映するというプロジェクトが、今年も始まった。
 その第1弾がグノーの「ロメオとジュリエット」で、指揮がプラシド・ドミンゴ、主演がロベルト・アラーニャとアンナ・ネトレプコ。大晦日に歌舞伎座で上映され、1月以降は札幌、埼玉、千葉、横浜、名古屋、京都、大阪、神戸、福岡でも上映される予定とか。今夜はその試写会。

 たかがビデオ上映、などとバカにしたものではない。私も前シーズンのプロダクションをすべて観たが、大画面ということもあって、すばらしい迫力だ。単に舞台の光景をそのまま映すのではなく、歌手や道具のアップも折り込む映像演出も為されており、しかもこれがきわめて精妙で、巧みなのである。休憩時間に折り込まれたインタビューなど特別企画も傑作で、場合によってはこちらの方が本編より面白いこともある。私もMETにはしばしば行ったが、それでもこの映像を見ると、また行きたくなるような気持になってしまうほどだ。

 オペラの舞台を一般に開放する、というこの「METライブビューイング」のコンセプトは、実に当を得ているだろう。オペラハウスになど行ったことのない、また行くきっかけもない人々に、オペラへの興味を持ってもらえるのはすばらしいことだ。たとえこれを観たからすぐオペラに行くということにはならない人にも、オペラは面白いのだという気持を持ってもらえれば、いつかはそれが歌劇場の観客層拡大に結びつくことになるだろう。

 ただ、今回の「ロメオ」は、いささか歌手のアップが多く、映像としては少々めまぐるしく、疲れるところがないでもない。ネトレプコの「オペラ女優」にふさわしい細緻な演技を愉しむという利点はあるけれど。
 それに、この会場の問題だけならいいが、音質もさほどよろしくない。これは、再生の音量が、クラシックの聴き手にとってはあまりに大きすぎたせいもある。

12・19(水)インバル指揮東京都交響楽団 マーラー「6番」

 サントリーホール

 ホールは楽器の一つであるという言葉のとおり、こちらのホールでは、音の質感や音色の多彩さがはっきりと浮かび上がってくる。そうした中で聴くエリアフ・インバルと東京都響のマーラーは、やはり独自の境地を示す優れた水準の演奏であった。

 2階正面で聴いた印象から言えば、都響の弦はもう少し鳴ってもいいのではないかという気もしたが、しかしその不思議に陰影を偏重した、くぐもった柔らかい響きは、おそらく意図的に創られたものだろうと思う。それゆえ紗幕を通して光景を見るような、といっては誇張になるかもしれないけれども、オーケストラ全体の響きが柔らかい色彩に覆われていて、音楽は存分に激しく息づきながらも、決してヒステリックに絶叫するものになっていない。
 指揮者によってはこの曲でオーケストラをひたすら鳴らしまくり、いやが上にも凶暴な交響曲にしてしまう人がいて、そんな時はただもううるさくて辟易させられるばかりだが、インバルのような成熟した指揮者は、さすがにそのような愚をひけらかすことはないのである。

 もちろんこれは、インバルと都響の演奏が、マーラーの異様ともいえるほどの激情の爆発を和らげて、単に起伏の大きな構築にとどめてしまったという意味ではない。それどころか、特に第4楽章は今回最も優れた演奏だったと言っていいが、そこではマーラーの自己陶酔的な悲壮感と、威圧的な怒号と、それに作品として構築された美感とが、ぎりぎりの線上で調和を保っていた。それを創り出したのは、インバルの円熟と、特に今夜は驚異的に柔軟な演奏を聴かせた都響の真摯さであったろう。
 このシリーズも、今後がいよいよ期待できる。次は4月の「千人の交響曲」だ。

12・14(金)インバル指揮東京都交響楽団 マーラー「7番」

  東京文化会館

 東京文化会館が超満員になると、かくもアコースティックがドライになり、音の量感が薄く遠いものになるということ。近年の日本にもたくさん作られた響きのいいホールに慣れてしまった耳には、それがいっそう痛切に感じられる。特に1階席ではそうだ。08年4月にシェフに就任するエリアフ・インバルとのお披露目公演ともいうべき都響のマーラーの交響曲第7番「夜の歌」は、大熱演ではあったものの、そのオーケストラの実在感がなかなか伝わってこない。

 客席が明る過ぎるのも、神経を演奏に集中しにくい原因だろう。外国では本番中も客席の照明を落さぬまま、というケースが多いことは事実だが、そもそも照明の質が違う。こんな強い白色系の明かりでないから、こんなには眩しくないのである。それとも、こちらが時差ボケで眼が疲れていたため眩しく思えたのか?
 19日にはサントリーホールで「6番」がある。それを聴いてみよう。
 

12・13(木)レニングラード国立歌劇場「イーゴリ公」

  東京文化会館

 午前中に帰国したものの、例の荷物の調査のための電話連絡に追われ、習慣にしている時差解消の午睡もろくろくできぬまま、夜のオペラに出かける。スケジュールの上では、まだ外国旅行が続いているような状態だ。

 このオペラ、今年夏から「ミハイロフスキー劇場」の名を復活し、「サンクトペテルブルク国立アカデミー・ムソルグスキー記念ミハイロフスキー・オペラ・バレエ劇場」という名称になったそうである。いずれにせよ長くて、日本ではとても使えない名称だ。長年このカンパニーを率いていた名匠ガウダシンスキーが勇退、今年夏からはエレーナ・オブラスツォワがオペラ部門芸術監督のポストに在る。

 それにしても、サンクトペテルブルクにある二つの名門歌劇場が、たった2ヶ月の間に東京で同じオペラ、それも日本では滅多に上演されないオペラを披露するというのは面白い現象だ。
 同じオペラが重なるといえば、この他にも、2007年春から2008年春までの間に日本では「タンホイザー」と「ばらの騎士」がそれぞれ4つのプロダクションで上演されるという状況が起こっている。つまり前者は東京のオペラの森(3月)、新国立劇場(10月)、ドレスデン・オペラ(11月)、ブルノ・オペラ(08年1月)であり、後者は新国立劇場(6月)、チューリヒ歌劇場(9月)、ドレスデン・オペラ(11月)、びわ湖オペラ(08年2月)というわけである。
 いずれもふだんほとんど上演されない作品なのに、重なる時には不思議に重なるもの。世の中には、時々こういうことが起こる。

 さてこの「イーゴリ公」だが、かなり以前からレパートリーとなっているプロダクションだから、いわゆるロシアの民族色のみで売るといった舞台である。舞台装置も素朴そのものだし、演技といってもほとんど無いに等しい。
 それでもウィーンの「ボリス」(12月10日の項)などと異なり、それだけでもサマになってしまうところが、「お国もの」の強みだ。音楽監督アンドレイ・アニハーノフが指揮する荒っぽいオーケストラが序曲を演奏し始め、それほど人数の多くない合唱団が凄まじい重量感のあるイーゴリ賛歌を歌い始めると、もうそれでロシアのオペラ独特の雰囲気が会場にあふれてしまうのだから、それ以上に何を望むことがあろう。

 上演ヴァージョンは慣用的なプロローグ付3幕版で、第2幕のクライマックスを構成する「ポロヴェッツ人の踊り」(だったん人という呼称は正確でない)も、演奏・舞踊ともに、結構な迫力があった。
 バス・バリトンの中では、アレクサンドル・ネナドフスキー(イーゴリ公)とアレクサンドル・マトヴェーエフ(ガリツキー公)がパワフルな歌唱を披露したが、カレン・アコポフ(コンチャーク汗)が少し細く、聞かせどころの最低音もやや弱い。
 その中で、汗の娘コンチャコーヴナを歌った若いナタリア・ヤルホワ(Ms)が伸びのある声と映える舞台姿で目立っていた。いずれ世界的な活躍をするようになるのではないだろうか。

旅行日記 最終日
12・11(火)バレンボイム/シェローの「トリスタン」

  ミラノ・スカラ座

 早朝5時に起き(二度とこんなスケジュールは御免だと言いながら、性懲りも無く繰り返している)ウィーン空港から7時半のオーストリア航空でミラノに向かうはずが、8時半まで待たされた挙句、欠航になり、10時発のアリタリア便に振り替えられる。
 それはいいのだが、ミラノのマルペンサ空港に着いてみたら、ウィーンで預けたスーツケースが出てこない。こういう時、単独旅行は不便なものである。長蛇の列を成すLOST AND FOUNDのカウンターに、要領よく立ち回って調べてもらったら、荷物はまだウィーン空港にあるとのこと。明日には日本に帰るから、もうこちらに転送せず成田に送ってくれと頼んでおき(それでも空港の女性係員は親切なものだった)、とりあえず市内のHOTEL DE VILLAに向かう。
 このホテルは、スカラ座へ歩いて数分の距離にあり、すこぶる便利だが、フロントのオヤジ2人はすこぶる愛想が悪い。
 この騒動で、昼寝もできぬ状態。それで6時半開演、深夜12時までの「トリスタンとイゾルデ」は辛い。何より困ったのは、洗面用具もネクタイも「ちゃんとした」服もなかったこと。

 そんな状況の中での「トリスタンとイゾルデ」だったが、これがまたなかなか素晴らしく、憂鬱な想いを吹き飛ばしてくれるものであった。これはスカラ座の今シーズンの話題の新制作で、7日にプレミエが行なわれたばかり。今夜は2回目の公演だが、事実上の「一般向き」プレミエに相当するのだそうだ。

 まずバレンボイムの指揮。10月の東京公演におけると同様に圧巻で、この作品で描かれている心理の精緻な陰影を余すところなく再現していた。数年前まではまだテンポやデュナミークの面にフルトヴェングラーの「トリスタン」の影が窺われたものだったが、今やそこからも解放され、彼独自の様式による「トリスタン」を確立しているように感じられる。それは10月の東京公演でもはっきりと聴き取れたものだったが、今夜の演奏でも同様だ。
 しかもスカラ座のオーケストラを、まるでベルリンのそれのように、地霊の叫びのごとく咆哮させ、うねりつつ進ませる手腕も凄まじい。ワーグナーの音楽にこれほどの官能的で豊潤な感性を再現できる指揮者は、今日彼を措いていないのではないかとさえ思える。
 網の目のように張りめぐらされた無数のライト・モティーフを、決してこれ見よがしにさせずに、その時々の必要性に応じて浮かび上がらせる術も見事と言うべきであろう。

 次に、パトリス・シェローの演出が持つ、名状しがたい緊迫感。このところまた彼は快調な進撃を続けているようだ。全篇にわたり灰色に満たされた舞台と、その中で展開する人物の動きとが、非常に重苦しい、出口の無い悲劇性を感じさせてやまない。
 この雰囲気は、今年5月にアン・デア・ウィーン劇場で観た彼の演出による「死の家から」と似ているなと思ってプログラムを見たら、舞台美術担当がそれと同じリカルド(リシャール)・ペドゥッツィだった。

 全幕に共通しているのは、舞台の背景いっぱいにそそり立つ、高さ20メートルほどにも及ぶ灰色の巨大な壁。その中央部分が時に船の艦橋になったり、繰り抜かれて扉になったりする。
 舞台には主役たちだけでなく、第1幕では水夫たち、第2幕ではマルケ王の廷臣と兵士たち、第3幕ではトリスタンの郎党たちといったように、かなり多数の人間が登場するのが特徴だ。しかも彼らが主人公たちに合わせて激怒、動揺、反発といった演技を実に細かくやるのだから、舞台の動きはきわめて律動的になる。
 第2幕では、クルヴェナルはすでに兵士たちに捕われ、引き立てられながら叫びつつ入って来る。第3幕では、郎党たちがマルケ王の軍勢と戦い、全員が打ち倒されるが、これはト書通りで、マルケ王の「だれもかれも死んで行く、みんな死んで行く」と嘆く言葉と完全に呼応しているだろう。

 第1幕では、水夫たちとイゾルデたちが同一平面上にいる。
 とりわけ息を呑まされたのは、クルヴェナルの楽観的な勧めに対し、イゾルデが突然彼の腕を掴んで「わたくしは上陸などいたしません、トリスタン殿にしかとお伝えなさい」と言い切るくだりだ。ここでは、野次馬気分で2人を取り巻いていた水夫たちの間にピリリとした緊張が走り、舞台全体が凍りついたような雰囲気に変わる。
 それ自体も見事なものだが、その一連の演技が音楽の移行と完璧に合致しているのが、圧倒的な迫力を生むのである。シェローは今やここまで音楽を深く読むようになったのか、と改めて感嘆せずにはいられなかった。本当にこれは、日本のファンにも観てもらいたい舞台である。
 ただ唯一、疑問なのは、第1幕の最後で、トリスタンとイゾルデが衆人環視の中で愛の行為に耽ることだろう。これでは、2人の不倫が、あっという間に噂となって広まってしまうに違いない。

 トリスタンはイアン・ストレイ、この日は第2幕途中から不調覆い難く、第3幕後半ではほとんど声が出ず(平土間2列目にいた私には、オーケストラの陰で彼がオクターヴ下げて歌うのすら聞こえたほどだ)。だがお詫びが入っていたせいもあって、ブーイングは一つも飛ばなかったようである。
 ブランゲーネのミシェル・デ・ヤング、クルヴェナルのゲルト・グロコウスキも以外に冴えず、マルケ王のマッティ・サルミネンが相変わらず底力のある声で重みをつけたが、やはり何より見事だったのは、イゾルデのワルトラウト・マイヤーだった。声のコントロールの巧妙さのゆえか、最後まで全くバランスを失わない歌唱だったのは絶賛に値する。本当にこの人は、「巧い」歌手である。
                           

旅行日記 第5日
12・10(月)「ボリス・ゴドゥノフ」

 ウィーン国立歌劇場

 今年5月の新制作上演に際し、山崎睦さんが「今シーズン最悪のプロダクション」とクソミソにけなしていたので、どれどれと思って再演を観に行ってみたのだが、なるほどこれじゃァ・・・・という感。
 ヤニス・コッコスの演出が何よりいけない。登場人物の演技が全く生き生きしていないし、群衆はまとまりなく右往左往するだけ。ロシアの民族衣装を着た舞台なら、一種の様式的な演出として名目も立ったかもしれないが、すべて現代的な服装とあっては、演劇的な要素の欠落が惨憺たる結果を生み出してしまう。群衆がひしめくプロローグの幕が開いた直後から、早くも退屈させられてしまった次第だ。

 ただ、ボリスを歌ったフェルッチョ・フルラネットに関してだけは、私は同情的だ。彼なりに一所懸命にやっていたように思える。いわゆる「ボリス・ゴドゥノフ」タイプとは全く異質なイメージの歌手だが、父親としての情感が強く、それゆえあまりに弱い性格のため破滅していく皇帝、という解釈も成り立たないこともないだろう。もっとも、対抗的存在としての群集があのようなお粗末さでは、それも生きてこないのだが。
 その他、歌手陣には、ロベルト・ホル(ピーメン)やハインツ・ツェドニク(聖愚者)も顔を見せていたけれど、その他の人たちは私にはなじみがない。みんなそれなりに手堅い歌いぶりではあったが・・・・。

 指揮は、春の上演を振ったダニエレ・ガッティではなく、セバスティアン・ヴァイグレが受け持っていた。これまた音楽的な魅力に欠け、つまらないこと夥しい。

 使用楽譜は、聴いた感じでは、1874年(1872年ともいう)版を基本として、初版(1869年版)を組み合わせ、そこから更にあっちこっち大幅なカットを施したものと見受けた。しかし特に理解しがたかったのは、最終場面で聖愚者と子供たちの一連のやり取りがない版が使われていたにもかかわらず、それを転収した版の聖ワシーリー寺院前の場面もすべて省かれていたことだ。どちらの版を上演してもいいが、あの愚者のシーンはこのオペラの中でも重要な意味を持つ個所だから、どちらかを生かすべきであったろう。

 なお舞台には、レーニンを思わせる「指導者」の後ろ向きの巨像が屹立、クロームイ近郊の森での暴動場面ではそれが引き倒されているが、群集が偽皇子ディミートリーの後について消えていく場面では、彼方に同じ巨像が復活して見える、という設定がなされていた。
 常に「強い指導者」を求める国(ロシアとは限らないだろう)を皮肉った描写で、この部分だけが唯一まともな演出であったといえようか。

旅行日記 第4日
12・9日(日)ウェルザー=メスト指揮「ワルキューレ」

 ウィーン国立歌劇場

 リヨン駅近くのホテルを早朝出て、シャルル・ド・ゴール空港からウィーンに向かう。正直言って、こういう「転戦型」スケジュールは大嫌いなのだが、短い滞在期間でなるべくあれこれ観たいと思うと、こんなことになってしまう。本来、私のトシでやるべきことではない。着いたウィーンも、小雨混じりの底冷え天気。

 「ワルキューレ」は、フランツ・ウェルザー=メストの指揮と、スヴェン=エリック・ベヒトルフの演出による新制作。ウィーン国立歌劇場の新しい「指環」の第1作として話題を集めているプロダクションだ。去る2日にプレミエされ、今夜が第3回の上演。

 小澤征爾の後任として次期音楽監督への就任が決まっているウェルザー=メストは、さすがに大した人気だ。われわれ日本人には、少々複雑な思いだけれど。
 彼のワーグナーは予想通りに比較的あっさり味のもので、重厚さはないけれども叙情的な美しさと、オーケストラの明晰さで独特の個性を出す。
 とはいえこの日の第1幕での演奏は不思議に密度が薄くスカスカの音で、こちらの席が前方過ぎる(平土間5列目)からそう聞こえるのかと最初は訝った次第だが、第2幕からはオーケストラがまるで別の団体のように精妙な音を響かせるようになっていった。メンバーが入れ替わった時にはよくそういうことがある、とは事情通の方から教えられた話。
 ウェルザー=メストの指揮はそれほど遅いテンポではなく、しかも矯めがなくイン・テンポで進められることが多いので、全曲大詰めの個所ではユハ・ウーシタロ(ヴォータン)が「nie!」を倍以上の長さに伸ばして見得を切ることもできたほどだ。

 そのウーシタロだが、初日は声が出なくて気の毒な結果に終っていたそうである。第2回では歌わなかったとかで、ということは今日が彼にとっての事実上の初日になるか。しかし今日は、そんな話がウソに思えるくらいの出来で、これで文句をつける人がいたら贅沢というものであろう。歌唱と演技の上でも、父としての感情が神としてのそれに克つといった性格描写を巧みに打ち出していた(もっとも、ワーグナーの音楽自体がすでに実に巧妙にそのあたりを描き出しているのだけれども)。
 とにかくウーシタロは、自らの快調に気を良くしたか、第2幕大詰では頭上で槍をブンブン振り回して見せ、「槍の牛太郎、大見得を切る」といった趣きで場面を閉じた。回す手つきもホホウと思わせるほど鮮やかだったが、同時に冷や冷やさせられもした。あれが万に一つも手元が狂い、槍がすっぽ抜けて客席にでも飛んで行ったら、ただでは済むまい。

 ブリュンヒルデはエヴァ・ヨハンソン。今年はドレスデンでのマリア(平和の日)とサロメ、エクサン・プロヴァンスでのブリュンヒルデなど、続けて彼女を聴く機会があったが、いつもながら馬力のある声で、安心して聴ける。しかもこの人、舞台での表情が実に可愛らしいので、まさに「ヴォータンが愛してやまない」娘としての性格を描き出して余す所ないだろう。

 ジークリンデのニーナ・ステンメは、観るたびに成長を重ねている。本当にいい歌手になった。1994年のバイロイト・デビューでフライアを歌った時にはほとんど印象に残らなかったソプラノが、近年はイゾルデや元帥夫人などで見事な歌唱と演技を示すようになってきたのだ。今回も第3幕で母としての喜びに目覚める瞬間など、数年前にベルリンで聴いたワルトラウト・マイヤーの陶酔的な表現にはまだ及ばないまでも、どこか苛立たしい不安を秘めたような感情表現の巧みさで、それに伍するほどの出来だったと思う。
 ジークムントのヨハン・ボータは予想外(?)の重厚な性格表現。アイン・アンガーのフンディングは結構不気味で渋い役柄表現で、もう少し拍手を得てもよかったのではないか。どうもこの役、損な役回りのようだ。ミヒャエラ・シュスターのフリッカは少々蓮っ葉な、一風変わった役柄表現だった。なお、8人のワルキューレたちは、揃って弱い。

 ベヒトルフの演出は、期待したほどではなかったというのが正直なところだ。9月に日本でも上演されたチューリヒ歌劇場の「ばらの騎士」に比較しても、些か単調な舞台という印象である。さほど演技的に細かくないのは彼のいつものスタイルだが、何か一つ緊迫感といったものに欠けるのが問題だろう。
 ロルフ・グリッテンベルクの美術と併せての舞台のつくりは、第1幕では巨大なトネリコの幹を簡素な机が囲み、狼(つまりヴォータン)が映像でしばしば舞台を横切るという仕組み。第2幕では、その狼の死体をフリッカがヴォータン自身に突きつける。
 また第3幕では背景に馬が数頭、最後まで置かれ、魔の炎はそれらと壁面とに映像で映し出されるアイディア。この炎は絵柄が汚いのに加え、上方からも燃え下がり(?)、壁面を左右に燃え流れ(?)、しかも律儀にスペースを埋めつつ映写されて行くので、少々白ける。まあ、バイロイトでのロザリエの時のように、道路工事のランプみたいなのがカタカタ回りつつ出てくるのよりは、なんぼ好いかわからないけれど。

 深夜のウィーンは、強い雨。傘を広げて、近くのホテル・オイローパに帰る。

旅行日記 第3日
12・8(土)サイモン・ラトル指揮 「楽園とペリ」

 シャンゼリゼ劇場大ホール

 ユーロスターでロンドンへ取材に行く大橋さんと別れ、こちらは午前中のタリスに乗ってパリへ引き返す。この数日間は天気に恵まれない。今日もパリはついに強い雨になってしまった。ただでさえ時差に弱い私には、暗鬱な空は気分的によろしくない。

 それでもとにかくシャンゼリゼ劇場に向かい、夜8時からのラトル指揮エイジ・オブ・エンライトゥンメントの演奏会を聴く。プログラムはシューマンの「楽園とペリ」。ナマで聴く機会など滅多にない大曲だ。前後にねちっこいオペラばかり並んでいる今回のスケジュールの中では、清涼剤のような存在というべき演奏会・・・・のはずだったが、実際に聴いてみれば、ラトルの指揮は切り込むように鋭角的だし、ピリオド楽器で響くシューマンの音楽も、ロマン的な安息とか憧憬といったものを振り落とし、息詰まるような緊張をはらんで立ち現われてくる。

 ペリを歌ったのは、ソプラノのサリー・マシューズ。こんなに癖のあるヴィブラートを付ける人だったかと、少々辟易した。その他にケート・ロイヤル、ベルナルダ・フィンク、マーク・パドモア、アンドルー・ステイプルズ、デイヴィッド・ウィルソン=ジョンソン。それにオーケストラと同名の合唱団。

 バルコン席で、小澤さんのプロジェクトの若い女性スタッフ、杉山さんと同席になった。パリに慣れない私を地下鉄のフランクラン・ルーズヴェルト駅まで案内し、ついでに地下鉄の切符を買うのまで手伝って下さる。クリスマスの装飾に彩られた雨上がりのシャンゼリゼ大通りの、何と美しく、華やかなこと! 
 「エッフェル塔を見てごらんなさい」と彼女が言う。もう少し早い時刻までは、さらに華やかな色彩のライトアップがされていたそうだ。通りの彼方には、これもライトアップされた凱旋門が、ツリーの飾りを通して微かに見えている。ため息の出るような美しさだ。今回のような滅茶苦茶なスケジュールでさえなければ、もっとパリの夜を満喫できたであろうものを。

旅行日記 第2日
12・7(金)大野和士指揮「ウェルテル」

  王立モネ劇場

 大橋マリさんに案内していただき、この日だけブリュッセルに向かうことにした。パリ北駅から高速列車THALYSで約1時間20分。「コム・シェ・ソワ」という、あのイザイゆかりの伝統あるレストランで昼食を共にし(なるほど美味しい!)、私の方はあのトスカニーニも滞在したというメトロポール・ホテルに宿泊するが、いずれも現地に詳しい彼女にアレンジしてもらったので、予想外に安い仕切り値(?)で解決したのが有難い。今回はパリでもブリュッセルでも、大橋さんには大変な世話になった。

 「ウェルテル」は、8時開演。
 大野和士さんの指揮は、この作品のイメージを一変させてくれるような、すこぶる興味深いものであった。端的に言えば、これほどオーケストラが登場人物の感情の変化や、人間模様の状況の変化などをリアルに描いた「ウェルテル」の演奏には、これまで出会ったことがないほどだ。それゆえ、マスネの音楽の甘美な印象は払拭され、壮絶な悲劇性がオペラ全体を覆う。

 前奏曲からして不安な感情をかき立てる劇的な演奏であり、第4幕への間奏曲にいたっては、ウェルテルの破滅を先取りして描くように激しい。その赴くところ、オーケストラの音色は荒々しくなり、ケバ立ってギザギザした表情になる。マスネの音楽にありきたりの甘さを求めるオペラ・ファンには我慢できないスタイルかもしれないが、「レジー・テアター系演出」ならぬ「レジー・テアター系指揮」ともいうべきこの解釈は、私には最高に面白いものだった。
 言ってみればこれは、既存の作品についた手垢を洗い落とし、新鮮な意味を見出そうとするアーノンクールや、ノリントンや、ハーディングらと軌を一にするスタイルと称してもあながち見当はずれではないだろう。

 演出のガイ・ヨーステンが、これまた非常に動きの激しい、リアルな人間の葛藤を描いて、スリリングな舞台を創っている。シャルロットと、彼女の夫アルベールとの確執が普通の演出以上に強調されるために、ウェルテルとの三角関係がより明確に浮かび上がる。
 第3幕の大詰めなど、夫妻がもみ合った結果、混乱したシャルロットが夫にピストルを突きつけて脅し、隙を狙ってピストルを奪い取ったアルベールが妻を突き倒し家を飛び出して行き、それを彼女が必死に追う・・・・といったように、ト書きにはない緊迫した演出が取り入れられているのが面白い。
 ウェルテルを歌ったアンドルー・リチャーズというテノール(私は初めて聴いた)もドン・ホセみたいに激しい感情を迸らせる演技をする人なので、この舞台は終始緊迫した雰囲気を持つ結果となっていた。これらも、ありきたりの「ウェルテル」演出とはかなり違う性格のものだろう。
 そしてこれがまた、大野和士の創る音楽と実に見事に合致した舞台となっているのである。
 
 大野和士の活躍は、このところいよいよ盛んである。日本のファンは、小澤征爾だけでなく、大野の活動にももっと目を向けるべきであろう。

旅行日記 第1日
12・6(木)小澤征爾指揮 「タンホイザー」パリ・プレミエ

 パリ国立歌劇場 オペラ・バスティーユ

 オザワが登場するたびに、客席が厚い音の拍手とブラヴォーで沸き返る。そればかりではない。各幕の初めに彼がオーケストラ・ピットに入って来ると、パリ・オペラ座管弦楽団の楽員たちが一斉に床を踏み鳴らして歓迎する。全曲が終ったあとのカーテンコールでは、オザワがオーケストラのメンバーを立たせて答礼させようとしたが、だれも応じずに笑顔でいつまでも拍手を続け、彼を讃えていた。合唱団さえ、一斉にオザワに拍手を贈るという賑やかさだ。愛するオザワがよく帰って来てくれた、というパリの雰囲気が如実に感じられ、こちらも嬉しくて胸が熱くなる。
 この温かい雰囲気は、ウィーンと比べて、何と大きな違いであろう。小澤さんがもしウィーンでなく、パリを活動の本拠にしていたら、その世界的名声はどれほど高まっただろうか、と改めて感じないではいられない。今からでも遅くはない、彼の本来の良さを全く発揮できない環境にあるウィーンなどとは早く訣別して、自らの個性に合った天地を求めてほしいものだ。これは、私の持論なのだが。

 パリと小澤さんの相性の良さは、昔からだ。1974年10月に彼が新日本フィルを率いてシャンゼリゼ劇場で演奏会を行なった時、天井桟敷に陣取った若者たちがそれこそ熱狂的な歓声を彼に送り続けていたのを、私は現場で目にしたことがある。彼がパリ・オペラ座にデビューしたのはそれから5年後のことだが、以来コンサートと併せて、幾多の成功を収めてきたのは周知の事実。レコードでも、パリ管弦楽団とのチャイコフスキーなどを聴くと、ドイツのオーケストラとの演奏に比べて彼の瑞々しい表情がはるかに見事に発揮されていたし、彼の丁寧な音楽づくりが最良の方向に生かされていたことが感じられるだろう。

 ところでこの日は、3月の「東京のオペラの森」との共同制作によるプロダクションのプレミエとなるはずだったのだが、劇場の舞台関係スタッフのストのためにオペラとしての上演は不可能となり、セミ・ステージ形式での演奏という事態になってしまっていた。
 それでも客席がほぼ満員状態だったのは、まず音楽だけでも聴こう、という人々が如何に多かったかを示すものだろう。つまり、オザワの指揮を聴こう、ということを意味していたのではなかろうか。
 負け惜しみではないけれど、私自身も、今回の目的は、われらの小澤さんがパリでどのような反応を得ているかを実地に知ることにあったし、それにあのロバート・カーセンの「画家タンホイザー」の、非常に巧いが非常にくどい演出をあまり好きではないので、存分に音楽そのものに没頭することができたのは、むしろよかったと思えたほどであった。

 オーケストラは前述のようにピットに入り、舞台の上にはたった一つ、ハープが1台置かれている(つまり、画家タンホイザーではなく、オリジナルのように「吟遊詩人タンホイザー」のイメージなのである)。
 歌手たちはごく普通の服装で(もちろんヌードモデルなどは出てこない)適当に演技をつけながら歌う。第2幕など、「大行進曲」と共に登場した合唱団員は、最初は何をやっていいか判らないような様子で互いに顔を窺いながら動いている雰囲気だったが、歌合戦の場でシュテファン・グールド(タンホイザー)がマティアス・ゲルネ(ヴォルフラム)を相手に真剣な荒々しい演技を始めると、全員が俄然熱の入った芝居を見せ始め、セミ・ステージといいながらもすこぶる迫力のある舞台を創り上げていった。
 第3幕のラストシーンで、合唱団員が一斉に舞台奥を振り向いたのは、タンホイザーの絵を全員が鑑賞して絶賛するというこのカーセンの演出が入っていた証拠だろう。その他の主な配役は、領主へルマンをフランツ=ヨーゼフ・ゼーリヒ、エリーザベトをエファ=マリア・ウェストブレーク、ヴェヌスをベアトリス・ウリア=モンゾン。みんな、なかなかすばらしい。音楽的に非常に水準の高い上演であったことは疑いない。

 小澤征爾の指揮は、「バッカナール」の頂点で圧倒的な盛り上がりを聴かせたほか、特に各幕の最後では力に満ちた昂揚を創り出した。第3幕最後の部分は、東京公演でもそうだったが、このオペラの数多い演奏の中でも最も堅固な壮大さに包まれた瞬間だったと言っても誇張にはならないだろう。彼は昔カラヤンから「最後のクライマックスで全身をぶつけろ」と指導されたというが、それは小澤の音楽に常に生き続けているように思う。

 なお、日本では「ステファン」と表記されているグールド、もともと彼はアメリカ人なので、「スティーヴン」と呼ぶのが正しいだろうと思っているのだが、彼自身はパリで関係者に「シュテファン」とドイツ風に呼んで欲しい、と語った由。

12・1(土)井上道義指揮 ショスタコーヴィチ:交響曲第4番
12・1(土)アントン・レック指揮東京交響楽団

    日比谷公会堂 5時  サントリーホール 6時
 
 日比谷公会堂は、日比谷公園の一角にある。夕暮れの公園は、いま紅葉で美しい。都内の大ホールの中で、周囲の雰囲気の良さでは、やはりこの日比谷公会堂が一番だろう。もしここがすばらしい音響効果を備えていれば、おそらく都内最高の音楽会場になっているはずだ。建物の外観はそのままにして、音響と椅子の作りだけ変える、というわけには行かないものだろうか。ロビーの売店でクリームパンを売っているという風情は、いまどき得がたい良さを感じさせるが・・・・。

 井上道義が11月3日に開始した「ショスタコーヴィチ交響曲全曲演奏」も、回を重ねて今日が第6回。例のごとく「チケット1枚3千円だから、大変な赤字だよ」のプレトークに始まる。ゲストに内田裕也が来た。クロス・ジャンル的な話をもう少しすればいいのに、当たり障りのない話題ばかりで、結局単なる景気づけに現われたようなもの。

 今日演奏されたのは「第4番」。
 18型大編成の東京フィルが舞台を埋め尽くした。井上渾身の指揮は今日も物凄く、地獄に落ちろとばかり怒号するオーケストラも凄まじかったが、最も感銘を残したのはやはり全曲最後の長い弱音の神秘的な個所。遠い遠い何かを見つめ続けるようなこのエンディングには、いつも鳥肌の立つような思いにさせられる。長い全曲のすべては、この1個所に集約されていると言ってもいいだろう。30歳の若さでありながら、ショスタコーヴィチは本当に凄い曲を書いたものである。
 前回と同様、2階席後方に陣取って聴く。客の入りは必ずしもよくないが、しかし全員が恐るべき集中力をもって聞き入っていた。すばらしい聴衆だ。

 日比谷公会堂を飛び出し、タクシーに飛び乗って数分、赤坂のサントリーホールに着く。アントン・レック指揮東京交響楽団の定期が6時から始まっており、1曲目のハイドンの交響曲第104番「ロンドン」がちょうど終ったところだ。
 次は小菅優が弾くラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」で、どうせピアノを出してステージ配置換えを行なうのだから、たっぷり時間があるわけなのに、レセプショニストの女性がすぐにでも演奏が始まると言わんばかりの恐ろしい形相で急き立てる。それに釣られて、息を切らせつつ客席に駆け込んでしまう。
 常々ここのホールのレセプショニストは(人にもよるが)、1ベルが鳴ったばかりであっても、トイレにいる客に緊迫感あふれる声で急き立てて来るという癖がある。心臓に悪い。

 シュテファン・アントン・レックという人は、以前に新国立劇場で「ルル」と「マイスタージンガー」を聴き、なかなかに味のある指揮者だと思っていた。
 今日のプログラムの中では最も彼に向いているだろうと思われた「ロンドン」が聞けず、残念だったのだが、あとの2曲のロシア音楽が、これはまた思いがけず面白い。
 特に「春の祭典」は、量感たっぷり、低音域に重心のある底力満点の響きで、天地鳴動、家鳴震動のド迫力。しかし綿密な構築が採られており、ふだんはあまり聞こえないような裏のパートがぐいぐいと表面に浮かび上がってきたりして、すこぶる新鮮でワイルドな「春の祭典」となっていた。パウゼを長く採りすぎるのが気になるが、いい音楽をする指揮者だ。東京響も木管が少しワイルドだったが、実によく鳴っていた。

 8時15分頃終演。またタクシーに飛び乗って渋谷のNHKホールの楽屋口に向かう。6時から始まっていたアラン・ギルバート指揮のN響の演奏会はとうに終っているが、NHKーFMの生中継は9時まで放送が続いており、中継室では渡辺晃廣ディレクターと、おなじみ山田美也子さん、それに今回がN響生中継番組へのデビューだという音楽ジャーナリストの大橋マリさんが放送中。終了後に大橋さんと来週のパリやブリュッセルの取材について若干打ち合わせ。そのあとヤキトリを食べに行こうという段取りだったが、今朝接種したインフルエンザの予防注射の副作用について渡辺ディレクターから散々に脅かされたため、落ち込んで先に逃げ帰る。

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