2017-03

2016・8・28(日)セイジ・オザワ 松本フェスティバル(終)Gig

       キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館) 5時

 このフェスティバルにおける唯一の「クラシックとジャズ」の合体スタイルによる演奏会「Gig」。2013年に始められたものだが、昨年は行われなかったので、今回が第3回になる。
 常連のマーカス・ロバーツ・トリオと、小澤征爾および村上寿昭(指揮)、サイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)がステージに上るという豪華な顔ぶれだ。

 プログラムは、プロコフィエフの「ロメオとジュリエット」からの抜粋、フェスティバル委嘱作の世界初演になるロバーツの「Rhapsody in D」、イベールの「ディヴェルティスマン」、ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」の計4曲。
 演奏は、プロコフィエフとイベールを村上寿昭とSKO、委嘱新作をマーカス・ロバーツ・トリオと村上指揮SKO。最後のガーシュウィンで、小澤とSKOおよびマーカス・ロバーツ・トリオが勢ぞろいする、という具合である。

 トリオ(ピアノがマーカス・ロバーツ、ベースがロドニー・ジョーダン、ドラムスがジェイソン・マルサリス)の演奏が前評判を呼んでいたのはもちろんだが、人気の的はやはり最後のガーシュウィンだったであろう。一つは、元気を取り戻した小澤征爾の指揮であるということ、もう一つは、「ラプソディ・イン・ブルー」がマーカス・ロバーツ・トリオの参加によってどのような新しいスタイルで再現されるかということ━━。

 その「ラプソディ・イン・ブルー」は、3人のインプロヴィゼーションがもっと盛大に行われるのでは、と期待していたのだが、オーケストラのスコアがあるとそうも行かないのだろう、やや規模の大きいカデンツァという感じにとどまり、演奏時間も予想より短く、20分に達しない長さで終った。
 なにしろ小澤征爾が指揮台に上り、矢部達哉がコンサートマスターを務め、大編成で臨んだSKOのパワーも凄まじかったので、主導権はやはりオケが堅持したという印象である。ともあれ質感、量感ともにたっぷりの「ラプソディ・イン・ブルー」の演奏であったことは間違いない。

 満席の聴衆の熱狂のうちに3回ほど繰り返されたカーテンコールでも、総監督小澤は活気充分の様子で、ロバーツたちを含め、全員をリードしていた。彼が姿を現わし、指揮してくれれば、それだけでフェスティバルには明るい雰囲気が満ちあふれるのだから、その個性は実に偉大である。

 以前は、このフェスティバルでは、小澤征爾がオペラやコンサートでどのような音楽を聴かせるか、その内容がどんなものであるかが話題の焦点だったが、今では、指揮する曲が何であろうと、どんな演奏内容であろうと、とにかく彼がステージに姿を現わしてさえくれれば、それだけでわれわれは安心する、という状況になってしまっているのである。彼がこの数年、大病に苦しんでいたことを思えば、それは当然のことであろう。
 とはいえ、音楽祭の本質に立ち返って考えれば、それはやはり本来の姿とは違うものである、と言わねばならない。

 いずれにせよ、小澤総監督の体調が回復に向かっているのは嬉しいことだ。だが年齢を考えれば、もう無理は避けた方がいい。
 彼に今必要なのは、確実な協力者と、協力体制であろう。彼とともに音楽祭全体を取り仕切るべき強力なインテンダントの存在と、しっかりした事務局体制、確実な首席指揮者、フェスティバルの核を成すサイトウ・キネン・オーケストラの楽員の自覚━━。
 そして何より肝要なのは、このフェスティバルの確固とした「理念」であろう。
     別稿 モーストリー・クラシック11月号

2016・8・26(金)武満徹&タン・ドゥン

   サントリーホール  7時

 サントリーホール30周年を記念する、「国際作曲委嘱作品再演シリーズ」と銘打たれた演奏会。
 タン・ドゥンが東京フィルハーモニー交響楽団を指揮し、第1部では、今年が没後20年になる武満徹へのオマージュとして「ジェモ―」(同シリーズ第1回委嘱作品)を演奏、また第2部ではタン・ドゥン自身の「オーケストラル・シアターⅡ:Re」(同第17回委嘱作品)を演奏した。
 そして、それぞれ2人の指揮者を必要とするこの2曲では、三ツ橋敬子も参加して大活躍していた。

 編成が複雑なので、ステージ転換にも時間がかかるが、プログラムはこの2曲だけではない。そのあとには、武満徹の「ウォーター・ドリーミング」(1987)と、タン・ドゥンの「3つの音符の交響詩」(2010)も演奏されたのである。演奏終了は9時半になった。

 「ジェモ―(双子座)」は、初演の時に聴いた記憶があるが、それ以降、聴く機会が、あったか、なかったか? とにかくステージ上に2組のオーケストラを必要とするので、そうそう簡単にプログラムに乗せられる作品ではない。
 開始と同時に、あの独特の陶酔的な武満トーンがいっぱいに拡がりはじめる。ドビュッシーにそっくりなフレーズが突如飛び出して来るのに愕然とした記憶も、今日そこを聴いて思い出した。
 ただ、こんなに長い曲だったかな、という気もして━━初演の時にはたしか30分くらいだったという記憶もあるのだが、今回はそれよりさらに5~6分長かったのではないか? 素晴らしく魅力的な曲ではあるが、なぜか今日は、この長さを受け止めるのが難しかった。

 一方、タン・ドゥンの大作「オーケストラル・シアターⅡ:Re」は、聴衆に「ホン・ミ・ラ・ガ・イ・ゴ」と唱えさせるアレだということを、解説を読んだ時に思い出した。ただ、今日のようにバス(スティーヴン・ブライアント)の他、メインの指揮台で正確に振っていた三ツ橋敬子と、上手の指揮台で象徴的な身振りをしていたタン・ドゥンの2人ともに大声を出す作品だったということまでは覚えていなかったのだが・・・・。

 今日は、2階席に点在した管楽器奏者たちが響かせる特殊な音と、客席の聴衆(特に2階席後方の、気取らないタイプの人たち)がハミングで響かせる「レ」音、及び前出の呟きの声が、非常に美しい。それらが大音響のバンダでなく、静かな弱音であるがゆえになおさらである。これをRC席という「客観的な位置」から聴いていると、タン・ドゥンが試みた「空間的な響き」のアイディアは、たしかに効果的なものだった、と改めて認識させられる。

 最後の「3つの音符の交響詩」でも、大オーケストラを単に楽器集団である以上に人間の集団ととらえ、演奏させるだけでなくハミングさせ、歌わせ、叫ばせ、足踏みさせるという手法が採られる。曲自体が面白いかどうかは別だが、手法は注目されるだろう。
 しかし、オケの楽員さんたちも、歌ったり喚いたりと、大変だ━━東京フィルもよくやった。これは、あの「ウェストサイド・ストーリー」の「マンボ!!」どころではない。

 それにしても、武満徹とタン・ドゥン━━これほど感性の正反対な作品が、一つのステージで2曲ずつ交互に演奏されるという試みは、こういう機会でなければ起こりえないだろう。聴く方も疲れたが、実に興味深い演奏会である。
 だが、どちらが好きか、と問われれば、私はもう一も二もなく、武満に左袒する。

2016・8・24(水)山田和樹指揮日本フィル&尾上右近
歌舞伎×オーケストラ

     サントリーホール  午後1時

 山田和樹が日本フィルを指揮し、第1部ではレハールの「金と銀」、ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」および「ラ・ヴァルス」を、第2部でベルリオーズの「ローマの謝肉祭」、マスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲、レスピーギの「ローマの松」を演奏。コンサートマスターは千葉清加。

 「歌舞伎×オーケストラ」とはいっても、オケに合わせて舞台上で歌舞伎が上演されるわけではない。これは、「オーケストラの演奏」と「舞踊」の組み合わせである。前記のプログラムのうち、「ラ・ヴァルス」と「ローマの松」で、尾上右近の舞踊(尾上菊之丞振付)が協演する、という趣向だ。日本フィルとサントリーホールの共催による「とっておき アフタヌーン」なるシリーズの一環で、昨年の9月8日にも、同じ顔触れの協演で「春の祭典」が演奏されていた。

 舞踊の形は、原曲の内容を直接的に表わすものではなく、音楽の動きをただイメージ的に歌舞伎の舞踊に置き換えるものだが、今回は、音楽と、舞台上の舞踊の視覚的な効果とが比較的巧く合致していた。ゆえに、昨年のように演奏と舞踊とのギャップを感じさせずに済んだようである。
 移り変わる曲想は、照明の変化や、及び尾上右近のP席からステージ、あるいは平土間にまで立ち位置を変えながら舞踊を繰り広げる多彩な趣向に反映されていた。また、「ラ・ヴァルス」の終結部や「アッピア街道の松」のクライマックスでは、荒事も取り入れた舞踊で迫力が生み出され、音楽に相応しい効果が発揮されていた。

 今日のプログラムは、何か関連性がありそうで無さそうな、実際に聴いてみるとあまり釈然としないような選曲ではあったものの、とにかく山田和樹と日本フィルの演奏は、やはり「ラ・ヴァルス」と「ローマの松」が最も充実していたようである。
 とりわけ後者はすこぶる豊麗で幻想味に富み、「アッピア街道の松」では2階C席中央及びRC席及びLC席の階段のところに配置されたバンダがオケ本体と均衡を保ち、熱狂的な終結部を形づくった。
 足を豪快に踏み鳴らす尾上右近の舞踊もそれなりに迫力はあったが、このフィナーレではどうやら山田と日本フィルの豪壮華麗な演奏が歌舞伎の舞を圧倒してしまったような━━。

2016・8・22(月)セイジ・オザワ 松本フェスティバル(4)
小澤征爾&ファビオ・ルイージ指揮サイトウ・キネン・オーケストラ

      キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館) 7時

 前半にファビオ・ルイージがオネゲルの「交響曲第3番《典礼風》」を指揮。
 後半には、予定通り、小澤征爾がベートーヴェンの「交響曲第7番」を指揮した。
 コンサートマスターは、オネゲルが小森谷巧、ベートーヴェンが豊嶋泰嗣。

 いつものように、オケの楽員に交じってステージに登場した小澤さんは、客席から見たかぎりでは元気そう。指揮台に上る動作には些かも不自然さはないし、指揮する姿も、いつもの彼だ。
 指揮台にはもちろん椅子が置かれており、演奏が流れに乗っている時にはそれに腰を下ろして指揮するが、楽章の開始や、ここぞという個所では、さっと立ち上がってオーケストラを制御する。ただ、一つの楽章が終るたびに指揮台を降り、上手側ヴィオラの前に置かれた椅子に腰を下ろして何か飲料を摂るのが、わずか1~2分の休息とはいえ、少し痛々しい。

 しかし、暫時の休息後、指揮台に戻る時には、全身に「さあやろう」という勢いの雰囲気が甦る。「7番」第1楽章の長い提示部をリピートしはじめた時には、むしろ聴いているこちらの方が「何もそこまで・・・・」と、彼の体力の消耗を心配してしまったが、後半2楽章では反復個所なしで進められた。こちらが気をもんでも仕方がないことだが、とりあえずは安心した次第である。

 スケルツォ楽章はほぼ座ったままで指揮したが、しかしそのあとは休憩を取ることなく、すっくと立ち上がるや、全軍を率いて第4楽章に突入した。このあたりの気魄たるや、最近の彼の体調を知る者にとっては、何か凄まじいものを感じさせる。クライマックスのコーダでは、もはや腰を下ろすことなく、オーケストラを昂揚させて行く。そこでの身のこなし、指揮の姿などは、まさに以前の小澤征爾そのままだった。

 小澤とSKOは、この「7番」を、このフェスティバルの第2回━━1993年に演奏したことがある(9月4日)。徳永二男と加藤知子がトップに並んで弾き、工藤重典、ローター・コッホ、カール・ライスター、エヴァレット・ファースらが名を連ねていた当時のSKOとの「7番」は、まさに火のような勢いの、嵐のようなクレッシェンドの迫力を利かせた演奏だったことを記憶している。
 今夜の演奏を、それと比較するのは意味のないことだ。ただ、今夜のそれは、部分的には往年の演奏を彷彿とさせる個所もなくはないものの、やはり緊迫感や集中力、音楽の構築の緊密度などにおいて、かなり違った出来になっていたのは仕方のないことだろう。

 またSKOの方も、敬愛する小澤のもとでの入魂の大熱演だったことは確かだが、そのわりにフルート・ソロが粗っぽかったり、第2楽章最初のヴィオラとチェロによるリズム主題でのアンサンブルの音色が濁ったりと、名手ぞろいの集団にしては腑に落ちぬ個所も時に聞かれたのである。しかし第2楽章の中盤以降をはじめ、各所に温かくヒューマンな感性が聴かれたことは、現在の小澤征爾とSKOの変わらぬ絆をうかがわせるものとして、得難い至福のひと時と言えるものであった。

 客席総立ちの拍手と歓声の中、3回に及ぶオーケストラ全員を含めたカーテンコールでは、小澤さんもあの「休憩」などどこかへ吹き飛んだような雰囲気。Tシャツに着換えてしまっているルイージまでステージへ引っ張り出しての賑やかさだった(とはいえ、かなり疲れたのではないかという気もするのだが・・・・)。

 そのルイージが、前半で指揮したオネゲルの交響曲「典礼風」も、ややドライな音色と激しい力感に富んだシャープな演奏で、SKOのパワーを発揮させる快演だったことを忘れてはならない。

(付)午後には雲も拡がったものの、雨らしい雨は降らず。結局この3日間は台風とは全く無縁の松本だった。午前中はまた快晴だったので、松本美術館で今日から始まっている「グラミー賞特別展」を観に行く。これは2013年に小澤征爾指揮で上演されたラヴェルの「子どもと魔法」が、グラミー賞の「最優秀オペラ録音賞」を受賞したのを記念する展示である。レプリカは小型だが、ラッパ式蓄音機を模した黄金色に輝くたいへん美しいものだ。

 今年のOMFでは、もう一つ、「Gig」(28日)を聴きに行くことにしている。
      ⇒別稿 モーストリー・クラシック11月号

2016・8・21(日)セイジ・オザワ 松本フェスティバル(3)
ファビオ・ルイージ指揮サイトウ・キネン・オーケストラ「復活」

       キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)  4時

 「オーケストラコンサート Bプログラム」は、マーラーの「第2交響曲《復活》」。
 ファビオ・ルイージが、昨年のマーラーの「第5交響曲」に続き、今年も登場して指揮。合唱がOMF合唱団と東京オペラシンガーズ、声楽ソロは三宅理恵(ソプラノ)と藤村実穂子(アルト)。コンサートマスターは矢部達哉。

 席が1階前方右端という、「仕事」には全く適さぬ位置だったので、演奏全体の特徴を厳密かつ客観的に判断するには少し無理があるけれども、とりあえずこの位置で聴いた印象では、これは実に鮮烈な演奏であった。
 冒頭、弦のトレモロの中に低弦が割って入る瞬間からして、切り込むような鋭い力が炸裂する。全曲にわたり鋭角的なリズムを基盤にした、冷徹で明晰な音の構築が続く。
 ロマン的で忘我的な熱狂というタイプの演奏ではなく、どこかに醒めた理性を感じさせる演奏であり、そのへんが感動の度合いの分かれ目になるかもしれない。だが、みなぎる強靭な力感はただものではない。

 昨年の「5番」と同様、このサイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)を指揮する時のルイージは、ふだんとは全く違った峻烈な音楽の容貌(かたち)を見せる。
 彼は本来、そんなにデモーニッシュな演奏をつくる人ではない。例えばMETで「ジークフリート」を聴いた時など、そのレガートな音づくりには不満さえ感じたものだった。だがその彼が、このSKOを指揮すると、全く正反対の、熾烈で尖った音楽を聴かせるのである。こういうルイージは、私の経験の範囲では、SKOと組んだ演奏でしか聴けないように思う。

 一方SKOも━━この30年間私が聴き続けて来た経験では、このオケがこれほどエキサイティングな演奏で応える指揮者は、小澤征爾以外では、彼ルイージあるのみだ(強いて挙げれば、他にハーディングか)。
 つまり、指揮者とオーケストラの双方が、ふだんは出せないような力を出し切る。これは、まさに相性の良さ、と言えるのではないか。

 ともあれ、ルイージはこれで、3年連続の当フェスティバル出演となった。彼に対するオーケストラの反応、および客席のスタンディング・オヴェーションなど、どうやらすべてが上々のように見える。

 SKOの機能的な力量も、また並はずれたものだろう。ただ、以前とは違った状況も気にならないではない。前述のように、聴いた席が楽員の最前列しか見えない位置なので、カーテンコールの時に初めて、ルイージから次々と起立させられて讃えられる管楽器セクションの首席奏者たちが軒並み外国人勢であることを知った。まるでPMFオーケストラみたいだ、と驚いた次第だ。楽員も随分代替わりしたものだとは思うけれども、管に日本人首席奏者はいないのか、と心配にもなって来る。

 声楽陣では、だれよりも藤村実穂子が傑出していた。完璧なドイツ語の発音、揺るがぬ音程とリズム、厳しく求道的な「復活」への歌━━。アルトのパートが毅然として屹立するさまは、彼女ならではの凄さである。
 これに対しソプラノの三宅理恵は、藤村とは対照的に感情過多の歌唱という気もするが、惜しかったのは、ソプラノ合唱の中から柔らかく浮き上がるはずの最初の個所が少々不安定で、合唱とのハーモニーにほんの僅かだが乱れを感じさせたことだった。
 6時40分終演。
       ⇒別稿 モーストリー・クラシック 11月号

2016・8・21(日)セイジ・オザワ 松本フェスティバル(2)
吹奏楽パレード

 「サイトウ・キネン・フェスティバル」第1回以来の名物となっている、市内外のブラス・バンドを集めてのパレード。

 実は私は、このフェスティバルに25年間連続して通いながら、これを観るのは今回初めてなのである。たまたま泊まった場所が伊勢町交差点にあるリッチモンド・ホテルで、吹奏楽パレードはその伊勢町通りの「Mウィング」前からスタートするため、これ幸いと見物しに行った次第。

 快晴の中、午前9時30分に開始されたパレードには、市内や長野県近郊の小中学校のバンド部から、信州大学吹奏楽団、社会人バンドにいたる計53団体2700余名が参加。全部が通り抜けるには1時間10分かかる。

 各々の団体がそれぞれの曲を演奏しながらの行進だが、一番威勢が良かった松本市消防団ラッパ隊は別として、辰野中学校吹奏楽部や伊那市立東部中学校吹奏楽部のように活気のあるまとまった演奏を繰り広げつつ進んで行くのもあれば、演奏や行進の姿勢に何となく元気のない団体もある。そういうテンションの低い行進と演奏になる原因は、おしなべて選曲と編曲にあると思うのだが如何? これは先生の責任ではなかろうか。

 パレードは、伊勢町通りから本町通りと大名町通りを抜け、松本城公園に入る。
 ここで11時から、参加団体からの抜粋メンバー1600名の合同演奏となる段取りだ。お城の公園で演奏されたのは、「ラデツキー行進曲」と、県歌「信濃の国」。
 ━━その「県歌」は、「長野県人なら誰もが知っているこの曲。第1回の合同演奏から定番となっています・・・・ぜひ一緒に歌いましょう」と、チラシにある。第1連は「信濃の国は十州に 堺連ぬる国にして・・・・」と始まり、「海こそなけれ物さわに 万ず足らわぬ事ぞなき」と結ぶ。随分、難しい言葉を使うものである。
 猛暑で日差しも強烈なので、全部は聴かずに失礼した。

 パレードが去ったあとの街路で、1人の警官(!)に声をかけられた。
 以前は朝比奈隆のファンだったそうで、今でも東京までよく演奏会を聴きに来られるという、熱烈な音楽ファンの方である。「昔はオーケストラのメンバーもパレードに加わったものですが、今はそういう余裕もなくなったらしい・・・・あの頃は、お城での合同演奏で時々小澤さんも指揮してくれて。そうするとバンドの音が見事にガラッと変わってしまったものですよ」と、懐かしそうに話してくれた。
 諸行無常というほど大袈裟でもなかろうが、フェスティバルの雰囲気も、25年も経つと変貌して来る。残念だが、仕方のないことかもしれぬ。

 だが、パレードでは、各団体の各々間に、「SEIJI OZAWA MATSUMOTO FESTIVAL」のロゴの入ったフラッグを掲げた旗手たちがそれぞれ3~4人ずつ行進し、沿道に設置されたスピーカーから流れる紹介のアナウンスの中でもその名称が繰り返し出て来る。
 同じロゴのフラッグは、主要道路のすべての電柱にも、はためいている。
 沿道を埋め尽くした見物人の目と耳に入るのは、以前は「サイトウ・キネン」だったが、今では「セイジ・オザワ」の名だ。彼の名は今まで以上に松本の街に浸透することになるだろう。
       ⇒別稿 モーストリー・クラシック11月号

2016・8・20(土)セイジ・オザワ 松本フェスティバル(1)
ふれあいコンサート1

      ザ・ハーモニーホール(松本市音楽文化ホール) 4時

 朝の東京は土砂降りで閉口したが、幸いにこちら松本は薄晴。ホテルに荷物を置いてから、JR島内駅近くにあるザ・ハーモニーホールまで、傘も使わず無事に着けたのは有難い。
 緑の木立に囲まれ、いかにも高原の音楽会場という美しい風情を備えたこのホールは、私のお気に入りだ。座席数693、満席時の残響2秒とのことで、ここで聴く室内楽の響きは、まさに絶品である。

 今日は、ミケランジェロ弦楽四重奏団(ヴァイオリンがミハエラ・マルティンとダニエル・アウストリッヒ、ヴィオラが今井信子、チェロがフランス・ヘルメルソン)を中心にした室内楽コンサートだ。
 2曲目に彼らだけで演奏されたバルトークの「弦楽四重奏曲第3番」が流石に見事な均衡と凝縮力を発揮し、瑞々しい音を交錯させて、この日のプログラムのうちでも最高の演奏となっていた。

 これに対し1曲目の、ボッケリーニの「弦楽五重奏曲ハ長調G310」では、もう1本のチェロに趙静(チョウ・チン)が加わっての演奏となったが、彼女の日頃のヴィヴィッドで張りのある、瞬発力のあるソロは周知の通りで、あたかも物静かな家族の中へ元気で明るい若い女性客が割り込み、その闊達な語り口に、一家もにこやかに座談に興じる━━といった雰囲気の五重奏曲となった。
 ただそれだけに、厳密なアンサンブルという点では、少々難点があったことは否めないだろう。

 だが、第2部でのブラームスの「弦楽六重奏曲第1番」では、趙静も完全にミケランジェロ弦楽四重奏団の音色に溶け込み、もう1本のヴィオラとして参加した佐々木亮とともに、緻密なアンサンブルを構築して行った。

 この6人によるブラームスは、しっとりとした音色に富む美しいものだが、前半2楽章など、随分落ち着いたレガートな表情に聞こえて、意外な感に打たれる。よく響くホールの音響が生む距離感のせいでもないだろうと思う。
 こんなに穏健で安息感に浸ったブラームスもありなのかな、と、若干物足りなく感じたものの、後半2楽章では、その落ち着いた音なりに躍動的なエネルギー感も生まれて、室内楽演奏会特有の歓びを客席に与えてくれたのは確かであった。

 なかなか鳴りやまぬ拍手に応えて、ブラームスの第3楽章がもう一度演奏され、コンサートは6時5分頃に終った。
 休憩時間の頃には驟雨もあったようだが、終演時にはもう雨も上がって、しのぎやすい気候になっている。東京とは桁違いの空気である。
       ⇒別稿 モーストリー・クラシック11月号

2016・8・18(木)鼓童&下野竜也指揮新日本フィル

    サントリーホール  6時30分

 「太鼓芸能集団 鼓童」の、「創立35周年記念コンサート」と銘打たれた3回の演奏会の一つ。
 この日は、オーケストラの協演によるプログラムのみで構成されている。演奏されたのは、伊佐治直の「浮島神楽」(世界初演)、猿谷紀郎の「紺碧の彼方」(同)、石井真木の「モノプリズム」(1976年作品)、富田勲の「宇宙の歌」(1994年作品)の4曲だった。

 最も長大な「モノプリズム」を3曲目に置き、序破急とでもいうべき流れで音響的かつ重量感的な頂点を築いておいて、最後に寛いだ曲想の小品「宇宙の歌」を演奏して結ぶところ、なかなか巧い選曲である。
 猿谷紀郎の「紺碧の彼方」は管弦楽パートに極めて多様な色彩が聴かれ、石井真木の「モノプリズム」は前半に管弦楽の発言のみが続く━━という曲想ではあるものの、どの曲においても鼓童の「日本魂」が炸裂する、胸のすくような音の饗宴に彩られた作品であった。

 このような日本太鼓と洋楽器のオケが同一ステージで激突した場合、日本のホールではどうしても太鼓が音量の上で勝ってしまい、オケが霞みがちになるのは致し方ないだろう。
 ただこれが、欧米のホールで演奏した場合には、空気の違いというのか、洋楽器の響きがぐっと大きくなり、太鼓と対等に聞こえるという不思議なケースになるものである━━これは1974年秋に、小澤征爾と新日本フィルが甲州太鼓のチームと組んで欧米演奏旅行(国連デー参加を含む)した際に私が直接体験したことなのだが。

 それにしても、鼓童のメンバーの、鍛え抜かれた肉体から生まれるあの視覚的な美と、音楽的な力の美との調和は、形容しがたいほど素晴らしい。巧くは言えないが、これこそまさに日本の芸術の根源的な力の一つなのだろう。
 オーケストラとの協演は、鼓童の幅広い活動のほんの一部でしかないが、その分野でもこのような無限の可能性を感じさせる音楽を創れるということが、わくわくするような感動を私たちに与えてくれる。

 新日本フィルを制御した下野竜也の指揮も、すこぶる見事だったと思う。彼はプログラムに、鼓童との協演が決まった時には「僕もマラソンしなければならないのか?」と不安になった、というエッセイを載せているが、いかにも彼らしいユーモアである。

 ちょうど40年前に作曲された「モノプリズム」が、今でも生命を失っていないことを改めて認識できたのもうれしい。
 この曲には、私も特別な思い出がある。作品の世界初演は、小澤征爾がタングルウッド音楽祭で行なったが、日本初演はその1976年の12月、東京文化会館における新日本フィルの定期演奏会で、やはり小澤征爾が指揮して行なったのだった。その頃、FM東京では新日本フィルのライヴ番組をレギュラーで編成していたので、当然私たちもその演奏を録音したのだが━━。

 鼓童の前身「鬼太鼓座」の、その太鼓の大音響たるや、当時としては驚天動地の物凄いものに感じられたものだ。家鳴り震動、ホールの天井からゴミがバラバラと落ちて来るほどだから、マイクで太鼓とオーケストラのバランスを取るのは、当時のワンポイント録音システムでは至難の業。
 小澤さんが心配して「ほんとに凄い音がするんだよ、大丈夫?」と事前に私に声をかけてくれたが━━こういう時、いつも小澤さんはこまかく気を使ってくれた━━こちらも「ウーン、やるしかありません」と答えるしかなく、確かに実際の録音は、どう贔屓目に見ても、あまり芳しいものとは言えなかった。

 それでも、とにかく放送はした。困ったのはその直後、NHKが、「尾高賞の審査でみんなが聴きたいと言ってるんで、テープを貸してくれ」と頼んで来たことだった。
 その前年にFM東京が芸術祭大賞を獲った「カトレーン」(武満徹)の録音は自信満々だったから、喜んでNHKにも貸した(で、尾高賞を取った)が、この「モノプリズム」の録音は、大NHKに聴かせるには、少々心許ない。「録音バランスがいいとは言えないし、お聞かせするにはとても」と、一度は丁重に断ったのだが、是非にと言われ、仕方なく貸した。
 結局、「モノプリズム」は、めでたく尾高賞を受賞した。

2016・8・15(月)ザルツブルク音楽祭(終)
R・シュトラウス:「ダナエの愛」

     ザルツブルク祝祭大劇場  7時

 オペラのプログラムに載っている当該作品の上演史「CHRONIK」を見ていると、歴史の流れが感じられ、興味深い。
 この「ダナエの愛」については、1944年8月16日の総練習(戦況悪化のため本番上演は出来なかった)では、クレメンス・クラウス指揮、ルドルフ・ハルトマン演出に加え、ユピテルをハンス・ホッター、ダナエをヴィオリカ・ウルズレアクが歌っていたという記録が見える。そういう時代だったのか、と感慨が起こる。
 なお同祝祭での初演は1952年、同じ指揮者と演出家で行われていた。

 そして、私がこのザルツブルクで見た2002年の上演は、実にこの祝祭での50年ぶりのものだったことも分かる。
 あれはファビオ・ルイージの指揮、ギュンター・クレーマー演出で、たしか株の暴落と大恐慌を題材にした舞台だった記憶がある。ダナエ(デボラ・ヴォイトだった!)がラストシーンで大神ユピテルの誘惑を振り切り、貧しくとも愛のある生活を求めて、雨の中に傘を広げて去って行く光景が実に印象的だった(ただし共同制作のザクセン・ドレスデン州立歌劇場で観た時は、最後の場面は大きく変えられていたが)。

 さて、それに対して今回のアルヴィス・ヘルマニスの新演出は、まるでアラビアン・ナイトかなにかのような衣装による舞台の、一種のお伽話的なプロダクションになった。
 ミダス王の世界は、高価なペルシャ絨毯(?)をはじめ、舞台全体が煌めく黄金色に彩られる。そして彼が黄金を失って質素な生活に陥る世界は、一面の白色の世界(但し明るい)。ダナエがいずれを選ぶか迷う「黄金の豊かな世界」と「貧しいが愛のある世界」の対比がそれである。彼らの衣装もその対比の中に変化する。

 こうして、黄金を捨て、愛のみに生きる決意を固めたダナエは、ユピテルを見向きもせず、一心に絨毯を織る仕事に没頭し、ユピテルはそれを見て寂しく立ち去るという終結になるわけだ。
 いろいろな場面に登場する、黄金色あるいは白色の衣装をまとったダンサーたちの動きが美しい。またユピテルの最初の登場場面には大きな白い象のセットが現われたり、貧しくなったミダスの世界には本物のロバが出て来たり、といった余興も含まれる。

 かような、いわば「娯楽的な」要素を強めた演出は、おそらくR・シュトラウスのマニアたち━━ホフマンスタールやグレゴールのそれも含めて━━からは、甚だ顰蹙を買い、好まれざるものであるかもしれない。
 ただ、舞台はこのようにお伽話的で、コミカルな要素の強いものではあっても、ユピテルやミダス王の演技には一応それなりの心理表現が備わっていて、単なるアラビアン・ナイト的物語だけでは終らせないものがあったことは、見逃してはなるまい。

 主役歌手陣━━ダナエにクラッシミラ・ストヤノーヴァ、大神ユピテルにトマシュ・コニェチュニー、ミダス王にゲルハルト・ジーゲル、メルキュールにノルベルト・エルンスト、といった顔ぶれにも、見応え、聴き応えがあった。何といってもコニェチュニーの、コミカルな味と、やくざのボスのような凄味とを綯い交ぜにした存在感が映えていた。

 だが、これぞさすがと舌を巻かされたのは━━そして誰よりも拍手と歓声を熱烈に浴びたのは━━指揮のウェルザー=メストと、ウィーン・フィルである。
 ウェルザー=メストは、昨年の「フィデリオ」や「ばらの騎士」での指揮の見事さに続き、今年もこの祝祭で瑞々しい音楽を引き出してくれた。
 そしてウィーン・フィル━━何と言ったらいいか、R・シュトラウスの、特に中後期の作品を演奏する時に彼らが聴かせる独特の官能的な香りは、他のいかなるオケも及ばぬ境地のものである。この演奏を聴けただけでも、ザルツブルクまで来た価値があったと思えるほどだ。
 合唱はウィーン国立歌劇場の合唱団を中心とした編成で、今日は声量も凄まじく、アンサンブルも甚だ強力なものであった。

 今日は1階の最前列の席(1-20)。
 目の前のすぐ左手には、ウェルザー=メストが背中から上を見せて指揮している。彼は右手の指揮棒を時に後方にまで振り回すので、一度など指揮棒の先端が私の顔の前をかすめるといった具合で、迂闊にオケ・ピットを覗けるような状態ではない。
 私の席の左側には、オバチャンを含めた3~4人の日本人客が座っており、こんなレアなオペラなのに、プログラムも持たず、字幕も見ずに泰然としていたが━━第3幕が始まった時には、いつの間にかみんな消え失せていた。勿体ない話だ。私の後ろにいたロシア人客4人もいなくなり、私の周辺だけはどういうわけかガランとしてしまった。

 終演は10時20分。この3日間の滞在で同業者としては初めて出逢ったIさんと、シュテルンブロイでソーセージやウィーナー・シュニッツェルを食べながら深夜まで雑談。イケメン嗜好の彼女の見立てでは、今日のミダス王は、ダナエが一目惚れするにふさわしい相手ではない、とのことであった。

(付)翌日のザルツブルク発ルフトハンザLH1595/OS0265、およびフランクフルト発羽田行LH716で帰国したが、折しも東日本は台風が通過中のはず。どのように避けるのかと思っていたら━━普通ならシベリア上空を一路東進、ウラジオストクあたりを通って新潟の方へ南下するルートを採るものだが、今回はモンゴル上空から中国へ、北京、天津、渤海、黄海、ソウル南方を飛んで朝鮮半島を横切り、金沢上空から日本に入るという、意外なルートが選ばれていた。ルフトハンザでもこんなルートを通ることがあるのかと驚いたり、感心したり。
 しかしそのルートの所為でもあるまいが、とにかくのべつ猛烈に揺れること、揺れること。お茶も味噌汁もジャブジャブ躍って、お椀から飛び出しかける。こぼれては勿体ないので、慌てて飲む。
 こういう時、日本の航空機だったら、すぐに「機長の指示により客室乗務員も着席いたします」とか、切羽詰まったような声で言い、サービスを止めてしまうところだが、ルフトハンザの客室乗務員は、どんなに機が揺れようと、平然たる態度で食事を出し続け、サービスを止めることはない。そこが凄いところだ。
 そして、これだけ例外的なルートを飛びながら、羽田にはほぼ定刻(17日12時20分)にぴたりと着陸したのだから、飛行機というのは、本気になると偉いものである・・・・。

2016・8・14(日)ザルツブルク音楽祭(4)グノー:「ファウスト」

       ザルツブルク祝祭大劇場  7時30分

 ザルツブルク音楽祭がグノーのオペラ「ファウスト」を上演したことは、これまでにあったのか、なかったのか。プログラムに上演史が載っていなかったところを見ると、初めてなのかもしれない。

 この演出と装置及び衣装を担当したのが、ラインハルト・フォン・デア・タンネン。装置は写実的なものではなく、極めてシンプルな景観ながら、この大劇場の左右に広い舞台をいっぱいに使った大規模なものである。
 冒頭、老齢のファウストが独り悩んでいる場面には、彼が歌いだす最初の言葉でもある「RIEN」(無)という大きな字が、空に浮かんでいる。この文字は最終場面、マルグリートが「死ぬ」場面にも再現する。彼女も真の救済を受けることなく、「無」の中に陥ったか。

 この最終場面で、ファウストがト書き通り、メフィストに操られるような形で舞台から姿を消したあと、彼女の最期を取り囲むのは、メフィストフェレスの精霊とでもいうべき、奇怪な異形をした者たちだ。彼らは、彼女が宝石の歌を歌っている場面でも、すでに彼女が悪魔の手中に落ちていたことを示すように、彼女の周辺で蠢いている。ちょうどあのフリーマン演出の「炎の天使」に登場した白い悪霊のような役割を、彼らは果たしているわけだろう。

 悪霊だけでなく、この舞台に出て来る群衆、兵士などはみんな黄色の服を着け、グロテスクかつ喜劇的な顔をしていて、一種の象徴的な存在として扱われている。兵士たちの凱旋の行進曲の場面で、上から巨大な骸骨が降りて来て行進のような動きをするという「余興」もある。

 ただこのように、装置と衣装には、つまりデザイン方面には目を惹くものがあるのだが━━肝心の演出となると、やや茫漠たる感を抑え切れぬ。登場人物たちは、白い大きな世界の中で夢のように浮遊しているという、そんな雰囲気が最後まで続くのだ。
 それゆえ、人間ドラマが何処にあったかというと、どうもはっきりしない。結局、観終った後には、これといったような感動的な印象が何も残らない・・・・そういった舞台なのだった。

 しかし、配役はいい。ファウストをピオトル・ベチャワ、メフィストフェレスをイルダール・アブドラザコフ、マルグリートをマリア・アグレスタ、ヴァランタンをアレクセイ・マルコフ━━この4人は聴きものと言えた。

 アグレスタだけは、ちょっとマルグリートのイメージとは違うなという感もあったが、多分これは演出のせいで、「舞台上で何をやっていたらいいのか解らない」立場に追い込まれ、それが歌唱にも影響していたのではないかという気もする・・・・つまりこの演出家が、もともと演劇的な演技を歌手に要求していなかったのではないかと思われるのである。

 しかしその点、舞台上で独特の雰囲気を放出できるベチャワとアブドラザコフの2人は、ただ居るだけでサマになっていた。またマルコフは、力強い声で存在感を主張していた。他に、シーベルをタラ・エラウト、ワーグナーをパオロ・ルメッツ、マルテをマリー・アンジェ・トドロヴィチという人たち。

 合唱はウィーン・フィルハーモニア合唱団という団体だったが、これはウィーン国立歌劇場の合唱団とは違うので、演技も少し素人っぽく、人数が多い割には、思いのほか声が来ないし、特に女声がか細く聞こえるのは不思議だ。1階席前方列(2列12)という位置で聴いたせいかもしれないのだが。

 アレホ・ペレスの指揮するウィーン・フィルが、瑞々しく透明で爽やかな演奏をしてくれた。近年売り出し中のこのペレスという人、私はなかなかいい指揮者だと思うのだが、客席の反応は今一つ。
 それにしてもウィーン・フィルは、相変わらずいい音だ! コンマスは今夜もライナー・キュッヒル。彼はマチネーのムーティ指揮のマチネーでも3日間アタマを弾いており、そのあとにこの長大なオペラのコンマスをも・・・・いつもながらエネルギッシュな人である。

 休憩が2回入って、終演は夜11時15分くらいになった。ちょうど時差ボケの余波が出て来る時期だから、こういうのはチト辛い。せめて7時から始めてくれればいいものを。公演日によっては8時開演の時もあるらしい。それにぶつからなくてよかった。
 なお今回、知人に頼んで入手した席は、1階1~3列ばかりという、不思議に前方の席ばかりだったが、昨日も今日も見渡したところ、前の方には日本人客がやたらに大勢いる。この辺りをまとめて流すルートでもあったのか。

(付記)この日、オケ・ピットでは、終演後にキュッヒルが指揮者から讃えられていた。ソロがあったせいかと思ったが、翌15日のムーティとウィーン・フィルの最終公演を聴いた人の話では、カーテンコールでキュッヒルがムーティから特別に起立させられ、讃えられていたとのことだった。キュッヒルも目を潤ませていたそうである。となると、やはりそれが彼のコンマスとしての「公式の最終演奏」だったのだろうか?

2016・8・14(日)ザルツブルク音楽祭(3)
アイヴォー・ボルトン指揮ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団

       モーツァルテウム大ホール  11時

 「モーツァルト・マチネー」の一つ。
 このおなじみシリーズでは、モーツァルト以外の作品もプログラムに組まれることがあるけれども、今日は純正モーツァルト・プロである。「交響曲第28番」、「木管のための協奏交響曲旧K.297b」、「交響曲第32番」「交響曲第36番《リンツ》」という、かなり濃い選曲が為されていた。

 典雅な内装のホールでモーツァルトを満喫するのは、それ自体がもう至福のひとときだ。ホールの座席の椅子が木製で硬いことと、会場内の換気が悪くて何となく暑いことさえ意識しなければ、あとはモーツァルト三昧の世界。

 「協奏交響曲」第3楽章では、ソリスト4人がアイ・コンタクトを交わし、ニコニコ笑いながら、時には踊るような身振りをしながら吹いて行く。ボルトンも楽しげに指揮。こういう雰囲気がオケに伝わらぬはずはない。この第3楽章を、こんなにもノリのいい演奏で聴いたのは、ナマでは初めてである。

 ボルトンは、休憩後の2つのシンフォニーでは、いかにも彼らしいパンチの利いたリズム感で、ダイナミックに畳みかけた。
 特に「リンツ」が、熱気があって生き生きしていて、モーツァルトの円熟ぶりを浮き彫りにする演奏だった。ただし、反復指定のある個所はすべてリピートするから、演奏時間も優に30分を超す。
 第4楽章のコーダではどんな指揮者もオケを煽り立て、力感を強調して結ぶもので、それを展開部からもう一度繰り返すというのは、私はどうもあまり好きになれぬ。だがそこはさすがボルトン、2度目の演奏では、最初の演奏の時よりもさらに猛烈に煽り、轟然と盛り上げて行った。これで聴衆は沸き返る。

 1時10分終演。外は快晴で、目も眩むばかりの日差し。だが湿気が少ないので、ネクタイとジャケットをつけていても暑さは感じない。本当に爽やかなザルツブルクである。

2016・8・13(土)ザルツブルク音楽祭(2)
モーツァルト:「ドン・ジョヴァンニ」

    モーツァルト・ハウス  7時

 スヴェン=エリク・ベヒトルフの演出が使われている、今のザルツブルク音楽祭でのモーツァルトの「ダ・ポンテ3部作」。このうち「コジ・ファン・トゥッテ」と「フィガロの結婚」はすでに観たが、一昨年プレミエされたこのプロダクションはまだ観ていなかったので、今回の旅程に入れた次第。

 大雑把に言えば、ホテルのロビーを舞台にして、マゼットがボーイ、ツェルリーナがウェイトレス、群集は大部分が従業員だか警備員━━といった以外は、主役たちは旅行者、という設定。
 このような「ホテルにおけるドン・ジョヴァンニ」は、以前ベルリンかどこかで、似たようなのを見た記憶がある。いずれにせよ、たいして新味のない発想だ。
 ジョヴァンニは「地獄には落ちることなく」舞台前方で倒れて死ぬが、残された一同が歌っている間に蘇り、不滅の存在であることを示唆して終るという流れ。これも形こそ違え、よく使われるテである。

 要するに他の2作と同様、すこぶる穏健にして保守的な舞台であり、のんびり観られるというプロダクションなのだ。これまでのパトリス・シェローや、ルカ・ロンコーニ(これはそこそこ)や、マルティン・クシェイや、クラウス・グートの演出がなかなか斬新で、論議を巻き起こすものだったのに比べると、今回のは何とも無難なものである。
 天下のザルツブルク音楽祭も、モーツァルト路線では完全に保守回帰というわけか。

 それはそれで、ある向きからは喜ばれるのだろうが、しかしそもそもこのベヒトルフという人の演出は、ウィーン国立歌劇場の「指環」もそうだが、細かく作られてはいるものの、作品について新しい問題を提起するといった斬新な感覚のようなもの━━強い個性といったものを、どうやら全く持ち合わせていないように思われる。
 ただ、他の2作は、上演会場が先年のモーツァルト・ハウスから今年はフェルゼンライトシューレに変わり、演出もだいぶ手直しされたという話も聞くが、もう一度観る気にもなれない。

 結局、残るのはやはり「音楽」だ。
 声楽陣は、ドン・ジョヴァンニがイルデブランド・ダルカンジェロ、レポレッロがルカ・ピサローニ、ドンナ・エルヴィラがライラ・クレーア、ドンナ・アンナがカルメラ・レミージオ、ドン・オッターヴィオがパオロ・ファナーレ、ツェルリーナがヴァレンティーナ・ナフォルニーツァ、マゼットがイウリー・サモイロフ、騎士長がアラン・クーロンブ。合唱がウィーン・フィルハーモニア合唱団。
 騎士長のみ少し重量感不足だったが、他の歌手陣は歌唱、演技とも、みんないい。ダルカンジェロとピサローニのコンビは巧者同士で絶妙だろう。ツェルリーナのナフォルニーツァが初々しく爽やかな魅力を振りまく。

 今回廻って来た席は、1階席2列目のど真ん中。指揮者アラン・アルティノグリュの真後ろだ。この位置からは、ウィーン・フィルがピットの壁の向こう側からたっぷりと豊麗に響いて来るのが聞こえ、しかも細部まで聞き取れる。
 もともと「ドン・ジョヴァンニ」は、モーツァルトのオペラの中でも最もオーケストラが雄弁で精妙で、登場人物の心理の動きを余すところなく描き出している作品なのであり、私たちはただもうその天才的な業に感嘆するしかないのだが、その魅力が、この席の位置だといっそうはっきりと味わえるのである。
 しかもアルティノグリュのテンポが、颯爽として歯切れがいいから、なおさらである。舞台の平凡さも、卓越した音楽により救われる。

 今回は前プロダクションと違い、ウィーン版でない「普通の」、フィナーレもちゃんとついた版での上演だったが、10時20分に終ったというのは、テンポも速めだった証拠だろう。
 劇場の外へ出ると、快晴の夜空が美しい。街路の温度計が18℃を表示していた。とにかく、爽やかである。

2016・8・13(土)ザルツブルク音楽祭(1)
リッカルド・ムーティ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

     ザルツブルク祝祭大劇場  11時

 昨夜ザルツブルクに入る。空港に着いた時には小雨で寒かったが、今日は幸運にも快晴。日差しは強く眩しいが、非常に爽やかで快い。観光シーズンとあって、どこもかしこも雑踏の極みである。

 ムーティ指揮ウィーン・フィルのマチネーの、3日公演のうちの今日は初日。R・シュトラウスの組曲「町人貴族」と、ブルックナーの「交響曲第2番」というプログラム。

 今回、廻って来た席が1階席の3列目の8番という位置で、あまりにもオケに近すぎるため、音のバランスも何もさっぱり分からないけれども、そこはウィーン・フィル、特にR・シュトラウスの、しかもこういう曲をやるとその香気たるや比類なく、ただ音に浸っているだけで至福の時間に浸ることができる。
 しかもコンサートマスターのライナー・キュッヒルをはじめ、各パートのソロの洒落ていることといったら━━。第1ヴァイオリンの後方パートが弾く短い音型に合わせ、キュッヒルが3回もしゃっくりのような動作をしてみせるあたり、いかにも楽しそう。

 ブルックナーの「2番」は、ムーティらしいストレートなアプローチだが、ここでもウィーン・フィルの量感は素晴らしく、弦の細かい音の動きが結集し、むくむくと巨大に盛り上がって来るあたりでの物凄い力感は、さすがのものがある。
 嵐のように進んで行った第4楽章の終結では、ムーティもウィーン・フィルも、あたかも魔神のような勢いを聴かせた。これだけでも、後方の客席や2階席が沸くには充分だったろう。

 ちなみに今年はブルックナー没後120年とあって、ザルツブルクでのウィーン・フィルは、メータ指揮で「4番」、マリス・ヤンソンス指揮で「6番」を演奏するプログラムを組んでいる。

2016・8・9(火)ワレリー・ゲルギエフ指揮PMFオーケストラ

     サントリーホール  7時

 当初予定されていたメンデルスゾーンの「交響曲第4番《イタリア》」と、ショスタコーヴィチの「交響曲第8番」の間に、レオニダス・カヴァコスをソリストとしたブラームスの「ヴァイオリン協奏曲」を追加する、という予告がかなり前に発表された時には、こいつは長くなるな、と覚悟したのだが・・・・。

 案の定━━それにまたカヴァコスがソロ・アンコールを弾くものだから━━「8番」が始まったのが8時52分。全曲の演奏終了は9時58分になった。
 だが、タフなゲルギエフとしては、このくらいは何でもないはず。オーケストラの楽員も若くてパワーがあるから、どうということはないのだろう。最後まで熱のこもった演奏を聴かせてくれた。

 今年のPMFのアカデミー生は、昨年に比べるとずっと実力水準が高いようである。
 今日の東京公演も、もうウィーン、ベルリン、アメリカのオーケストラからの教授陣は1人も入っておらず、若いアカデミー生のみの編成で演奏が行われたものだったが、技術の上ではもちろん申し分なく、音の厚さと密度の濃さ、響きの均衡、緊迫度の高さなどでも実に見事な水準を示していた。

 今年はゲルギエフも芸術監督としてかなり綿密に指導したそうだし、しかも本番での彼の強烈な牽引力がものを言って、これだけの演奏ができたのであろう。なおコンサートマスターを務めたのは、スー・ミンキュンという女性で、ハンス・アイスラー音大生とのことだ。

 「イタリア」は、冒頭の木管の軽快な刻みからして、極めて豊麗な音色で繰り広げられた。弦には少し学生オケのような雰囲気も感じられたが、それも最初のうちだけである。
 終演後の楽屋でのゲルギエフの表現によれば「オケがこういうふうにフワーッとして(と腕で大きく弧を描き)いたろう。良いオケだよ」という具合。彼らしい骨太のメンデルスゾーンだが、終楽章の追い込みなどでのエネルギーはそれなりに強力だった。

 しかし、何といっても圧巻だったのは、レオニダス・カヴァコスとの協演によるブラームスである。私は以前からこの人の大ファンなのだが、今日のブラームスの協奏曲も、本当に凄い。峻烈な演奏という表現がぴったり来るヴァイオリニストだろう。
 音に強靭な力があり、音色は非常に陰翳が濃く、瞬時たりとも緊張力に隙がない。これだけ剛直な、しかも翳りの濃いブラームスを聴かせるヴァイオリニストは、なかなかいないだろう。

 この迫力に、ゲルギエフはともかくとしても、若いオーケストラが刺激を受けずにはいられまい。第3楽章はもちろんのことだが、第1楽章でも第361小節以降の弦のトレモロの底力のあるクレッシェンドは、ゲルギエフの煽りもあって、不気味なほどの緊迫感に富んでいた。なお第2楽章でのオーボエは、植原祥子というフランツ・リスト・ワイマール音大生で、素晴らしく上手い。

 カヴァコスは、当然ながら、満席の聴衆の熱狂的な拍手を浴びる。カーテンコールのさなか、ステージ袖からゲルギエフが「弾け、弾け」と煽るようなジェスチュアを見せるので、それではと弾き出したのが、バッハの「無伴奏ソナタ第2番」からの「アンダンテ」。これまた濃い翳りを持った、沈潜した深みを備えた演奏だった。

 ショスタコーヴィチの「第8交響曲」の演奏に関しては、もう予想通り、いや、予想を上回る出来だ。ゲルギエフがこれまでPMFオーケストラを指揮したショスタコーヴィチの交響曲の中では、何年か前の「第11番」に迫る━━あるいはそれと並ぶ演奏水準に達していたのではないか? すでに札幌や千歳、函館で4回演奏して来たあとの東京公演だから、演奏も完成されているといっていいのだろう。

 アカデミー生だけの編成ゆえ、色彩感とか、その変化とかいったものにはやや物足りなかったとはいえ、艶のある低弦の力感、木管と金管の明晰な表情などを含め、演奏は卓越したものだった。全体のイメージは強靭剛直ながら、細かい部分には、弾力的でしなやかな息づきがあふれる。若いアカデミー生のオケからこのような精妙な表情を引き出し、自在に制御するゲルギエフのカリスマ性たるや、まったく見事というほかはない。
 全曲最後の、安息感と空虚感とが綯い交ぜになった終結が、決して暗いものでなく、むしろ明日へ希望をつなぐような優しさとなって消えて行くように感じられたのは、もしかして私だけかもしれないが・・・・。

 この終結でもゲルギエフは、長い間ホール内に感動的な沈黙と静寂を保たせた。そのあとのカーテンコールは結構長く続いたのだが、1回目で早くも客電が上げられてしまったのは、「もう10時だぞ」というブタカンの催促だったのかしらん。

 この東京公演が、今年のPMFの打ち上げとあって、楽屋はごった返す。もっとも、ゲルギエフの楽屋は、いつもこんな調子だ。
 私も一応、ブラヴォーを申し上げるために罷り出たわけだが、彼は私の顔を見るなり「1年ぶりじゃないか。俺は去年、ちゃんとミュンヘンで指揮したのに」と言い出した。実は昨年夏、「12月(11日)にミュンヘンであなたが指揮するのを聴きに行くから」と言っておきながら、当日は演奏の出来がやや腑に落ちなかったのと、ガスタイクホールの楽屋に行く道筋が判り難かったため、訪ねずに帰って来てしまったのである。私ごとき一介の業者が軽く洩らした一言まで覚えているとは、何とまあ、相変わらず記憶力のいい、如才ない人であることか。

 だが思えば、マリインスキー劇場(当時は未だキーロフ劇場)を、25年前に最初の日本人音楽記者として取材してからというもの、10年ほど前まではのべつサンクトペテルブルクに行ったり、ゲルギエフに数え切れないほどインタビューをしたりしていたものだった。そろそろまた、あの白夜祭に行ってみたいな、とは思うのだが・・・・。
      別稿 音楽の友10月号

2016・8・6(土)マスネ:オペラ「ドン・キホーテ」

      滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 中ホール  2時

 これはびわ湖ホールの「オペラへの招待」シリーズ。
 何年か前に新国立劇場で上演された際には、原曲のフランス語読み「ドン・キショット」が題名として表示されたが、今回は「ドン・キホーテ」という、一般にも判りやすい表記が使用されている。

 出演歌手陣は、びわ湖ホール声楽アンサンブルを核としたダブルキャスト。今日は初日で、林隆史(ドン・キショット)、内山建人(サンチョ・パンサ)、山際きみ佳(ドゥルシネと山賊の頭目の2役)ほかの出演。
 林隆史は━━本当はこの題名役としては、もう少し老騎士らしく声の重い人の方がいいのだが━━しかしよく響くバス・バリトンの声で好演していた。

 ピットでは、園田隆一郎指揮の大阪センチュリー交響楽団がいい演奏を聴かせてくれた。とかくスカスカになりがちなこの曲のオーケストレーションを、緻密に分厚く構築していたのは立派である。第4幕の幕切れ、サンチョが主人を擁護する個所がこれだけ昂揚して演奏されれば、もう御の字だろう。

 今回の演出は菅尾友。ドゥルシネと山賊の頭目を同一の歌手(メゾ・ソプラノ)に歌い演じさせ、ドン・キホーテを嘲笑し拒否する社会と、その純な精神を受け入れる社会のそれぞれ象徴としての意味を持たせた演出上の発想は、興味深い。
 山賊の親分が女性であることの是非は別として、それがドゥルシネ姫の別の姿を象徴的に描くという━━あたかも「タンホイザー」で、エリーザベトとヴェーヌスという2人の女性を同一歌手が演じるのと同じような発想を取り入れたことは、面白い解釈である。

 ただ、それはいいのだが、今回のように巨大な金属製の棚のような物体が暗い舞台上に並び、それを移動させる黒子の裏方までが舞台に登場し、群集が絶えず動き回っているという構図になってしまうと、そういう細かい人物表現が理解しにくくなる。
 つまり、主人公たちの性格が(歌手たちが若いせいもあって)さっぱり際立たないのである。

 サンチョが初めてドラマの前面に躍り出てドン・キホーテを弁護する場面でも、彼が群衆ともみ合ったりするシーンが長すぎ、この主従の偉大さや高貴さが堂々と強調されるシーンとしては、些か散漫なものになってしまったのではないか。また第5幕で、サンチョが主人の「衣装」を抱えて絶えずガサガサと音を立てていたことは、音楽を邪魔するもとになり、少なからず苛々させられた。

 とはいうものの、全体として見れば、この上演は力作といえよう。若い世代の歌手たちの奮闘を称えたい。
 ちなみにこれは、字幕付き原語上演。新国立劇場の上演の際とは異なり、山賊たちも「そこだけ日本語で」喋るなどという珍奇なことはなかった。

 休憩1回(第3幕の後)を含み、4時20分終演。京都5時26分発の新幹線で帰京。

2016・8・5(金)広島交響楽団 「平和の夕べ」コンサート

      広島国際会議場フェニックスホール  6時45分

 恒例の「平和の夕べ」のコンサート。今年の指揮は、スイスのベテラン、マティアス・バーメルト。ブルックナーの「交響曲第9番」をメインに、前半では広島市出身の萩原麻未がシューマンの「ピアノ協奏曲」で協演、というプログラムである。

 このホールに来たのは、アルミンクが広響を指揮してマーラーの「9番」を演奏した時以来、2年ぶりだ。かなり広大な空間を持つが、椅子のつくりがゆったりしているため、客席数は1500程度の由。1階席中央(13列の13)で聴いた範囲では、音は少し散る傾向がなくもないが、音響はなかなか良い。

 協奏曲では、萩原麻未がテンポとデュナーミクにそれぞれ大きな振幅をもたせ、音楽に鋭い対比をつくり出していたのが印象的だった。非常に起伏の大きな、感情の揺れの激しいシューマンである。
 この曲、おっとりと弾かれるのは、私はあまり好きではないので、彼女のこのシューマン像には非常な興味を覚えた次第だ。

 ただし、バーメルトは、彼女の神経過敏ともいえるシューマン像とは対照的に、あくまで落ち着いた柔らかい表情で管弦楽パートを紡いで行く、という指揮を貫いた。跳ねる少女を、静かに愛情をもって見守る老匠━━といった感じか。
 広響(コンサートマスターは佐久間聡一)のしっとりした響きも良く、特に第2楽章は、チェロをはじめ、弦の美しさが映えた。
 アンコールはバッハ~グノーの「アヴェ・マリア」、「祈りをこめて」という彼女自身のアナウンス付きでの演奏であった。

 ブルックナーの「9番」は、目覚ましい力演である。
 第1楽章は比較的淡々とした演奏だったが、速めのテンポで演奏された第2楽章では、スケルツォ部分にデモーニッシュな勢いがあふれる。この部分、ブルックナーの交響曲のスケルツォの中で群を抜いて悪魔的な雰囲気を湛えていると思うが、それがライヴで視覚的な要素が加わると、更にスリリングになる。

 何年か前、ザルツブルクでハイティンクがウィーン・フィルを指揮した際、キュッヒル以下のヴァイオリン奏者たちが憑かれたような、狂乱的な身振りで弾いていた光景には鳥肌立つような思いをしたものだ。日本のオケではさすがにそこまでの光景は無いけれども、唯一、第1ヴァイオリンの第3プルトの外側にいた男性奏者が熱狂的な身振りで弾いていたのが目立った。

 第3楽章のアダージョは、今日の演奏における圧巻であったろう。広響の重厚な音は、まさに荘重なマエストーゾそのもの。特に弦の澄んだ音色は素晴らしい。
 全曲最後の13小節間の祈りも、感動的なものだった。エンディングのホルンやワーグナー・テューバ、トロンボーン等による金管は難しい個所だが、今夜は(ちょっと粗っぽいものの)決まった。最後の消え行くようなピッツィカートで大きな咳をした御仁がいたのは残念だったが━━。

 全曲が終り、バーメルトが手を下ろし、楽員も楽器を下ろしたが、そのあともなお、バーメルトは長い祈りを捧げるように、1分以上も身動きしない。場内が長い静寂に包まれていたことは、このコンサートの趣旨から言っても妥当なことだったろう。待ちかねた僅かな人たちから少し拍手が起こったが、それもすぐに止んだ。騒々しいブラヴォーの声などが起こらなかったのは、この演奏会が「平和への祈り」であることをみんなが意識していたからだろう。

 そのあとに、バッハの「G線上のアリア」が演奏された。これも祈りの一環か。
 ブルックナーの「9番」の第3楽章のあとにアンコールを━━この場合には主旨は違うのかもしれないが、とにかく何であろうと別の曲を━━演奏するというのは、ブルックナー・フリークの立場からするとあまり良い趣味とは思えないけれども、演奏そのものは非常に美しかった。

 終演は9時少し前。広島駅市内のビジネス・ホテルはどこも満杯、空き無しとあって、翌日の予定を考慮し、新幹線で岡山まで移動し、駅前のANA CROWN PLAZAに宿泊。
    ⇒モーストリー・クラシック10月号 公演Reviews

2016・8・4(木)飯森範親指揮東京交響楽団

      サントリーホール  7時

 ソ連時代の作曲家ガヴリイル・ニコラエヴィチ・ポポーフ(1904~72)の「交響曲第1番作品7」が日本初演されるとあって、所謂「好き者」たちが詰めかけていたようである。ホワイエには若い人たちの姿も多かった。

 このポポーフという人、フランシス・マースの「ロシア音楽史」では全く無視されているが、ファーイによる詳細なショスタコーヴィチの伝記には、かなりしばしば名前が出て来る。といっても、その多くはショスタコーヴィチの交響曲「4番」や「9番」「10番」、「ムツェンスク郡のマクベス夫人」、「ヴァイオリン協奏曲第1番」などを絶賛していた、とかいう話ばかりで、辛うじて最後の方に、彼自身の「交響曲第3番」が「ジダーノフ批判」の頃に、形式主義的で反国民的だ、と非難されたという記事が出て来る程度だ。

 一方、「ニューグローヴ世界音楽大辞典」には、「ボロディンやグラズノフの叙事詩的伝統を継承した交響曲を・・・・」という記述があるけれども、後年の作品はともかく、今日の「1番」(1928~34年作曲)には、そういう傾向は未だ皆無である。
 むしろモソロフ(1900~73)の作品「鉄工場」(1927年)の影響下にある作風だろう。ポポーフの日記には、この曲について「労働者」「戦闘者」などといった言葉も出て来るそうだから、いずれにせよソ連の当時の風潮に乗ったものなのだろう。
 それにまたこの「1番」は、「鉄と鋼の交響曲」として有名なプロコフィエフの「2番」(1925年初演)と共通したところもある。あの頃には、こうした作風がある方面でブームになっていたのかな、とも思う。

 飯森範親と東京響(コンサートマスター グレブ・ニキティン)の大熱演は立派だった。こういう珍しい曲を定期のプログラムに載せた両者の姿勢も偉とする(また、聴いたことがないからと言って敬遠せずに、興味を持って詰めかけた聴衆も立派ではないか?)。
 ただ、作品の構築を自分の中で明快にイメージするには、私は少々暑さで疲労していたのかもしれない。刺激的な大音響がこれでもかと続く曲想には些か辟易させられた、というのが本音だ。

 しかし、ちょっと神秘的な第2楽章前半には、意外なほどの美しさを感じたし、特にスクリャービンの「法悦の詩」の終結を思わせる━━それよりは打楽器群の炸裂がけたたましく加わっているが━━昂揚と陶酔感を備えたエンディングには、非常に強烈な印象を受けたのはたしかである。

 コンサートの前半には、オリガ・シェップスというロシアの若い女性をソリストにしたラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」が演奏された。

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雑誌 モーストリー・クラシック に連載中
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