2017-11

5・20(日)ワーグナー:歌劇「タンホイザー」

ザクセン州立歌劇場(ドレスデン国立歌劇場)

 パリからミュンヘンを経て、昼頃ドレスデンに入る。秋にドレスデン・オペラが日本に持ってくるコンヴィチュニー演出のプロダクションを、何とか現地で先に観ておきたかった。

 指揮はクリストフ・プリックという人。あまり要領の良くない、面白くない音楽をする指揮者だったが、オーケストラをあれだけバランスよく、しかも豊かな音を保って鳴らしていたからには、やはり力量があるのだろう。ここのオーケストラは指揮者がだれだろうと味のある音楽を演奏できるというのは先刻承知だが、しかし3月の「シュトラウス・ターゲ」の時には、結構うるさい音になっていた時もあったのである。
 それにしてもなんというオーケストラの美しさと雄弁さ、和音の響きの陶酔的な美しさと温かさであろう。シュターツカペレ・ドレスデンをいまなお世界一のオーケストラと呼ぶ人が多いのは、決して故なきことではない。

 ドレスデン・オペラが「タンホイザー」を「ドレスデン版」でなく「パリ版」で上演するなどということになったら、ちょっとしたユーモアだろうな、と思って観始めたら、何と本当に「パリ版」だった。第2幕、第3幕も同様である。ただし第2幕では、「ドレスデン版」にしかないワルターの歌が復活されていた(これはおそらく演出上の要求によるものではないかと思う)。つまり「パリ版」基本、一部「ドレスデン版」使用、というところだ。

 演出はペーター・コンヴィチュニーだが、1997年プレミエのプロダクションであるせいか、まだ音楽を重要視しているタイプのように見える。ガタガタしている部分も少なくないが、本人が現場にいないためもあるだろう。
 「バッカナール」の部分は、「パルジファル」の「花園の場」の先取りのような形だ。従ってタンホイザーはパルジファルに成りそこなった男、ということになるか。
 羊飼いは、羽を生やした天使。
 歌手たちはタンホイザーが帰還したことを実に単純に素直に喜び、踊り出すほどで、このあたりなぜかコミカルだ。ふつうなら台本にあるとおり、ヴォルフラムを除く全員がタンホイザーに敵意を示す演出が採られるものだが、今回のこれはめずらしい解釈だ。彼らは第2幕でも領主から救済策を告げられるとすぐにそれに同調し、積極的にタンホイザーを激励するのである。

 この演出で特筆すべきは、ヴォルフラムが並み外れて重要な存在になっていることだ。彼とタンホイザーとエリーザベトは、ほどんど三角関係を示すといってもいいだろう。
 ヴォルフラムは、第1幕でエリーザベトのことを語る時に、すでに内心の感情を見苦しいほどに外に表してしまう。そして第3幕では、エリーザベトを抱きかかえ、その死を看取りながら「夕星の歌」を歌うのである。ここはかなり衝撃的な場面だが、原台本と抵触はしていないし、音楽を少しも邪魔していないので、なかなかに感動的だ。
 第2幕最初のエリーザベトとタンホイザーの二重唱の中に、一般の上演ではカットされることの多いヴォルフラムの落胆のことば「これで私の希望は消え去った!」を復活させているのも、こうした人物設定の中では実に当を得たことに違いない。
 ただ、こうした「人の良い」ヴォルフラムの性格設定には、ワーグナーが彼に求めている「高貴さ」よりも、人間的な苦悩が浮き彫りにされることになる。したがって、かなり優柔不断な、なさけない男に見えてしまうことも事実だろう。

 第2幕の「歌合戦」は、むしろ賑やかなパーティだ。歌手が歌う時、周囲の女性たちが手を彼に向かって高くかざして支持を表明するのが美しいが、この辺りはレジー・テアター系演出家と思えないほどの優しさである。群衆の演技は非常に微細に、隅々まで行き渡っている。
 第3幕では、ヴェーヌスはボトル片手にグデングデンに泥酔して出現(このあたり、「魔笛」の夜の女王を思い出させる)、最後には彼女がエリーザベトの亡骸を抱き、タンホイザーと3人で舞台中央に動かなくなる。このとき、ヴォルフラムは独り後景に去って行く。もしかしたら、今度は彼自身がローマへ巡礼の旅に出るのかもしれない。
 大詰の合唱とともに背景の空がブルーに染まって行くのはすこぶるロマンティックで感動的だが、そこへ突然、下手舞台上方に巨大なヒマワリの花がドカンと出現する。これは何ともいただけない光景で、観客にも失笑が起こるし、折角の感動的なドラマも画竜点睛を欠くことおびただしい。コンヴィチュニーには、ときどきこのように最後で逃げを打つくせがある。このヒマワリを、日本での上演でもやるのかしら? できれば、カットして欲しいな。

 ヴェーヌスはガブリエーレ・シュナウト、声は勿論充分だが、演技の上での動きの鈍さが少し問題だ。エリーザベトのアンネ・シュヴァンネヴィルムスは清純な雰囲気であり、恋人に裏切られて次第に成長していくあたりの演技と歌唱にはいいものがあった。ヴォルフラムはマーカス・バッター、領主はラインハルト・ドルン。

 なお、第2幕後半の大アンサンブルでは、タンホイザーのパートはほぼノーカットで歌われていたが、合唱の一部は省略されて、彼のパートを浮き出させるようにしてある。しかしジョン・フレデリック・ウェストの化物のような声量を以てすれば、その必要は全くないように思えた。全体としてほぼノーカットで演奏されているのは喜ばしい。

 総じて、この作品に新しいものを見出だせるには充分の上演であったといえよう。これで、疲れも吹き飛んだ。

5・19(土)ワーグナー:歌劇「ローエングリン」

パリ・バスティーユ・オペラ

 ウィーンからフランクフルトを経て、パリに午後入る。夕方に1時間ほど昼寝をしてみたが、時差ボケは未だ解消できず。移動するためには早起きが必要とあって、「転戦」の苦しさも頂点に達する。しかもこの日、7時の開演が30分も遅れ、おかげで終演が0時を過ぎるという状態。踏んだり蹴ったりである。

 こちらのコンディションが悪い所為だけでもなかろうと思うが、今回のワレリー・ゲルギエフの指揮が、何かワーグナーの音楽としてのフォーカスの定まらないものに感じられてならなかった。第1幕と第2幕のそれぞれ最後の盛り上げ方も力感充分で、あえて欠点と言うべきものはないのだが、何か全貌を掴みかねる大きな壁画を見ているような感覚におちいってしまうのである。この作品から新しいものを発見できるという演奏ではなかったように感じられた。版は慣習的なカットを大量に含んだもので、これも新味がない。

 しかし、歌手陣は粒が揃っていた。ベン・ヘップナー(ローエングリン)が大音声を聴かせる一方、ワルトラウト・マイヤー(オルトルート)は声こそ往年の力を失っているものの、見事な性格表現を聴かせた。ミレイユ・ドルンシュ(エルザ)は安定しており、ジャン=フィリップ・ラフォン(テルラムント)も渋い表現。なお、伝令にエフゲニー・ニキーチンが登場して、これは儲け役でもあるが、大きな拍手を浴びていた。

 ロバート・カーセンの演出は、ポール・スタインバーグの舞台装置とともに、予想外にストレート路線を採っていた。最近の「タンホイザー」におけるような、大きな読み替えも行なっていない。ローエングリンはまさしく騎士の姿で白鳥と一緒に登場する。それだけが超自然的な存在で、他の登場人物は、すべて現代人の服装である。

 休憩時間を含めて幕は開いたまま。廃墟となった建物の内部でドラマが進行する。奥の大きな門は最初のうちは開いていて、そこからこれも荒廃した港のような光景が見える。
 すべてはモノクロームの冷たく暗い色に支配されているが、その中にたった2回だけ美しい色彩が現われるのは、奥の大扉が開いてローエングリンと白鳥が登場する時と、騎士が去って行く時だ。そこでは黄金色に輝く花園や林や小川が見えるのだが、かなりお伽話的なイメージであり、むしろパロディ的にも見える。
 ブラバントの群衆は打ち拉がれた難民という体だが、それでも何かを待ち続けている様子である。前奏曲の「グラールの動機」の箇所で、動かぬ彼らに黄金色の救済の光が当てられる瞬間はかなりドラマティックだ。この無気力な連中が第3幕では、隠してあった武器を取り出して戦の支度をする。まるで「七人の侍」の農民のごとくである。ザクセン軍側は国王と伝令を含めて数人程度が登場、軍服に身を固めている。

 第2幕、ローエングリンが「エルザ!」と叫んで必死に辺りを見回し、群衆がぱっと割れると、奥の大扉にたった独り、助けを呼ぶようにすがっているエルザの姿が浮かび上がるが、この人物の動かし方はすこぶる見事である。この場面を含め、ローエングリン、エルザ、フリードリヒ、オルトルートの主人公4人の構図はすこぶる巧妙で劇的だ。ただし幕切れの「禁問の動機」が轟く瞬間に、両側のバルコニーにオルトルートとエルザが対峙するのは、あまり効果的とは思えぬ。

 第3幕、テルラムントが剣をかざして乗り込んでくる場面は、おそろしく間の抜けたタイミングだったが、ここは明らかに手違いだろう。
 白鳥が少年に変わる場面は一度大戸が閉じ、それから少し隙間が開いて少年が入ってくるという、あまりけれんのない手法にとどまった。

 カーテンコールでの拍手の大きさではマイヤーが最高。ニキーチンもなかなかの好評のようである。

5・18(金)ヤナーチェク:歌劇「死の家から」

アン・デア・ウィーン劇場

 アン・デア・ウィーンを訪れたのは数年ぶりだ。改築新装成って、再びきれいな、クラシカルな劇場に復活している。雰囲気もすばらしくいい。

 私はオペラの場合には、比較的舞台に近い位置で演奏を聴くのが好きだ。この位置からは、ピットの中で響くオーケストラの細部まで聴き取れて、ふだんなら聞き逃しがちな管弦楽パートの表情豊かな醍醐味を存分に味わうことができるからである。
 今回入手できた席は、1階最前列の5番だった。指揮するピエール・ブーレーズがすぐ傍の左側に見える。相変わらず年令を感じさせぬすばらしい指揮を聴かせてくれる人である。全曲1時間45分、彼は休憩なしで振り通した。
 
 それにしても、間近に聴くブーレーズの指揮の見事さといったら! ヤナーチェクのオーケストラのパートが、細部まで精妙かつ明晰に、しかも信じられぬほどに美しく浮かび上がる。どんなに動きの激しい箇所でも、それらは少しも乱れることがないのである。
 この作品がいかに多彩で雄弁な音楽を備えているものだったか、これほどはっきりと認識させられたのは今回が初めてであった。この演奏を聴けただけでも、至高の歓びである。

 演出はパトリス・シェロー。これがまたすばらしい。
 冷たい牢獄の壁を活用したモノクロームの舞台に展開される、比較的ストレートな演出である。囚人同士の間に、オリジナルの台本には特に指定されていない暴力的な啀み合いを作っているのは、解釈の問題だから致し方ないだろう。際立った主役はいないオペラだが、それだけに各囚人が個性的に描かれる必要がある。その点も、さすがシェローの手腕というべきか、鮮やかな出来栄えだった。

 ルカ役のシュテファン・マルギータ、スクラトフ役のジョン・マーク・エインズリーが光っていた。シャプキン役のペーター・ヘーレは少し小型だろう。アレイヤはエリック・シュトクローサというテナーが歌った。ペトロヴィッチはオラフ・ベーア、特に長い持ち歌がないので分が悪いが、旦那然とした雰囲気だけは出ていた。
 オーケストラはマーラー・チェンバー・オーケストラ、コーラスがアーノルト・シェーベルク合唱団。いずれも立派な出来である。

 第2幕冒頭では、囚人の日課(掃除?)のために、天井から大量の紙屑が落される。パントマイム場面では大立ち回りが行なわれるし、同幕最後には垂れ幕が猛烈な勢いで落下する。その都度、濛々たる埃が舞い上がり、四散する。オケ・ピットの中もひどかったろうが、前列の客たちも大変な被害だ。膝に乗せていたプログラムの上を何の気なしにさわったら、ザラザラになっていた。頭から服から、盛大に埃を被ったわけだ。かぶりつきも善し悪しである。

(後日記)
 このプロダクションは、絶賛を浴びていると聞く。共同制作として夏のエクサン・プロヴァンス音楽祭でも上演され、これまた評判を呼んだ。09年にはメトロポリタン・オペラもこのプロダクションを取り上げるという。ただし指揮はブーレーズではなく、サロネンの由。それも期待できそうだ。

5・17(木)小澤征爾指揮ウィーン・フィル

ウィーン国立歌劇場

 前日にウィーンに入る。一夜明けた今日は、雨で寒い。
 8時より、マーラーの第2交響曲「復活」。
 マーラーの命日に開催される、恒例の「マーラー・コンツェルト」だ。
 このシリーズは、1995年に小澤征爾が指揮する「復活」で開始され、以降ジュリーニ、ムーティ、マゼール、メータ、シノーポリ、ガッティらが指揮台に登場してきた。だが、今回で最終回とか。オープニングと同じ指揮者と曲で結ばれるという趣向。

 客の半分は日本人ではないかと思われるくらい。県人会みたいな雰囲気だ。チケットが入手困難だったのは、日本のツァーに買い占められたせいなのかしら。

 小澤が指揮するウィーン・フィルの演奏にはある種の緊張感があり、クライマックスでの高揚など、充分に聴きごたえがあったと思う。両端楽章のテンポは速めだし、表情も相変わらず直截で、無駄なものは一切ない。
 歌劇場だから残響には乏しく、舞台上のオーケストラの音が極度に乾いて聞こえるため、演奏に潤いが不足する印象は拭えないが、そのへんはこちらの感覚で補正するしかあるまい。会場の音がたとえ悪くても、ウィーン・フィルはやっぱりウィーン・フィルである。

 終演後にマエストロの楽屋を訪れる。
 詳しく書くのは控えるが、どうもこのウィーン国立歌劇場と小澤さんの組み合せは、座りがよろしくない。私は「音楽の友」での鼎談をはじめ、以前からあちこちでそれを正直に言いすぎて、たたかれるもとになっているのだが、しかし学生時代からの根っからの小澤ファンである私にとっては、われわれのかけがえのないスーパースターである彼がこの歌劇場で現在のような立場に追い込まれているのを見るのは辛く、いても立っても居られないような気持になるのである。
 彼が得意とするオペラのレパートリーは、このウィーンのレパートリーではない。彼の本当の良さを生かせる場所は、もっとほかにあるはずなのだ。

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