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<title>東条碩夫のコンサート日記</title>
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<title>５・１３（日）アレクサンドル・ラザレフ指揮日本フィルの「悲愴」と「ライモンダ」</title>
<description> 　　　杉並公会堂（荻窪）　　３時　東銀座から荻窪までは、地下鉄とＪＲ中央快速（四谷から）を利用すれば３０分強で行ける。杉並公会堂は荻窪駅西口から徒歩１０分ほど、そう大きなホールではないが、音響効果はなかなか良い。　今日は珍しくもラザレフがプレトークを行ない、「チャイコフスキーがもっと長生きしていたら、ストラヴィンスキーらの新しい傾向の音楽の形成にも重要な関わりを果たしたことだろう」などの見解を披露
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<![CDATA[ 　　　杉並公会堂（荻窪）　　３時<br /><br />　東銀座から荻窪までは、地下鉄とＪＲ中央快速（四谷から）を利用すれば３０分強で行ける。杉並公会堂は荻窪駅西口から徒歩１０分ほど、そう大きなホールではないが、音響効果はなかなか良い。<br /><br />　今日は珍しくもラザレフがプレトークを行ない、「チャイコフスキーがもっと長生きしていたら、ストラヴィンスキーらの新しい傾向の音楽の形成にも重要な関わりを果たしたことだろう」などの見解を披露した。<br /><br />　プログラムは、グラズノフのバレエ音楽「ライモンダ」の抜粋（４５分ほど）と、チャイコフスキーの「悲愴交響曲」。<br />　「ライモンダ」の音楽など、アンコールで演奏される何曲かを除いては滅多にナマで聴ける作品ではないが、色彩的な響きをオーケストラから引き出すのに長けたラザレフの指揮で聴けば、結構愉しめる曲である。<br /><br />　だがラザレフと日本フィルの良さが発揮されたのは、やはり「悲愴」であった。<br />　何より、オーケストラの音色が明晰になっているのが好い。量感のある響きの中にも、各声部の動きがはっきりと聞き取れる。これは、日本フィルとしては、ラザレフ着任以前にはおそらく、９０年代の広上淳一の指揮で聴けて以来のものだろう。<br />　今回は管楽器群――特に金管楽器群を浮き立たせて特別な効果を生み出させたラザレフの設計が面白かった。ただ、その金管が今一つ緻密だったら、ということもあったが。<br /><br />　激しい動きの第３楽章をむしろ抑制気味にして、その他の３つの緩徐楽章――第１楽章にも緩徐部分は多い――を緻密な構築で際立たせた解釈にも、納得が行く。<br />　そういえばラザレフはプレ・トークで、「中間２楽章は、両端楽章に対しての間奏曲ともいうべき存在である」（つまり頂点は第１楽章と第４楽章にある）と語っていたのである。興味深い見解だ。<br /><br />　第１楽章序奏のアダージョの終りからアレグロの第１主題にかけてのヴィオラの音色には、以前の日本フィルにはなかったような艶と色彩があふれていた。ここにも、最近のこのオケの昂揚が感じ取れるだろう。<br /> ]]>
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<dc:subject>2012年5月</dc:subject>
<dc:date>2012-05-13T23:54:48+09:00</dc:date>
<dc:creator>東条碩夫[音楽評論家]</dc:creator>
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<title>５・１３（日）ＭＥＴライブビューイング　ヴェルディ：「椿姫」</title>
<description> 　　　東劇（銀座）　　１１時　あのザルツブルク音楽祭で話題になった、ウィリー・デッカー演出のプロダクション。　ヴィオレッタに残された命の時間を示す大時計が舞台に置かれ、ト書では第３幕にほんの僅か姿を見せるだけの医師グランヴィルが、ここではドラマ冒頭から登場してヴィオレッタを見守る（もしくは死神の如くヴィオレッタに重圧をかける）という、よく知られたあのプロダクションである。　私はそう好きな舞台ではな
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<![CDATA[ 　　　東劇（銀座）　　１１時<br /><br />　あのザルツブルク音楽祭で話題になった、ウィリー・デッカー演出のプロダクション。<br /><br />　ヴィオレッタに残された命の時間を示す大時計が舞台に置かれ、ト書では第３幕にほんの僅か姿を見せるだけの医師グランヴィルが、ここではドラマ冒頭から登場してヴィオレッタを見守る（もしくは死神の如くヴィオレッタに重圧をかける）という、よく知られたあのプロダクションである。<br />　私はそう好きな舞台ではないので、興味はむしろ歌手陣にあった。<br /><br />　今回のＭＥＴ公演では、ナタリー・デセイ（ヴィオレッタ）、マシュー・ポレンザーニ（アルフレード・ジェルモン）、ディミトリ・フヴォロストフスキー（ジョルジョ・ジェルモン）が主演している。<br /><br />　デセイのヴィオレッタは、われわれ日本のファンには、２０１０年７月のトリノ・オペラ来日公演で既におなじみだ。その演技の微細な巧さは、ザルツブルクでのネトレプコに比べ些かも遜色ないどころか、それを凌ぐところさえあるだろう。もっとも、この映像収録の日（４月１４日）は、どうも少し声の調子が悪かったようだが････。<br />　フヴォロストフスキーのジェルモンは彼の当り役の一つ。演出により演技のニュアンスをさまざまに変える人だが、今回は横柄で尊大で冷然とした、不気味な重圧感を漂わせる父親像という演技を披露して、これも見もの。<br /><br />　指揮は、またまた首席指揮者ファビオ・ルイジだ。今シーズンのＭＥＴではいったい何回の公演を指揮しているのかと思わせるほどの獅子奮迅の活躍である。ワーグナーはともかく、イタリア・オペラを振ると、流石にいい。<br />　１時４５分終映。<br /> ]]>
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<dc:subject>2012年5月</dc:subject>
<dc:date>2012-05-13T23:54:05+09:00</dc:date>
<dc:creator>東条碩夫[音楽評論家]</dc:creator>
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<title>５・１０（木）下野竜也指揮読売日本交響楽団　　　　　　　　　ドヴォルジャーク交響曲シリーズ完結篇</title>
<description> 　　　　サントリーホール　　７時　前半は、ドヴォルジャークの面倒をよく見たブラームスの作品から、「ヴァイオリン協奏曲」。　ソリストのクリストフ・バラーティという青年はハンガリー出身だが、演奏はきわめて正面切った、手堅いものであった。　アンコールで弾いたエルンストの「シューベルトの《魔王》による大奇想曲」も、全く形を崩さぬしっかりした構築の演奏だったが、その中にも父親・魔王・子供の表情をはっきり描き
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<![CDATA[ 　　　　サントリーホール　　７時<br /><br />　前半は、ドヴォルジャークの面倒をよく見たブラームスの作品から、「ヴァイオリン協奏曲」。<br />　ソリストのクリストフ・バラーティという青年はハンガリー出身だが、演奏はきわめて正面切った、手堅いものであった。<br /><br />　アンコールで弾いたエルンストの「シューベルトの《魔王》による大奇想曲」も、全く形を崩さぬしっかりした構築の演奏だったが、その中にも父親・魔王・子供の表情をはっきり描き分けるという、なかなか芸の細かいところをも披露していた。興味深いヴァイオリニストである。<br /><br />　後半が、ドヴォルジャークの「第２交響曲変ロ長調作品４」。<br />　下野＝読響のドヴォルジャーク交響曲シリーズ（全９曲）がこれで完結。お疲れ様でした････と同時に、珍しい曲も聴かせてくれて、感謝したい。何せ日本では、この作曲家の「１番」から「６番」までの交響曲は、ほとんど演奏されることがないのだから。<br /><br />　しかし、この若書きの「第２番」、これまで何人かの指揮者のレコードを聴いたが、面白いと感じたことはかつて一度もなかった。何が何だか解らない曲、というのが正直なところだったのである。<br />　今日の下野＝読響の演奏を聴いて、その印象も少し変わった。やはりナマで聴くと、音楽のつくりや、主題の動きなどが明確に理解できるというものだ。<br /><br />　もっとも、楽屋でマエストロ下野から話を聞くと、「ある程度いじらないと、ごちゃごちゃのまま聞こえてしまう曲だから」だそうで、――つまり、声部のバランスなどにかなり匙加減が必要だということなのだろう。<br />　たしかに今日の演奏は、その点、実に巧くまとめられていた。第２楽章では、美しい個所も際立っていた。特にフィナーレのコーダで、アレグロ・コン・フォーコからみるみるテンポを速めてヴィヴァーチェへ盛り上がり、それが頂点に達して終結するまでの個所など、下野という人は本当に手際が良く、設計が巧いな、と感心させられる。読響の演奏もいい。<br /><br />　おかげでこの「２番」、悪くない曲だと思った。――さりとて、これから何度も聞いてみようと思うまでにはならなかったが････。<br /> ]]>
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<dc:subject>2012年5月</dc:subject>
<dc:date>2012-05-10T23:56:16+09:00</dc:date>
<dc:creator>東条碩夫[音楽評論家]</dc:creator>
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<title>５・９（水）イーヴォ・ポゴレリッチ・ピアノ・リサイタル</title>
<description> 　　　　サントリーホール　　７時　一昨年５月（２００６年の時も）の来日の際の演奏があまりにユニークだったために、今回も覚悟して聴きに出かけたのだが、こちらが「武装」しすぎていたせいか、思いのほか「まとも」だった････いや、彼の演奏としては「まともに近かった」ように感じられたと言ってもいい。　第１部のショパンの「葬送ソナタ」の第１楽章主部が、まさに「アジタート」の指定どおりに激しいテンポで弾かれ始めた
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<![CDATA[ 　　　　サントリーホール　　７時<br /><br />　一昨年５月（２００６年の時も）の来日の際の演奏があまりにユニークだったために、今回も覚悟して聴きに出かけたのだが、こちらが「武装」しすぎていたせいか、思いのほか「まとも」だった････いや、彼の演奏としては「まともに近かった」ように感じられたと言ってもいい。<br /><br />　第１部のショパンの「葬送ソナタ」の第１楽章主部が、まさに「アジタート」の指定どおりに激しいテンポで弾かれ始めたのは意外だったし、第２部１曲目のショパンの「ノクターン　作品４８の１」（普通６～７分かかる）が、僅か９分で済んでしまった（！）のも、前回のポゴレリッチからすれば、予想外と言えよう。<br /><br />　彼に近い人々から話を聞くと、一昨年の彼と、今年の彼とでは、随分（仕事場での）雰囲気が違うという。<br />　一昨年は「ひとの話をちゃんと聞いているのかどうか分らないような」ことも多く、練習にも５時間くらい遅れて来たり、フィラデルフィア管とのリハーサルの時間を強引に変えさせたりするなど、かなり滅茶苦茶な雰囲気だったそうである（夏のザルツブルク音楽祭出演をドタキャンしたのもあの年だった）。<br />　それが今回は、「受け答えもきちんと真面目にしてくれる」し、練習時間にもピタリと会場入りして、「さあ仕事だ！」という雰囲気を漲わせるようになっていたという。「やはりあの頃は、その数年前に夫人を喪ったことも影響していたのかもしれないな」と、関係者は語っていたが････。<br /><br />　とはいえ、そういうバックステージの雰囲気の変化が、すべて直接その演奏解釈の変化に結びついているとは言い難いだろう。<br />　今回も、第１部の「葬送ソナタ」とリストの「メフィスト・ワルツ第１番」は、２曲合わせて５０分（くらいか？　正確に測り損ねた。普通なら３５分くらいだろう）もかかっていたし、第２部２曲目のリストの「ソナタ」は、何と５０分（普通なら３０分程度）を要していた。やはり、ポゴレリッチはポゴレリッチ、なのである。<br />　ただ、前回の時のように、原曲の形さえ定かでなくなるような解釈は、今回は概ね影を潜めていたのではないかと思う。<br /><br />　彼の演奏の特徴についての拙見は、２年前にも書いたから、繰り返すのは止める。<br />　だが今回、つくづく強く印象づけられたことは、その強靭なピアニズムから生れる、音楽の形容し難い物凄さである。<br />　特にリストのソナタ！　あの分厚い強烈な音塊が地を揺るがすばかりに炸裂する瞬間、眼を閉じて聴いていると、まるで暗黒の中から何か魔性的な巨大なものが猛烈な勢いで噴き上がって来るようなイメージに囚われ、空恐ろしいような感情に襲われる。しかも、あれだけ強靭な最強音を含むデュナーミクの対比の中にあって、その音色には、濁りも、刺激的なものも、全くない。むしろ清々しさまで感じさせるというのは、驚異的でさえある。<br /><br />　この独特な音色こそは、ポゴレリッチの音楽がもつ最大の魅力の一つであろう。そして全曲にぴんと張りつめた凄まじいばかりの緊張力、叙情的な個所における旋律と和声との明晰な区別の面白さも――。<br /><br />　このリストのソナタ、正直言って、これまではどんな演奏を聴いても、ヴィルトゥオーゾ的な力の誇示ばかりが耳について、少々煩わしくなるのが常だった。だが、この日のポゴレリッチの演奏を聴いて、初めてこの曲がもつ悪魔的な側面を垣間見たような気がしたのであった。<br />　これは、やはり、ある意味で一つの見事な解釈なのである。――ただし、しばしば聴きたくなるタイプの演奏ではないが。<br /> ]]>
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<dc:subject>2012年5月</dc:subject>
<dc:date>2012-05-09T23:55:34+09:00</dc:date>
<dc:creator>東条碩夫[音楽評論家]</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>５・７（月）新日本フィル創立４０周年記念特別演奏会</title>
<description> 　　　すみだトリフォニーホール　　７時１５分　この日の午後、新日本フィル創立４０周年記念と、音楽監督クリスティアン・アルミンクの最後のシーズン（１３年夏まで）企画の説明、トリフォニーホール開館１５周年記念などを含めた記者発表会が行なわれた。　アルミンクは、来年８月にマーラーの「第３交響曲」を指揮して、１０シーズンにわたる任期を終えることになる。　ともあれ、アルミンクがこれまで果たして来ている役割は
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<![CDATA[ 　　　すみだトリフォニーホール　　７時１５分<br /><br />　この日の午後、新日本フィル創立４０周年記念と、音楽監督クリスティアン・アルミンクの最後のシーズン（１３年夏まで）企画の説明、トリフォニーホール開館１５周年記念などを含めた記者発表会が行なわれた。<br /><br />　アルミンクは、来年８月にマーラーの「第３交響曲」を指揮して、１０シーズンにわたる任期を終えることになる。<br />　ともあれ、アルミンクがこれまで果たして来ている役割は――たとえ昨年の大震災の直後にあれこれあったにしても――非常に大きい。<br />　９０年代には目標を失い、あれほど荒廃していた新日本フィルを、着任以降見事に復活させ、独特の透徹した音色を確立させて演奏水準を高め、レパートリーを大胆に拡大して近代・現代の作品を積極的にプログラムに乗せ、さらには先鋭的な傾向を持つ売れっ子ハーディングやメッツマッハーを定期的な客演指揮者として招聘し、このオーケストラの路線とイメージと個性を明確にしてみせ、――等々、その功績は数え切れないほどある。<br /><br />　席上では、ダニエル・ハーディング（Music Partner of NJP）の２０１３年秋以降２年間の契約延長が発表され、またアルミンクのあとにはインゴ・メッツマッハーが「Conductor in Residence」という肩書でシェフの役割を務めることが発表された。<br />　これは、新日本フィルにとっても、小澤征爾や井上道義、アルミンクら歴代のシェフ（もしくはそれに等しい指揮者）により脈々と継承されて来た「モダンな傾向のオケ」というべき路線を、さらに発展させる意味を持つだろう。<br />　この４０年間、現場でずっとこのオケを聴いて来た私には、それは創立以来の「ブレない路線」に思えて興味深い。<br /><br />　記者発表の最中、大ホールでこれからリハーサルに入るというハーディングが突然現われ、アルミンクと一緒に賑やかに記者連中へ短い挨拶を行なった。<br />　ハーディングの言うところでは、アルミンクとは昔からの知り合いで、自分は昔チビだったが、アルミンクはその頃から「スラリと背の高いいい男」だったとか。また席上では、２人が弟子だった頃についての小澤征爾による印象も紹介されたが、それによれば、ハーディングは昔から「大変なやんちゃ坊や」、アルミンクはその頃から「いい男」だった、とのことである。<br /><br />　さて、「創立４０周年記念特別演奏会」の方は、そのハーディングの指揮で行なわれた（もともとは当然、小澤征爾の予定だったらしいが）。<br />　プログラムはＲ・シュトラウスの「町人貴族」組曲、ワーグナーの「ヴェーゼンドンク歌曲集」、マーラーの第１交響曲「巨人」という、後期ロマン派の香りにあふれるもの。しかも長大である。「巨人」の第１楽章提示部の反復もやったため、終演も９時５０分近くになった。<br />　しかしこれはどれも力演、快演で、ハーディングと新日本フィルがベストの関係にあることを如実に証明していたと言って間違いなかろう。<br /><br />　圧巻はやはり、藤村実穂子をソリストに迎えた「ヴェーゼンドンク歌曲集」であった。彼女の強靭で深みのある声と、ややストイックながら毅然たる風格を感じさせる表情による歌唱もさることながら、ハーディングと新日本フィルがつくり出した豊かなふくらみのある最弱音が見事の一語に尽きる。<br />　ともにあまり粘った表現でないだけに、作品の美しさがむしろストレートに出ていた。久しぶりに「ワーグナーの官能の世界」に酔う。<br /><br />　「町人貴族」も、最初のうちはこういうしなやかな洒落っ気はやはり日本のオケには難しいのかなと感じられたものの、後半は調子も出て、小編成の弦楽器群の軽やかな響きも発揮された。<br /><br />　そして「巨人」は、――第１楽章あたりではホルンがまたしても（！）頼りない音を出し、これは相当重症かなとヒヤヒヤさせられたが、何とかその後は切り抜けたようだ。<br />　演奏は第１楽章から第２楽章にかけエネルギッシュな昂揚を示したものの、ハーディングにしてはやはり未だストレートなタッチであり、フィナーレの狂乱も、むしろ音の均衡に配慮した構築のように感じられる。<br /><br />　しかし、この曲でも、優れていたのはやはりピアニッシモの美しさだった。第４楽章の狂乱の合間にフッと訪れる、静寂の沈潜――今夜のハーディングと新日本フィルの最良のものは、こうした緻密な音づくりの瞬間にこそあったと言えるだろう。<br /><br /> ]]>
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<dc:subject>2012年5月</dc:subject>
<dc:date>2012-05-07T23:13:22+09:00</dc:date>
<dc:creator>東条碩夫[音楽評論家]</dc:creator>
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<title>５・６（日）ＭＥＴライブビューイング　マスネ：「マノン」</title>
<description> 　　　東劇（銀座）　　１時３０分　ロラン・ペリーの演出で、コヴェントガーデン・ロイヤル・オペラ、ミラノ・スカラ座、トゥールーズ・カピトール・オペラとの共同制作によるレパートリー・プロダクション。　４月７日上演の映像で、指揮はまたファビオ・ルイジだ。　今回は、アンナ・ネトレプコがタイトル・ロールを歌うのが売り物。　たしかにここでも、彼女の華麗な姿はずば抜けた存在感である。彼女より歌の上手いマノン役は
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<![CDATA[ 　　　東劇（銀座）　　１時３０分<br /><br />　ロラン・ペリーの演出で、コヴェントガーデン・ロイヤル・オペラ、ミラノ・スカラ座、トゥールーズ・カピトール・オペラとの共同制作によるレパートリー・プロダクション。<br />　４月７日上演の映像で、指揮はまたファビオ・ルイジだ。<br /><br />　今回は、アンナ・ネトレプコがタイトル・ロールを歌うのが売り物。<br />　たしかにここでも、彼女の華麗な姿はずば抜けた存在感である。彼女より歌の上手いマノン役は他にもいるが、彼女ほど演技の巧みなマノンは、他に例を見ないだろう。<br />　田舎娘が貴婦人に、やがて情欲に駆られる女に、そして落ちぶれた女に――と変身して行くさまを一つのオペラの中で演じ分けるというのは大変なことに違いないが、それをネトレプコは、ものの見事に果たして見せる。<br />　物語の最初の方での、茶目っ気のある愛らしい田舎娘のマノンと、「女」になってからのマノンとの、あの別人のような違いを、彼女は何と鮮やかに演じ分けていることか。<br /><br />　共演は、ピョートル・ベチャワ（騎士デ・グリュー）、パウロ・ショット（レスコー）、デイヴィッド・ピッツィンガー（デ・グリュー伯爵）、クリストフ・モルターニュ（ギヨー）ほか。<br />　脇役にいたるまでがっちりと固められ、群集の動きも隙なくまとめられていて、舞台の雰囲気も熱い。<br /><br />　ショット（ゾット？　Szot）の歌の上手いのには感心した。一昨年３月のショスタコーヴィチの「鼻」では、「ミュージカル《南太平洋》で２００８年にトニー賞を受け注目されている歌手がＭＥＴデビュー！」と騒がれていたので、何か「ミュージカル歌手がオペラに出て」話題になっているような雰囲気だったけれど、実は「オペラ歌手がミュージカルの舞台に出ていた」ということだったようである。あの時のコワリョーフ少佐役は絶品だったが、今回のレスコーもなかなか良かった。<br /> ]]>
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<dc:subject>2012年5月</dc:subject>
<dc:date>2012-05-06T23:30:37+09:00</dc:date>
<dc:creator>東条碩夫[音楽評論家]</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>５・５（土）ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン（８）ヤーン＝エイク・トゥルヴェ指揮ヴォックス・クラマンティス＋勅使河原三郎</title>
<description> 　　　東京国際フォーラム　ホールＣ（ドストエフスキー）　８時　昨日と同一プログラムだが、今日は勅使河原三郎、佐東利穂子らのダンスが加わっているのが呼びもの。　ダンサーは勅使河原を含め計６人。「カノン・ポカヤネン」（抜粋）の曲が進むにつれ数を増やし、痛悔の祈りとともに動きの激しさを増して行くあたりは圧巻であった。　今日は会場が大きいので、１階後方からは合唱の響きが遠く聞こえ、あの清澄で深々としたハー
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<![CDATA[ 　　　東京国際フォーラム　ホールＣ（ドストエフスキー）　８時<br /><br />　昨日と同一プログラムだが、今日は勅使河原三郎、佐東利穂子らのダンスが加わっているのが呼びもの。<br />　ダンサーは勅使河原を含め計６人。「カノン・ポカヤネン」（抜粋）の曲が進むにつれ数を増やし、痛悔の祈りとともに動きの激しさを増して行くあたりは圧巻であった。<br /><br />　今日は会場が大きいので、１階後方からは合唱の響きが遠く聞こえ、あの清澄で深々としたハーモニーの美しさも昨日ほど伝わって来ないというもどかしさがある。次第に耳が慣れて来れば、それなりに感動はできるけれど。<br /><br />　最後の「カノンの後の祈り」で、他のパートがフレーズとフレーズの合間に長い静寂を置いている時にも、ソプラノの高い最弱音だけがエコーのように切れ目なく響き続ける個所がいくつかある。あたかも、この世ならざる世界からの音を聴く思いだ。歌手たちの巧さ！<br />　そして、昨日もそうだったが、最終の「アーメン」の、壮大な静寂ともいうべきハーモニーの響きの美しさ。　<br />　私はキリスト教徒ではないが、純粋な音楽としてのその力には魅了されずにはいられない。<br /><br />　８時の開演は、何故か１５分近く遅れた。そのため、９時から「ホールＡ」のファイナル・コンサートに行きたいお客さんだろうか、演奏の最中から席を立って急ぎ足で出口に向かう人が続出。その出口が後方１個所に限られているため、通路をウロウロし、係員に慌しい囁き声で指示されるというケースが多く、ただでさえピアニシモの多いこの合唱と、まさにクライマックスに向かわんとするダンスへの集中力がかき乱されること夥しい。<br /><br />　だが、もちろん大多数の聴衆は最後まで残り、カーテンコールを４回も繰り返し、ついにスタンディング・オヴェーションにまで至った。合唱団には、昨日の埋め合わせを果たしたということになるだろう。熱烈な拍手を送っている聴衆に、圧倒的に若い人たちが多いのはうれしい。ただ拍手は、どうも合唱団よりも、勅使河原三郎たちに対して強かったような････。<br /><br />　終演は９時過ぎ。ガラス棟ロビーで同業者たちと立ち話をしているうちに、時間はいつの間にか１０時をまわる。<br />　この時間に行なわれているのは、もう「ホールＡ」のベレゾフスキーやウラル・フィルによるファイナル・コンサートのみである。コンコースにはお客さんもほとんどいなくなった。目に入るのは、あちこちで片づけをしているスタッフの姿だけ。祭りの終りは、いつも寂しい。<br /> ]]>
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<dc:date>2012-05-05T23:56:13+09:00</dc:date>
<dc:creator>東条碩夫[音楽評論家]</dc:creator>
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<title>５・４（金）ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン（７）ヤーン＝エイク・トゥルヴェ指揮ヴォックス・クラマンティス</title>
<description> 　　　東京国際フォーラム　ホールＢ５（ツルゲーネフ）　３時　エストニアの混声合唱団。１６人編成で、そのハーモニーの透明な美しさと完璧な均衡は、驚異的でさえある。　プログラムはシリウス・クレークの「夜の典礼」、作曲者不明の聖歌、アルヴォ・ペルトの「カノン・ポカヤネン」からの抜粋。何といってもペルトの作品がこの合唱団のトレードマーク的存在だ。　ゆっくりしたテンポで進み続ける「悔恨のカノン」の沈潜した雰
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<![CDATA[ 　　　東京国際フォーラム　ホールＢ５（ツルゲーネフ）　３時<br /><br />　エストニアの混声合唱団。１６人編成で、そのハーモニーの透明な美しさと完璧な均衡は、驚異的でさえある。<br /><br />　プログラムはシリウス・クレークの「夜の典礼」、作曲者不明の聖歌、アルヴォ・ペルトの「カノン・ポカヤネン」からの抜粋。何といってもペルトの作品がこの合唱団のトレードマーク的存在だ。<br /><br />　ゆっくりしたテンポで進み続ける「悔恨のカノン」の沈潜した雰囲気は独特のものだが、その最弱音で続くハーモニーに些かも不安定な揺れが感じられず、清澄な音色の中に息詰まる緊張感が終始保たれているところ、この合唱団の実力は恐るべきものである。<br /><br />　最後に最弱音で「アーメン」が断続的に反復されて結ばれる個所など、各声部の完璧な均衡もさることながら、特に高音域のソプラノの音色の清らかさには、思わず居住まいを正したくなる。この最後の１分間を聴いただけでも、この「ヴォックス・クラマンティス」のコンサートを聴きに来てよかったという気がする。<br /><br />　今回来日した３つの合唱団は、それぞれ最高水準にある団体ばかり。ちょっと渋めではあるものの、今年のＬＦＪの中でも、最も良心的な企画と言えるだろう。<br /><br />　お客さんの中には、欲張って次に聴く公演の予定をぎりぎりに組んでいるのか、脱兎の如く飛び出して行く人が毎回必ず２０～３０人いる。<br />　だが、演奏が終ってすぐ、カーテンコールでの答礼が始まるか始まらないかのうちに、アーティストのすぐ前を、荷物を抱え、列を為してドドドドと走って行くというのは、どうみても演奏者に対して礼を失した態度ではないか？　<br />　このコンサートでも、合唱団員たちは、目の前を物凄い勢いで横切って行く人々を見て苦笑していた。もっとも、直前まで人間業とは思えぬほどの完璧な美しい音楽を聴かせていた女声歌手たちが、走り去る人々を見て、互いに顔を見合わせ、口に手を当てて笑っている様子は、妙に人間的なものに見えたことはたしかだが。<br /> ]]>
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<dc:date>2012-05-04T23:41:43+09:00</dc:date>
<dc:creator>東条碩夫[音楽評論家]</dc:creator>
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<title>５・４（金）ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン（６）モディリアーニ弦楽四重奏団とプラジャーク弦楽四重奏団メンバーの協演</title>
<description> 　　　よみうりホール（トルストイ）　　１１時３０分　国際フォーラムから通りを隔てた読売会館の中にあるよみうりホール――今年は「トルストイ」という名が付されているが、東京のＬＦＪコンサート会場の中では、アコースティックはここが一番マシだろう。　フランスのモディリアーニ弦楽四重奏団がまずショスタコーヴィチの「弦楽四重奏曲第１番」を演奏し、次いでプラジャーク弦楽四重奏団のヴィオラとチェロが参加して、チャイ
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<![CDATA[ 　　　よみうりホール（トルストイ）　　１１時３０分<br /><br />　国際フォーラムから通りを隔てた読売会館の中にあるよみうりホール――今年は「トルストイ」という名が付されているが、東京のＬＦＪコンサート会場の中では、アコースティックはここが一番マシだろう。<br /><br />　フランスのモディリアーニ弦楽四重奏団がまずショスタコーヴィチの「弦楽四重奏曲第１番」を演奏し、次いでプラジャーク弦楽四重奏団のヴィオラとチェロが参加して、チャイコフスキーの「フィレンツェの思い出」を演奏するという趣向。<br />　すっきりした味のロシア音楽だが、演奏自体は活力があって、密度も濃い。<br /> ]]>
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<title>５・４（金）ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン（５）シネ・コンセール　プロコフィエフ：「ピーターと狼」</title>
<description> 　　　東京国際フォーラム　ホールＡ（プーシキン）　午前１０時　ナントでは取材陣のみんなが絶賛していた「映画と生演奏によるピーターと狼」――私はその時には見られなかったのだが、今回初めて観て、なるほどこれは良く出来ているし、面白いものだと感心した。　映画の方は、スージー・テンプルトン監督によるアニメだ。　主人公のピーターは少し目付きが悪く、屈折した感じの子供に見えたが、それより猫と狼の表情が実にリアル
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<![CDATA[ 　　　東京国際フォーラム　ホールＡ（プーシキン）　午前１０時<br /><br />　ナントでは取材陣のみんなが絶賛していた「映画と生演奏によるピーターと狼」――私はその時には見られなかったのだが、今回初めて観て、なるほどこれは良く出来ているし、面白いものだと感心した。<br /><br />　映画の方は、スージー・テンプルトン監督によるアニメだ。<br />　主人公のピーターは少し目付きが悪く、屈折した感じの子供に見えたが、それより猫と狼の表情が実にリアルで生き生きしているのが面白い。最後はピーターが狼を逃がしてやり、「自然の保護、和解の精神」を謳うといったストーリーがミソであろう。<br />　ナレーションは一切無く、映像上映と演奏だけで構成する仕組。狼が小鳥やアヒルや猫を追い回す場面など、さすがに映像はナレーションよりも迫力がある。<br /><br />　演奏していたのは、ＬＦＪ来日オーケストラ軍団の中核をなす、ドミトリー・リス指揮が指揮するウラル・フィルハーモニー管弦楽団。今日の演奏は珍しくまとまりが良かった。<br /><br />　この５０００人収容の「ホールＡ」、ＰＡを使わないとうしろまで聞こえないとか何とか、評判があまりよろしくないが、１階席前方１０列あたりまではナマの音が意外と良い音質で聞こえることが判明。今日は初めて８列目で聴いたのだが、ウラル・フィルの弦がすこぶる柔らかく、きれいに聞こえたのであった。<br /> ]]>
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<dc:date>2012-05-04T23:40:09+09:00</dc:date>
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<title>５・３（木）ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン（４）ウラディスラフ・チェルヌチェンコ指揮カペラ・サンクトペテルブルク</title>
<description> 　　東京国際フォーラム　ホールＢ７（チェーホフ）　８時　５００年の歴史を誇り、現在は６０人近い編成を採る素晴らしい混声合唱団。　満員の大ホールのあまり良くない席に押し込められて聴いたナントにくらべ、今日は８００席程度の手頃な広さの会場だったため、豊麗でふくらみのあるハーモニーが存分に楽しめたような気がする。　今日のプログラムには宗教的な作品はほとんどなく、スヴィリドフやガヴリーリンの劇付随音楽やカ
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<![CDATA[ 　　東京国際フォーラム　ホールＢ７（チェーホフ）　８時<br /><br />　５００年の歴史を誇り、現在は６０人近い編成を採る素晴らしい混声合唱団。<br /><br />　満員の大ホールのあまり良くない席に押し込められて聴いたナントにくらべ、今日は８００席程度の手頃な広さの会場だったため、豊麗でふくらみのあるハーモニーが存分に楽しめたような気がする。<br />　今日のプログラムには宗教的な作品はほとんどなく、スヴィリドフやガヴリーリンの劇付随音楽やカンタータなどからの抜粋合唱曲、それにロシア民謡３曲といったプログラムだった。<br /><br />　中でも「１２人の盗賊」という民謡のソロを歌ったバス歌手の気品ある雄大な、しかも温かい人間味を湛えた堂々たる深みのある低音がずば抜けて素晴らしい。これを支える合唱の美しいハーモニーと相まって、曲が終って拍手が起こるまでのほんの僅かの間には、客席から嘆声と軽いどよめきさえ聞こえたほどである。<br />　「鐘の音は単調に鳴り響く」でのテノール・ソロを囲む合唱のハーモニーの豊かさも忘れがたい。<br /><br />　これも、「ロシアの合唱」の厚み、壮大さ、温かさを満喫させてくれた演奏会。<br /> ]]>
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<dc:date>2012-05-03T23:39:17+09:00</dc:date>
<dc:creator>東条碩夫[音楽評論家]</dc:creator>
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<title>５・３（木）ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン（３）アナトリー・グリンデンコ指揮モスクワ大司教座合唱団</title>
<description> 　　　東京国際フォーラム　ホールＢ５（ツルゲーネフ）　６時３０分　これは、ナントでも聴いた１２人編成の迫力ある男声合唱団（ＬＦＪの「ブログ隊」が「男祭り」と評した）。ルネ・マルタン（音楽祭総合プロデューサー）の謂う「ロシア正教の正統派合唱団」である。　今回のコンサートでは、１６～１７世紀のロシア典礼合唱計４曲に、ラフマニノフ、グレチャニノフの合唱曲１曲ずつ、ロシア民謡２曲。ナントよりは軽いプログラ
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<![CDATA[ 　　　東京国際フォーラム　ホールＢ５（ツルゲーネフ）　６時３０分<br /><br />　これは、ナントでも聴いた１２人編成の迫力ある男声合唱団（ＬＦＪの「ブログ隊」が「男祭り」と評した）。ルネ・マルタン（音楽祭総合プロデューサー）の謂う「ロシア正教の正統派合唱団」である。<br /><br />　今回のコンサートでは、１６～１７世紀のロシア典礼合唱計４曲に、ラフマニノフ、グレチャニノフの合唱曲１曲ずつ、ロシア民謡２曲。ナントよりは軽いプログラム編成だ。<br />　今日は、何故かアンサンブルがあの時ほど完璧とは思えなかった。だが、大地から湧き出るような、重厚な声のパワーはやはり凄い。これこそ、ロシアの男声合唱の真髄というものだろう。<br /> ]]>
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<dc:date>2012-05-03T23:38:24+09:00</dc:date>
<dc:creator>東条碩夫[音楽評論家]</dc:creator>
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<title>５・３（木）佐藤久成ヴァイオリン・リサイタル</title>
<description> 　　　東京文化会館小ホール　　２時　東京国際フォーラムでのＬＦＪから一寸抜け出して、有楽町から山手線で１０分、上野に向かう。着いた時には、ここも土砂降り。だが、それにもめげず人が出ている。　超個性派ヴァイオリニストと謂われる佐藤久成の演奏は、以前にＣＤで「トリスタンとイゾルデ」の編曲版などを聴いたことがあるけれども、ナマのリサイタルを聴く機会がなかなか無かった。今回はプログラムも個性的だし、という
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<![CDATA[ 　　　東京文化会館小ホール　　２時<br /><br />　東京国際フォーラムでのＬＦＪから一寸抜け出して、有楽町から山手線で１０分、上野に向かう。着いた時には、ここも土砂降り。だが、それにもめげず人が出ている。<br /><br />　超個性派ヴァイオリニストと謂われる佐藤久成の演奏は、以前にＣＤで「トリスタンとイゾルデ」の編曲版などを聴いたことがあるけれども、ナマのリサイタルを聴く機会がなかなか無かった。今回はプログラムも個性的だし、ということで駆けつけてみた次第。<br />　会場で配られたチラシ（７月のリサイタル予告）に、「（宇野）功芳を熱狂させた男・佐藤久成」という字があったのには、何故か少々たじろいだが････。<br /><br />　今回のプログラムは、前半にフランティセク・オンドジーチェク編曲によるワーグナーの「さまよえるオランダ人」序曲、ハンス・ジット編曲によるワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第１幕前奏曲、オスカル・ネドバルの「ヴァイオリン・ソナタ　ロ短調」。後半にヘルマン・ゲルトナー編曲によるワーグナーの「ジークフリートの葬送行進曲」（佐藤自身の編曲も入っているという）、Ｒ・シュトラウスの「ヴァイオリン・ソナタ変ホ長調」というもの。<br /><br />　意欲的なレパートリーだが、なるほど演奏も非常に個性的だ。所謂美音に囚われず、あらゆるフレーズ、あらゆるリズムを噛み締めるように、激しい情熱をこめて弾く。時に余韻嫋々と、時に激情を吐露するが如く、その演奏姿もまるで聴衆に挑みかかるような形相を見せることがある。<br />　今日のプログラムの中では、ワーグナー編曲ものが流石に面白かった。構造は原曲と同一ながら、「ワーグナーの○○によるカプリース」のような趣きを呈している。だが、最も「心に響いた」のは、ジプシー的な情緒も交えて演奏されたネドバルのソナタだった。<br />　ピアノは田中良茂。<br /><br />　４時終演、再び有楽町の国際フォーラムに戻る。<br /> ]]>
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<dc:subject>2012年5月</dc:subject>
<dc:date>2012-05-03T23:37:32+09:00</dc:date>
<dc:creator>東条碩夫[音楽評論家]</dc:creator>
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<title>５・３（木）ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン（２）　　　　　　フェイサル・カルイ指揮ベアルン地方ポー管弦楽団＆ペレス</title>
<description> 　　　東京国際フォーラム　ホールＣ（ドストエフスキー）　　１２時　ナントでも聴いた指揮者とオーケストラで、あの時はまあまあの出来だと思ったが、今日の演奏は何ともはや････。　チャイコフスキーの「胡桃割り人形」組曲など、「小さい序曲」では管楽器が音を外しっ放し。それでもプロですか、いくら何でももう少し真面目にちゃんと演奏しなさいよ、さっきのＯＥＫを見習い給え、と言いたくなるほどの雑な出来だ。　たとえ家
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<![CDATA[ 　　　東京国際フォーラム　ホールＣ（ドストエフスキー）　　１２時<br /><br />　ナントでも聴いた指揮者とオーケストラで、あの時はまあまあの出来だと思ったが、今日の演奏は何ともはや････。<br />　チャイコフスキーの「胡桃割り人形」組曲など、「小さい序曲」では管楽器が音を外しっ放し。それでもプロですか、いくら何でももう少し真面目にちゃんと演奏しなさいよ、さっきのＯＥＫを見習い給え、と言いたくなるほどの雑な出来だ。<br /><br />　たとえ家族連れの多いコンサートでも、手を抜いた演奏ではいけない。例年ＬＦＪで来日するオーケストラは、どうも雑な演奏をするのが多いのが問題だ。少しくらい雑でも、演奏に濃い味があるというのなら結構なのだが････。<br /><br />　２曲目のラフマニノフの「パガニーニの主題によるラプソディー」では、ご贔屓のルイス・フェルナンド・ペレスがソリストとして登場。彼も何故か出だしは全く冴えない。中盤からは、ソリストもオーケストラも、どうやら持ち直した。<br /> ]]>
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<dc:subject>2012年5月</dc:subject>
<dc:date>2012-05-03T22:41:29+09:00</dc:date>
<dc:creator>東条碩夫[音楽評論家]</dc:creator>
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<title>５・３（木）ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン（１）　　　　　　井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢</title>
<description> 　　　東京国際フォーラム　ホールＣ（ドストエフスキー）　１０時１５分　土砂降りの中で開幕した東京のラ・フォル・ジュルネ（以下ＬＦＪ）、さすがに午前中は「展示ホール」や「地上広場」への出足は鈍かったようだが、前以てチケットを買っている人たちは、雨でも何でも、予定通りコンサート会場にやって来る。地下駐車場では、子供と一緒の家族連れが多く見られた。　私が最初に入ったのは「ホールＣ」（今年はロシアがテーマ
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<![CDATA[ 　　　東京国際フォーラム　ホールＣ（ドストエフスキー）　１０時１５分<br /><br />　土砂降りの中で開幕した東京のラ・フォル・ジュルネ（以下ＬＦＪ）、さすがに午前中は「展示ホール」や「地上広場」への出足は鈍かったようだが、前以てチケットを買っている人たちは、雨でも何でも、予定通りコンサート会場にやって来る。地下駐車場では、子供と一緒の家族連れが多く見られた。<br /><br />　私が最初に入ったのは「ホールＣ」（今年はロシアがテーマだから、ドストエフスキーと名付けられている。約１５００席）で、井上道義とオーケストラ・アンサンブル金沢（ＯＥＫ）が出演していた。<br />　金沢でもＬＦＪが行なわれているのに、よくまあ遠路遙々、たった１公演のためにわざわざ来てくれたものである。<br /><br />　プログラムはシュニトケの「モーツァルト・ア・ラ・ハイドン」と、プロコフィエフの「ピーターと狼」。ＯＥＫは、良い音で、しっかしりした良い演奏を聴かせてくれた。<br />　シュニトケでは、動き回りながら演奏する弦楽器奏者たちの制御に手を焼く指揮者――といった構図を、井上道義が例の如く大芝居で演じて、客を愉しませる。<br />　一方「ピーターと狼」では、語り手も受け持ちつつ、舞台上から客席まで暴れ回る井上の八面六臂の活躍が見もの。自宅で飼っているというアヒル（まひるという名だそうな）まで連れて来て舞台を歩かせ、客席を大いに盛り上げていた。このアヒル、実に美しくて可愛くて、しかも愛想がいい。<br /><br />　かくも一所懸命にサービスして家族連れの客を笑わせ、愉しませようとする井上道義の姿勢は、実に見上げたものと言うべきであろう。<br /> ]]>
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<dc:date>2012-05-03T22:40:36+09:00</dc:date>
<dc:creator>東条碩夫[音楽評論家]</dc:creator>
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<title>５・２（水）東京フィルハーモニー交響楽団創立１００周年特別演奏会</title>
<description> 　　　サントリーホール　　４時　１９１１年（明治４４年）に誕生した名古屋の「いとう呉服店（現大丸松坂屋）少年音楽隊」がルーツとなる東京フィル――本来は昨年が創立１００周年に当っていたが、予定していた大規模な記念演奏会が大震災の影響で中止となったため、内容を簡略化した形で今年開催されたもの。　桂冠名誉指揮者チョン・ミョンフンの指揮で、ドヴォルジャークの「新世界交響曲」とラヴェルの「ボレロ」がプログラム
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<![CDATA[ 　　　サントリーホール　　４時<br /><br />　１９１１年（明治４４年）に誕生した名古屋の「いとう呉服店（現大丸松坂屋）少年音楽隊」がルーツとなる東京フィル――本来は昨年が創立１００周年に当っていたが、予定していた大規模な記念演奏会が大震災の影響で中止となったため、内容を簡略化した形で今年開催されたもの。<br />　桂冠名誉指揮者チョン・ミョンフンの指揮で、ドヴォルジャークの「新世界交響曲」とラヴェルの「ボレロ」がプログラムに組まれた。<br /><br />　２曲ともチョン好みの超大編成による演奏だったが、今日は一種の祭典だから、どうこう言わずに、気軽に愉しむに如くはない。<br />　「新世界」は１８型（但しコントラバスは１２本）の木管倍加編成で、ごくごくストレートな手堅い演奏。この超大編成の弦の威力が最大限に発揮されたのは第４楽章である。<br /><br />　また「ボレロ」は、当初から「１５０人編成の」と銘打たれており、事務局によれば第１ヴァイオリンが２１本とかに増やされているという話だった（各楽器の数をかぞえようかと思ったが、目がチラチラするので止めた）。<br />　Ｐ席にもバンダのような形で金管・木管・小太鼓を配置し、曲の後半に参加させるという方法が採られた。とにかく最後の数小節では、物凄い大音量になったのは事実である。<br /><br />　ただし、この大規模な「バンダ」が参加すると、明らかに管楽器群全体の音色が濁り、オーケストラのバランスと音色も一変して、何ともカオス的な音になってしまったのも事実なのであった。<br />　はからずもこれは、ラヴェルの管弦楽法がもともと如何に完璧に出来ているか――つまり彼の総譜では、すべての楽器はまさに適正な数で書かれているのだということを再認識出来る絶好の機会となったのである。<br />　が、これも、あれこれ言うのは野暮であろう。<br /><br />　そのあとは、チョンの祝賀スピーチと、聴衆全員の「Happy　Birthday、TPO！」の声を受け、「ウィリアム・テル」序曲の「スイス軍隊の行進」が威勢よく愉しく演奏（ここではハープなど、もともとスコアにない楽器まで演奏に参加していた！）される。最後の十数小節ではオケ全員が立ち上がるという「のだめ」さながらの演出。<br /><br />　終演後は小ホールとホワイエに招待客を集めて記念パーティ。東京フィル楽員たちの隠し芸大会が秀逸。<br />　しかし、さらに秀逸なのは、ここで２１１１年の東京フィルの演奏会への招待状が配布されたことだろう。ロマンと夢とシャレがあって好い。<br />　<br /> ]]>
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<dc:subject>2012年5月</dc:subject>
<dc:date>2012-05-02T23:57:46+09:00</dc:date>
<dc:creator>東条碩夫[音楽評論家]</dc:creator>
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<title>４・３０（月）ロシア・ピアニズムの継承者たち第６回　リリヤ・ジルベルシュタイン</title>
<description> 　　　　すみだトリフォニーホール　　３時　ロシア人なら「シュタイン」でなく「シテイン」と表記するべきではないかと思うが、９０年からハンブルクに移住しているというから、ドイツ読みで通しているのか、それとも国籍をドイツに移したのか。　トリフォニーホール開催の「ロシア・ピアニズム～」第６回、今日はまず彼女がソロで「展覧会の絵」を弾き、次にヴァシリス・クリストプロス指揮する新日本フィルがストラヴィンスキー
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<![CDATA[ 　　　　すみだトリフォニーホール　　３時<br /><br />　ロシア人なら「シュタイン」でなく「シテイン」と表記するべきではないかと思うが、９０年からハンブルクに移住しているというから、ドイツ読みで通しているのか、それとも国籍をドイツに移したのか。<br /><br />　トリフォニーホール開催の「ロシア・ピアニズム～」第６回、今日はまず彼女がソロで「展覧会の絵」を弾き、次にヴァシリス・クリストプロス指揮する新日本フィルがストラヴィンスキーの「火の鳥」（１９１９年版）を演奏、最後に３者がチャイコフスキーの「ピアノ協奏曲第１番」を協演した。<br />　演奏会タイトルからすれば主役はピアニストのはずだが、何か指揮者とオケの顔も立てたプログラムという感がなくもない。<br /><br />　ジルベルシュタインのピアノは「展覧会の絵」では至極素っ気なく、絵の標題などにこだわらず淡々と弾いて行くといった演奏で、さっぱり面白くない。むしろあとの協奏曲の方に、強靭なピアニズムと凛然たる表情が漲っていて、余程愉しめた。<br /><br />　一方、指揮者とオーケストラは、呼吸が合わないのか何なのか、たとえば「火の鳥」の「魔王カスチェイの凶悪な踊り」の後半などでオヤオヤと首を傾げるような楽器のバランスになったりして、もう少し軽い曲を選んでおけば無難に済んだろうにと思う。<br /><br />　それに、協奏曲冒頭のホルンがまた音を外したのは何ともいただけない。<br />　新日本フィル、つい先日もハーディング＆ラルス・フォークトとの協演のチャイコフスキーで同じことがあったのでは？　その前のマーラーの「９番」の時といい、最近の新日本フィルのホルンは、何か変である。いや、オケそのものの音が、あの大震災後のアルミンクとの確執を境として、まとまりを失っているように感じられるのだ。奮起されたい。<br /> ]]>
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<dc:subject>2012年４月</dc:subject>
<dc:date>2012-04-30T23:15:30+09:00</dc:date>
<dc:creator>東条碩夫[音楽評論家]</dc:creator>
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<title>４・２９（日）オーギュスタン・デュメイ指揮関西フィルハーモニー管弦楽団</title>
<description> 　　　ザ・シンフォニーホール（大阪）　　３時　指揮者デュメイは、しばしばユニークなプログラムを組む。　今日のは、メンデルスゾーンのシェーナとアリア「不幸な女」（ロンドン初演版）で開始したあと、ブラームスの「セレナード第１番」を演奏、第２部はモーツァルトのアリア「私は行く、でも何処へ？」で始め、結びはラロの「スペイン交響曲」――という曲目編成。オーケストラの定期としては一風変った構成と言えよう。　「ガ
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<![CDATA[ 　　　ザ・シンフォニーホール（大阪）　　３時<br /><br />　指揮者デュメイは、しばしばユニークなプログラムを組む。<br />　今日のは、メンデルスゾーンのシェーナとアリア「不幸な女」（ロンドン初演版）で開始したあと、ブラームスの「セレナード第１番」を演奏、第２部はモーツァルトのアリア「私は行く、でも何処へ？」で始め、結びはラロの「スペイン交響曲」――という曲目編成。オーケストラの定期としては一風変った構成と言えよう。<br /><br />　「ガラ・コンサート」とチラシにも書いてあったが、別の面から見れば、旧き良き時代の演奏会のスタイルを少し織り込んだもの、と言えるかもしれない。しかし、こうしたプログラミングでそのオーケストラの特色を出そうという姿勢は、面白い。<br /><br />　メンデルスゾーンのアリアを日本のオケが定期で取り上げることはまず無いと思われるし、私も初めて聴いたのだが、いかにもこの作曲家らしい、軽快で推進力のある美しい曲だ。何よりデュメイのテンポが好く、関西フィルも軽やかに進む。<br />　ソプラノはオランダの若手ソーニャ・ヴォルテンで、美貌だし、声も清純で伸びがいいし、聴いていて快い。<br />　ヴァイオリンのソロ・パートはデュメイ自ら受け持ったが、これまた艶然華麗な音色で、ソプラノ・ソロを圧倒するほどの音量を発揮する。<br /><br />　健在なりデュメイ、いっそ「スペイン交響曲」も自分で弾き振りしてくれればいいのに、と思ったほどだが、そちらの方にはニキータ・ボリソ＝グレブスキーがソリストとして登場した。もちろんこのボリソ＝グレブスキーとて、２００７年のチャイコフスキー国際コンクールでこそ神尾真由子に次ぐ第２位だったものの、ヨアヒム、オイストラフ、クライスラー、シベリウスなどの国際コンクールでは悉く優勝を重ねて来た青年であり、若々しく鮮やかなテクニックと、盛り上げの巧さでは人後に落ちない。<br />　<br />　ただ、第３楽章（インテルメッツォ）を割愛したのは――彼のアイディアか、デュメイの勧めかは定かでないが――今の演奏家がやるべきことではなかろう。<br />　楽器のせいか（あるいはこちらの聴いた席のせいか？）曲の前半では音が「鳴ら」ず、色彩感にも不足して、もどかしさを感じた。しかし、後半では勢いを盛り返して聴衆を沸かせ、さらにアンコールで弾いたイザイの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第２番」のフィナーレ「復讐の女神たち」では奔放な華やかさを聞かせて、いっそう会場を盛り上げた。<br /><br />　演奏会はこれで終わったため、最後は指揮者が現われず、ソリストだけが何度もカーテンコールに応じて、コンマスの合図でオケが引き揚げる――という図でお開きとなった。これも珍しかろう。<br /><br />　なお、モーツァルトのアリアでは、前述のヴォルテンが再び登場して美声を聞かせた。<br />　またブラームスの「セレナード第１番」は、この日のプログラムの中でオーケストラが主役になる唯一の作品で、ここでは関西フィルが好演を展開。デュメイの個性を反映して、重々しくならず、好い意味での軽やかですっきりしたブラームスが創り出された。理屈っぽい構築性を感じさせない、寛いだブラームス像である。私はこの曲が好きだから、結構愉しんだのだけれど。<br /><br />　デュメイが関西フィルの音楽監督に就任してから、まだ１年と３ヶ月。演奏のはしはしに彼のカラーが反映されてはいても、シェフとオケとの個性が確立されるのには、どんなに早くても数年はかかる。そして、彼がもっとしばしば定期で振ることが必要であろう。<br /><br />　　　　　　⇒モーストリークラシック７月号<br />　<br /> ]]>
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<dc:subject>2012年４月</dc:subject>
<dc:date>2012-04-29T23:11:49+09:00</dc:date>
<dc:creator>東条碩夫[音楽評論家]</dc:creator>
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<title>４・２５（水）ロジャー・ノリントン指揮ＮＨＫ交響楽団のベートーヴェンとブラームス</title>
<description> 　　　サントリーホール　　７時　前半は弦１０型編成によるベートーヴェン２曲。　冒頭、「コリオラン」序曲が、強靭なティンパニの一撃を交えて炸裂する。この曲は、こういうダイナミックな開始の演奏でこそ、悲劇的な曲想が生きるというもの。あのフルトヴェングラーとベルリン・フィルの大戦中の凄愴なライヴ録音を聴いて震撼させられて以来、最初の全管弦楽の５つのフォルティシモは絶対このように激しくあるべきだ、と思って
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<![CDATA[ 　　　サントリーホール　　７時<br /><br />　前半は弦１０型編成によるベートーヴェン２曲。<br /><br />　冒頭、「コリオラン」序曲が、強靭なティンパニの一撃を交えて炸裂する。この曲は、こういうダイナミックな開始の演奏でこそ、悲劇的な曲想が生きるというもの。あのフルトヴェングラーとベルリン・フィルの大戦中の凄愴なライヴ録音を聴いて震撼させられて以来、最初の全管弦楽の５つのフォルティシモは絶対このように激しくあるべきだ、と思っている。もっとも今夜は、その２つ目は何か不思議な音になっていたが････。<br /><br />　肝心のノリントン節の方は、先日の「エグモント」序曲に比べれば控え目だったが、それでも１１８小節からのヴィオラとチェロが上下に波打ちつつ進んで行くくだりに大きな音量的起伏を組み合わせるといった趣向は、ノリントンならではのものであろう。<br /><br />　「ピアノ協奏曲第４番」では、ノリントンは、先日の「三重奏曲」の時と同じように、またピアノの鍵盤側を客席中央に向けるという配置を行なった。<br />　この配置で、しかも蓋を取り去っていると、上階席でならともかく、１階席で聴く限り、ピアノの音は上方に散ってしまい、非常に遠い音に聞こえてしまう。サントリーホールで、こんなにピアノが遠く彼方に聞こえることは決してない。<br /><br />　ノリントンはここで、ピアノをコンチェルトとしてではなく、オーケストラの楽器の一つとして、あるいは室内アンサンブルとして位置づけたつもりだったのか？　仮にそうだとしても、このバランスには断じて賛同しかねる。<br />　しかしそんな中でも、今夜のソリストの河村尚子の演奏は、それを克服して、強い存在感を以って浮き上がって来たのであった。もし楽器が「まともな」配置であったなら、彼女の今日の演奏は、さらにスケール大きく客席に伝わって来たのではなかろうか。<br /><br />　もう一つ、この協奏曲の演奏では、上手側に配置された第２ヴァイオリン群が、ピアノを囲むように、背を少し客席に向けるように座っていた。その音響的な是非については一概に言えないが、「あの堀コンマス率いるＮ響」が――たとえ嫌々ながらにしても――よくそこまで従うようになったものだと、それが驚き。ノリントンはよほどＮ響を煽るのが巧いらしい。<br /><br />　後半は、弦１６型、木管倍加の編成による、ブラームスの「交響曲第２番」だった。<br />　私は、以前からノリントンのブラームスはどうも好きになれないのだが、それは彼が創り出すブラームスの音が甚だ硬質で、ごつごつと角張っていて、しかも低音をあまり響かせないスタイルのせいだろうと思う。ただ、ブラームスの音楽の中の「調和的でないもの」を引き出し、その前衛性を探ろうという彼の意図には、賛意を表したい。フィナーレのコーダなどは目覚しい昂揚を示していた。<br /> ]]>
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<dc:subject>2012年４月</dc:subject>
<dc:date>2012-04-25T23:42:58+09:00</dc:date>
<dc:creator>東条碩夫[音楽評論家]</dc:creator>
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<title>４・２４（火）諏訪内晶子ヴァイオリン・リサイタル　壮絶なブロッホとエネスコ</title>
<description> 　　　彩の国さいたま芸術劇場　音楽ホール　　７時　銘器の音色は惚れ惚れするほど美しいが、それがひとたび激情を迸らせて歌い、叫ぶ時には、凄絶な音楽となる。　今夜の諏訪内晶子と、ピアノのイタマール・ゴランの協演は、聴き手が息を呑むほどの緊迫感に満ちた演奏となった。　演奏されたのは、シューベルトの「ソナチネ第２番」、ブロッホの「ニーグン」、ファリャの「スペイン民謡組曲」（コハンスキ編曲）、バルトークの「
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<![CDATA[ 　　　彩の国さいたま芸術劇場　音楽ホール　　７時<br /><br />　銘器の音色は惚れ惚れするほど美しいが、それがひとたび激情を迸らせて歌い、叫ぶ時には、凄絶な音楽となる。<br />　今夜の諏訪内晶子と、ピアノのイタマール・ゴランの協演は、聴き手が息を呑むほどの緊迫感に満ちた演奏となった。<br /><br />　演奏されたのは、シューベルトの「ソナチネ第２番」、ブロッホの「ニーグン」、ファリャの「スペイン民謡組曲」（コハンスキ編曲）、バルトークの「ルーマニア民族舞曲」（セーケイ編曲）、エネスク（エネスコ）のヴァイオリン・ソナタ第３番「ルーマニア民族風に」。<br />　アンコールはシャミナードの「スペインのセレナード」（クライスラー編曲）、クライスラーの「シンコペーション」、ドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」（ハルトマン編曲）。<br /><br />　このうち、ファリャ以降の６曲は、今年１月に録音されたＣＤ（デッカ　ＵＣＣＤ－９８６１）にも収められているが、ナマで聴くそれらの演奏の印象はかなり違う。<br />　特にエネスクのソナタには、切れば血の出るように激しい情熱的な演奏に加え、並外れて巨大で奔放なスケール感が漲る。ゴランの、これも非常に激しい、普通なら協演の楽器を霞ませてしまいかねないような強靭なアタック音に対し、諏訪内晶子のヴァイオリンはさらにその上を行くような気魄を以って、あたかも大空間で切り結ぶかのような壮絶な演奏を繰り広げる、といった感になる。<br /><br />　ブロッホの「ニーグン」でも同様だ。彼女のヴァイオリンは濃厚にうねり、絡みつき、苦悩し、激しい感情を吐露する。この粘りのある官能性は実に物凄く、それは昔の彼女の演奏には聞けなかったものであろう。そして、楽器の音の表面的な豊麗さに身をゆだねることなく、時には生々しい荒さをふりかざして、作品の本質に迫ろうとする姿勢にも圧倒される。<br />　こうした凄味は、自由さが許されるナマのステージでの演奏でこそ、生きるだろう。<br /> ]]>
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<dc:subject>2012年４月</dc:subject>
<dc:date>2012-04-24T23:42:00+09:00</dc:date>
<dc:creator>東条碩夫[音楽評論家]</dc:creator>
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<title>４・２３（月）チャイコフスキー国際コンクール優勝者ガラ・コンサート</title>
<description> 　　　サントリーホール　　７時　昨年９月８日にこのホールで行われた「ガラ・コンサート」での出演者から、ソプラノのエレーナ・グーセワを除いた３人が集まっての室内楽コンサート。　「去年聴いたから」ということなのだろうか、演奏者たちには気の毒なくらいガラガラの入りだ。ダニール・トリフォノフ（ピアノ、２０１１年チャイコフスキー・コンクール優勝、１０年ショパン・コンクール第３位）など、昨年は大変な人気で、聴
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<![CDATA[ 　　　サントリーホール　　７時<br /><br />　昨年９月８日にこのホールで行われた「ガラ・コンサート」での出演者から、ソプラノのエレーナ・グーセワを除いた３人が集まっての室内楽コンサート。<br /><br />　「去年聴いたから」ということなのだろうか、演奏者たちには気の毒なくらいガラガラの入りだ。ダニール・トリフォノフ（ピアノ、２０１１年チャイコフスキー・コンクール優勝、１０年ショパン・コンクール第３位）など、昨年は大変な人気で、聴衆の動員力もあったはずなのだが、どうしたわけだろう？　<br /><br />　今日のコンサートは、そのトリフォノフが終始出ずっぱりで弾き、「トリフォノフとその仲間たち」といったようなプログラムになっていた。<br />　最初にヴァイオリンのセルゲイ・ドガージン（ヴァイオリン部門１位なしの２位）が協演して、チャイコフスキーの「懐かしい土地の思い出」からの２曲と「ワルツ・スケルツォ」、及びアンコールでマスネの「タイースの瞑想曲」を演奏。<br />　次にチェロのナレク・アフナジャリャン（チェロ部門優勝）が協演して、シューマンの「幻想小曲集」、ラフマニノフの「ヴォカリーズ作品３４－１４」、パガニーニの「（ロッシーニの）モーゼの主題による変奏曲」、及びアンコールでエルガーの「愛の挨拶」を演奏する。<br />　そして後半にはトリフォノフの独り舞台で、ドビュッシーの「映像第１集」とショパンの「練習曲作品１０」が演奏される、という具合。<br /><br />　しかし、３人の中で、今夜最も光ったのは、チェロのナレク・アフナジャリャンであったろう。<br />　このアルメニア出身の２３歳の若者は、昨年の来日時にも素晴らしい演奏を聴かせてわれわれの度肝を抜いたが、今夜も強靭な放射力を備えた個性で、大器の迫力を感じさせた。<br /><br />　もちろんトリフォノフも素晴らしく、特にドビュッシーでの瑞々しさは、この若者の感性の幅の広さを思わせて魅力的である。ただし「練習曲」の最後の方は、演奏の緊迫度がやや薄れ、締まりを欠いたきらいもあったが････。<br />　このあと、３人がいっぺんに出て来て、ドヴォルジャークの「ユモレスク」を三重奏版で弾いたので、この分ではまた若手のパワーは止まる所を知らず、になるかもしれないと思い、失礼した。ロビーに出た途端に「こうもり」が聞こえて来たが、これは例のトリフォノフが編曲したものだった由。<br /> ]]>
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<dc:subject>2012年４月</dc:subject>
<dc:date>2012-04-23T23:36:48+09:00</dc:date>
<dc:creator>東条碩夫[音楽評論家]</dc:creator>
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<title>４・２１（土）シルヴァン・カンブルラン指揮読売日本交響楽団　フランクの交響曲</title>
<description> 　　　サントリーホール　　６時　「彩の国」での「レ・ヴァン・フランセ」のコンサートは終演が５時２０分頃まで延びた上に、駐車場から道路に出るまで実に３０分を要し（ゲートが１つしかないのと、精算機器が鈍重で作動が遅いのと、目の前の道路が渋滞しているのと････）、かつ首都高浦和のランプまでの国道１７号も渋滞と来ては、サントリーホールの開演時刻に間に合うわけはない（もともと無理だろうとは思っていたが）。　そ
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<![CDATA[ 　　　サントリーホール　　６時<br /><br />　「彩の国」での「レ・ヴァン・フランセ」のコンサートは終演が５時２０分頃まで延びた上に、駐車場から道路に出るまで実に３０分を要し（ゲートが１つしかないのと、精算機器が鈍重で作動が遅いのと、目の前の道路が渋滞しているのと････）、かつ首都高浦和のランプまでの国道１７号も渋滞と来ては、サントリーホールの開演時刻に間に合うわけはない（もともと無理だろうとは思っていたが）。<br /><br />　それでも７時前にはホールに着いた。プログラム前半のメシアンとイベールの作品こそ聴けなかったが、後半のフランクの「交響曲ニ短調」だけでも聴けたのは幸いである。<br />　今回は珍しくＲＢ席で聴いたが、ここではオーケストラの内声部がまるでスコアを見るようにすべて聞こえるという面白さが味わえる。<br /><br />　カンブルランは、あたかもドイツ音楽に対峙するように、この交響曲を重厚壮大に、がっしりと組み立てる。もともとこの曲にはそれにふさわしい性格が備わっているから、そのアプローチが成功するのは当然だろう。好調の読響も、豊潤で恰幅のいい演奏を繰り広げてくれた。<br /><br />　カンブルランと読響は、ますます快調である。インバルと都響、ラザレフと日本フィル、それに以前からのスダーンと東響――シェフがしっかりしていれば、そのオーケストラの演奏の水準も高くなるものだ。<br /> ]]>
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<dc:subject>2012年４月</dc:subject>
<dc:date>2012-04-21T23:23:49+09:00</dc:date>
<dc:creator>東条碩夫[音楽評論家]</dc:creator>
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<title>４・２１（土）レ・ヴァン・フランセ　来日演奏会</title>
<description> 　　　彩の国さいたま芸術劇場　音楽ホール　　３時　エマニュエル・パユ（フルート）、フランソワ・ルルー（オーボエ）、ポール・メイエ（クラリネット）、ラドヴァン・ヴラトコヴィチ（ホルン）、ジルベール・オダン（バソン）、エリック・ル・サージュ（ピアノ）――全く、素晴らしい顔ぶれ。　来日したこの名手揃いのグループ「レ・ヴァン・フランセ」の今日のプログラムは、バーバーの「夏の音楽」に始まり、ルイーズ・ファラン
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<![CDATA[ 　　　彩の国さいたま芸術劇場　音楽ホール　　３時<br /><br />　エマニュエル・パユ（フルート）、フランソワ・ルルー（オーボエ）、ポール・メイエ（クラリネット）、ラドヴァン・ヴラトコヴィチ（ホルン）、ジルベール・オダン（バソン）、エリック・ル・サージュ（ピアノ）――全く、素晴らしい顔ぶれ。<br /><br />　来日したこの名手揃いのグループ「レ・ヴァン・フランセ」の今日のプログラムは、バーバーの「夏の音楽」に始まり、ルイーズ・ファランク（1804～75）の「六重奏曲　作品４０」、モーツァルトの「ピアノと管楽器のための五重奏曲」、ヴェレシュの「オーボエ、クラリネット、バソンのためのソナタ」、プーランクの「六重奏曲」と続き、アンコールでのルーセルの「ディヴェルティスマン」およびルートヴィヒ・テュイレの「六重奏曲」からの「ガヴォット」で結ばれた。<br /><br />　まさに彼らならではのエスプリにあふれた演奏で、その洒落た感覚は、他のいかなる室内アンサンブルからも聴けないものだろう。モーツァルトが何か重く、生気に今一つ不足したのは意外だったが、フランスものに関しては文句のつけようがない。<br />　特にファランクとルーセルの作品では、ル・サージュの柔らかく優雅な弱音のピアノと、パユのフルートとの和声が陶酔的な美しさを醸し出していた。この音色は、快感。<br /> ]]>
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<dc:subject>2012年４月</dc:subject>
<dc:date>2012-04-21T23:22:49+09:00</dc:date>
<dc:creator>東条碩夫[音楽評論家]</dc:creator>
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<title>４・２０（金）庄司祐美メゾ・ソプラノ・リサイタル</title>
<description> 　　　北とぴあ　つつじホール　　７時　東京藝大を卒業し、シュトゥットガルト音大でも学んだ庄司祐美（二期会）のメゾ・ソプラノ・リサイタルを聴く。　この人の歌唱は、オペラの舞台ではヘンデルの「エジプトのジュリオ・チェザーレ」のニレーノ役（鈴木雅明指揮・平尾力哉演出、２００５年１０月１６日・北とぴあ）や、ワーグナーの「ワルキューレ」のジークルーネ役（飯守泰次郎指揮・ジョエル・ローウェルス演出、２００８年
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<![CDATA[ 　　　北とぴあ　つつじホール　　７時<br /><br />　東京藝大を卒業し、シュトゥットガルト音大でも学んだ庄司祐美（二期会）のメゾ・ソプラノ・リサイタルを聴く。<br /><br />　この人の歌唱は、オペラの舞台ではヘンデルの「エジプトのジュリオ・チェザーレ」のニレーノ役（鈴木雅明指揮・平尾力哉演出、２００５年１０月１６日・北とぴあ）や、ワーグナーの「ワルキューレ」のジークルーネ役（飯守泰次郎指揮・ジョエル・ローウェルス演出、２００８年２月２０日・東京文化会館）など、いずれも二期会公演で聴いたことがあり、また後者は飯守泰次郎指揮の第３幕演奏会形式上演（２００９年９月３日・オーチャードホール）でも聴いた。<br />　歌曲リサイタルの方は、２００６年の「シューマン・リサイタル」を録音で聴いたことがあるが、伸びのいい声による叙情的な美しさに富んだ歌唱に感心したものだ。<br /><br />　今回のリサイタルは、ピアノの居福健太郎との協演。ハイドンの「ナクソス島のアリアンナ」に始まり、シューベルトの「楽に寄せて」「魔王」など５曲、リストの「トゥーレの王」など３曲、シューマンの「ケルナーの１２の詩」（作品３５）という、かなり重量感のあるプログラムが組まれている。<br /><br />　こちらの体調の関係で、リストまで聴いて失礼したが、私の気に入ったのはやはりシューベルト。一方リストの歌曲はなかなか聴く機会のないもので、その意味では興味深かったけれども、彼女の声の音色の明るさと、これらの曲の沈鬱さとの間のギャップを、多少ではあるが意識せざるを得なかったのが正直なところ。おそらく最後のシューマンが最良ではなかったかと思うのだが、聴けなくて残念。<br /><br />　なお、プログラムに掲載の解説や対訳一切は彼女自身の手によるもの。博学な人だ。試みに彼女のブログを覗いてみたら、演奏会評など実に論理的で、面白い。<br /> ]]>
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<dc:subject>2012年４月</dc:subject>
<dc:date>2012-04-20T23:21:52+09:00</dc:date>
<dc:creator>東条碩夫[音楽評論家]</dc:creator>
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<title>４・１９（木）新国立劇場　モーツァルト：「ドン・ジョヴァンニ」</title>
<description> 　　　新国立劇場オペラパレス　　６時３０分　２００８年１２月にプレミエされたグリシャ・アサガロフ演出、ルイジ・ペレゴ美術によるプロダクションの再演（再演演出は田尾下哲）。　プレミエの時にはルチオ・ガッロが歌ったドン・ジョヴァンニ役に、今回はマリウシュ・クヴィエチェンを迎えたのが呼び物だった。　クヴィエチェンは、ドン・ジョヴァンニの歌い手として今や屈指の存在と言っていい。　歌唱も演技も、すべてがスピ
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<![CDATA[ 　　　新国立劇場オペラパレス　　６時３０分<br /><br />　２００８年１２月にプレミエされたグリシャ・アサガロフ演出、ルイジ・ペレゴ美術によるプロダクションの再演（再演演出は田尾下哲）。<br />　プレミエの時にはルチオ・ガッロが歌ったドン・ジョヴァンニ役に、今回はマリウシュ・クヴィエチェンを迎えたのが呼び物だった。<br /><br />　クヴィエチェンは、ドン・ジョヴァンニの歌い手として今や屈指の存在と言っていい。<br />　歌唱も演技も、すべてがスピーディな感じで切れ味が良い。明晰な声で急速なテンポとリズムを完璧に保って、胸のすくような歌唱を聴かせるのがクヴィエチェンの魅力的な個性だ。昨年１１月にＭＥＴで聴いた時にも惚れ惚れするような痛快な歌いぶりだったが、今回もそれが際立っていた。<br /><br />　指揮のエンリケ・マッツォーラが東京フィルをシャープな「ノン・ヴィブラート系」の音色で煽り気味に鳴らすだけに、クヴィエチェンのような明快な声でないと、オケと歌とのスタイルの一体化が難しいだろう。<br /><br />　ところが残念ながら、今回は、その他の歌手陣があまり冴えない。<br />　レポレッロの平野和は声がこもり気味で、主従がそれぞれ向き合って――つまり横を向いて歌う時に、ジョヴァンニの声はビンビン客席に響いて来るにもかかわらず、レポレッロの声はほとんど来ないという状況なのだ。<br />　この、主従の声のバランスの悪さが――つまり声楽的性格のギャップが大きすぎたことが、ドラマのバランスをも壊してしまったといえよう。これがまず一つ。<br /><br />　そして、ドンナ・エルヴィーラ役のニコル・キャベルも、声も発音も「丸過ぎ」て、オケの音色に対し水と油だ。ただしこれはそれぞれの個性の違いだから、善し悪しとはまた別の問題であろう。<br />　それより、ドン・オッターヴィオを歌ったダニール・シトーダの不調が致命的だった。声はまっすぐ出ないし、歌い方も耳を覆いたくなるほど雑で、――何年か前にはマリインスキー劇場期待の俊英として「オネーギン」のレンスキー役などで溌剌たる歌を聞かせていたあのシトーダは、いったいどこへ行ったのか････と暗澹たる気持になる。<br /><br />　そんな中で、ドンナ・アンナのアガ・ミコライが明晰な強い声で意志の強い女性像を描き出したのと、騎士長の妻屋秀和が持ち前の低音でドン・ジョヴァンニと互角に渡り合ったのが救いだったといえようか。<br />　ツェルリーナの九嶋香奈枝と、マゼットの久保和範は健闘していた。<br /><br />　指揮のエンリケ・マッツォーラは、「地獄落ち」の個所以外は比較的速めのテンポで、オーケストラを明晰なリズムで響かせ、適度の煽りも聞かせる。少し下世話な（？）雰囲気もあるが、なかなか面白い。<br />　全曲最後のアレグロ・アッサイの重唱に飛び込む前、「地獄落ち」の最後のフェルマータ付の和音をクレッシェンドさせ（!!）、矯めをつくるという指揮は私も初めて聞いたが、思わず吹き出しそうになった。まあ、こういう芝居気も、悪くないだろう。<br /><br />　舞台については、以前に書いた。装置そのものは中庸を得て、落ち着いた雰囲気もあって美しい。ただし歌手たちは客席を向いて歌うことも多く、ごく安泰なスタイルで、何か新しい視点を教えられるというような舞台ではない。<br />　それに、登場人物の動きに、どうも「冷めた」雰囲気がある。クヴィエチェンも宴会の場ではエルヴィーラに料理を投げつけるという荒々しい演技を見せたものの、自らのスピーディな動きを空回りさせているという感もあった。<br /><br />　今回に限ったことではないが、この新国立劇場では、世界の歌手も、指揮者も、演出家までも、いや日本人の演奏家たちさえ、何か一つ燃えず、冷えた空気の中に陥ってしまう。「神々の黄昏」の一節ではないが、「どんな魔物がここに棲んでいるのだろう？」<br /> ]]>
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<dc:subject>2012年４月</dc:subject>
<dc:date>2012-04-19T23:12:57+09:00</dc:date>
<dc:creator>東条碩夫[音楽評論家]</dc:creator>
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<title>４・１９（木）インバル指揮東京都響のショスタコーヴィチ「第１０交響曲」リハーサル</title>
<description> 　　　　東京文化会館リハーサル室　　１０時３０分　これも２０日の定期は聴きに行けないので、都響事務局に頼んでリハーサルを取材させてもらった。約２時間、第１楽章、第２楽章、第４楽章のリハーサル。　インバルは、例の如くがっしりとした音楽づくり。隙のない、安定した重心をもった構築は、この「第１０番」には適しているだろう。フィナーレのクライマックスは、かなりエキサイティングなものになりそう。　都響の音も相
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<![CDATA[ 　　　　東京文化会館リハーサル室　　１０時３０分<br /><br />　これも２０日の定期は聴きに行けないので、都響事務局に頼んでリハーサルを取材させてもらった。約２時間、第１楽章、第２楽章、第４楽章のリハーサル。<br /><br />　インバルは、例の如くがっしりとした音楽づくり。隙のない、安定した重心をもった構築は、この「第１０番」には適しているだろう。フィナーレのクライマックスは、かなりエキサイティングなものになりそう。<br /><br />　都響の音も相変わらず良い。第１ヴァイオリン群の後方で聴いていてさえ、弦の緻密な響きが堪能できる。――とはいえ、狭いリハーサル室の中で強烈に渦巻き怒号する木管群のフォルティシモは、自分も一緒に吹いている時ならともかく、間近で黙ってじっと聴いていると、耳にはかなりヘヴィだが････。<br /> ]]>
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<dc:subject>2012年４月</dc:subject>
<dc:date>2012-04-19T23:08:15+09:00</dc:date>
<dc:creator>東条碩夫[音楽評論家]</dc:creator>
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<title>４・１８（水）宮本文昭の東京シティ・フィル音楽監督就任披露定期</title>
<description> 　　　東京オペラシティコンサートホール　　７時　再びオペラシティに戻り、宮本文昭が東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の初代音楽監督に就任した、そのお披露目の定期を聴く。　会場は、賑やかな雰囲気。　プログラムは、ワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第１幕前奏曲、モーツァルトの「ピアノ協奏曲第２７番」（ソリストは小山実稚恵）、ブラームスの「交響曲第２番」。　指揮者、オーケストラ、とも
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<![CDATA[ 　　　東京オペラシティコンサートホール　　７時<br /><br />　再びオペラシティに戻り、宮本文昭が東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の初代音楽監督に就任した、そのお披露目の定期を聴く。<br />　会場は、賑やかな雰囲気。<br /><br />　プログラムは、ワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第１幕前奏曲、モーツァルトの「ピアノ協奏曲第２７番」（ソリストは小山実稚恵）、ブラームスの「交響曲第２番」。<br />　指揮者、オーケストラ、ともに全身全霊をこめた演奏といった感で、特にブラームスの終楽章ではシティ・フィルにしては珍しいほど豊麗な響きが聴かれ、盛り上がりもなかなかのものであった。<br /><br />　オーボエ奏者として世界屈指の存在だった宮本文昭さんについては、個人的にもよく存じ上げているし、談論風発のその人柄は実に魅力的である。ただ、指揮者としての彼の芸風については、私はこれまでに昨年の「第９」と今回の定期との僅か２つの演奏会を聴いただけであり、未だとても全貌を掴むところまで行っていない。<br />　いずれも体当たり的な大熱演で、少しの衒いもなく丁寧に演奏をつくりあげる指揮者であるのはたしかだと思うが、その一方で表情に多彩な変化が不足し、音楽の流れが一本調子になる傾向なしとしない。そのあたり、彼の魅力的なキャラクターの力で今後どのように解決されて行くか、だろう。<br /><br />　シティ・フィルの演奏も今日は良かったとはいえ、川本嘉子がヴィオラのトップに座っていたのをはじめ、他オケの腕利きＯＢが何人か応援に駆けつけ、友情出演していたようで、こういう「御祝儀相場」では、シティ・フィルの真価を測るわけには行くまい。<br /><br />　それだけに、小山実稚恵のピアノの温かい表情が強く印象に残った。アンコールで弾いた「トロイメライ」の優しい美しさは、私がこれまで聴いたこの曲の演奏の中で最高のものであった。<br /> ]]>
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<dc:subject>2012年４月</dc:subject>
<dc:date>2012-04-18T23:06:02+09:00</dc:date>
<dc:creator>東条碩夫[音楽評論家]</dc:creator>
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<title>４・１８（水）リクライニング・コンサート　「ＩＬ　ＤＥＶＵ」</title>
<description> 　　　ＨＡＫＵＪＵ　ＨＡＬＬ　　３時　リハーサルの途中で失礼して、西新宿のオペラシティからタクシーで１０分ほど、代々木公園近くのＨＡＫＵＪＵ　ＨＡＬＬへ向かう。こちらは二期会の男声クァルテットによる「リクライニング・コンサート」だ。　「リクライニング・コンサート」は、このホールの名物シリーズである。　客席後方の数列は椅子の背凭れが傾斜するように出来ており、演奏の間、聴いても眠ってもいい、というのが
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<![CDATA[ 　　　ＨＡＫＵＪＵ　ＨＡＬＬ　　３時<br /><br />　リハーサルの途中で失礼して、西新宿のオペラシティからタクシーで１０分ほど、代々木公園近くのＨＡＫＵＪＵ　ＨＡＬＬへ向かう。こちらは二期会の男声クァルテットによる「リクライニング・コンサート」だ。<br /><br />　「リクライニング・コンサート」は、このホールの名物シリーズである。<br />　客席後方の数列は椅子の背凭れが傾斜するように出来ており、演奏の間、聴いても眠ってもいい、というのが趣旨だ。この椅子にのけぞって聞いていると実に良い気持になる。これでは、眠るな、という方が無理だろう。<br />　いつだったか、テノールの福井敬さんがこのコンサートに出演した際、１曲目に例の「トゥーランドット」の「だれも寝てはならぬ」を歌っておどかした（？）そうだが、効果のほどはどうだったろうか。<br /><br />　今日の出演は、望月哲也・大槻孝志（テノール）、青山貴（バリトン）、山下浩司（バス・バリトン）、河原忠之（ピアノ）の５人からなる「イル・デーヴ」。<br />　５人の総体重５００キロということでこのグループ名称がついた（とか言う）。<br /><br />　とにかく「５人の（イケメンならぬ）フトメンによる重量級の感動」と銘打たれたこの日の演奏会、モーツァルトからロイド＝ウェッバー、アイルランド民謡、岡野貞一、木下牧子、モリコーネなど、そして最後の「マイ・ウェイ」までの７５分ほどのプログラムで、後半に向けてパワーを全開して行くという構成。<br />　小さなホールだから、フル・ヴォイスで歌った時には物凄い。オーケストラを凌ぐ音量感だ。<br /><br />　前半こそ「お奨めに従い」いい気持になってうとうとしたが、後半のプログラムにいたり、プロレスラーかボクサーみたいなアタマ（その昔のグレート東郷を思い出した）をした河原忠之のピアノも冴え、違う意味で快い気持になり、リクライニングながら眠るどころではなくなった。音量のせいだけではない。<br /> ]]>
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<dc:subject>2012年４月</dc:subject>
<dc:date>2012-04-18T23:00:05+09:00</dc:date>
<dc:creator>東条碩夫[音楽評論家]</dc:creator>
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<title>４・１８（水）垣内悠希と東京フィルのブラームス「第２交響曲」リハーサル</title>
<description> 　　　　東京オペラシティ　リハーサル室　　正午　その垣内悠希の次の定期（２０日）は都合で聴けないので、東京フィル事務局の了解を得て、リハーサルの一部を取材させてもらった。約２時間、ブラームスの「２番」の第１楽章から第３楽章までの練習を聞く。　事務局の話では、彼はブラームスにとりわけ愛着を感じている由。今日はちらりと聞いただけだが、１５日のチャイコフスキーよりもいい演奏になりそうな気がする。
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<![CDATA[ 　　　　東京オペラシティ　リハーサル室　　正午<br /><br />　その垣内悠希の次の定期（２０日）は都合で聴けないので、東京フィル事務局の了解を得て、リハーサルの一部を取材させてもらった。約２時間、ブラームスの「２番」の第１楽章から第３楽章までの練習を聞く。<br />　事務局の話では、彼はブラームスにとりわけ愛着を感じている由。今日はちらりと聞いただけだが、１５日のチャイコフスキーよりもいい演奏になりそうな気がする。<br /> ]]>
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<dc:subject>2012年４月</dc:subject>
<dc:date>2012-04-18T22:58:44+09:00</dc:date>
<dc:creator>東条碩夫[音楽評論家]</dc:creator>
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<title>４・１５（日）垣内悠希、東京フィルで国内プロ・オケ定期デビュー</title>
<description> 　　　　オーチャードホール　　３時　東京芸大楽理科およびウィーン国立音大指揮科に学び、２０１１年ブザンソン国際指揮者コンクールに優勝した垣内悠希が、ついに東京フィル定期に初登場。　プロ・デビューは２００６年ルーマニアのブラショフ響だったそうだが、「日本では大阪響を振った経験があるだけで、在京オケの指揮は全く初めて」（プログラム掲載インタビューから）だとのこと。記念すべき演奏会である。今年３４歳。　
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<![CDATA[ 　　　　オーチャードホール　　３時<br /><br />　東京芸大楽理科およびウィーン国立音大指揮科に学び、２０１１年ブザンソン国際指揮者コンクールに優勝した垣内悠希が、ついに東京フィル定期に初登場。<br /><br />　プロ・デビューは２００６年ルーマニアのブラショフ響だったそうだが、「日本では大阪響を振った経験があるだけで、在京オケの指揮は全く初めて」（プログラム掲載インタビューから）だとのこと。記念すべき演奏会である。今年３４歳。<br />　指揮したのは、ベートーヴェンの「エグモント」序曲、シューマンの「ピアノ協奏曲イ短調」（ソロは２１歳のソフィー・パチーニ）、チャイコフスキーの「交響曲第５番」である。<br /><br />　振り方がどうだとか、指揮の技術がどうだとかいう話は、その方面に詳しい方が多いだろうから、私はただ、彼の今日の音楽が私にはどう聴こえたか、ということだけについて、正直に書く。<br /><br />　総じて、良くも悪くも熱血的な指揮というか。特にチャイコフスキーなど、金管群を一杯に鳴らし、音楽の力感を強調して、ひたすらエネルギッシュに押す。<br />　若いうちはこのくらいの勢いがあって好いだろう。というより、欧米のオーケストラならフォルティシモにおけるこの程度の大音響とエネルギー感は当然のこと、決して鳴らし過ぎではない。垣内がなまじ日本のオーケストラを振ったことがほとんど無かったのがむしろ幸いだったかもしれず、このパワーは大切にして欲しい。<br /><br />　ただ、それはいいのだけれど、３曲の演奏で、いずれもひどく気になった彼の癖がある。<br />　これは、――うまい言い方が見つからないのだが、たとえばある楽器が一つのフレーズを演奏し終わるか終わらないかのうちに、別の楽器が次のフレーズを強引に突っ込んで来るかのように聞こえる････要するにイン・テンポで押すあまりに、モティーフが移り変わって行く時の音楽の流れに「息継ぎ」のようなものがなく、音楽が常に先へ先へと非常に慌しく進んでしまうという印象なのである。<br /><br />　これは、テンポが速いということとか、ホールの残響のせいで次のフレーズの頭の一音が聞き取れないとかいうこととは違う。<br />　協奏曲でのオーケストラとピアノとの入れ替わりの瞬間の慌しさ、「第５交響曲」第２楽章最初のホルン主題をオーボエが受ける瞬間（コン・モートに変る個所）の唐突さなども、その一例だ。<br />　演奏が、元気はいいけれども一本調子に聞こえる、というのも、その忙しいリズム運びに原因があるかもしれない。初めのうちは力感があるのに、次第に単調になって緊迫度が薄くなり、空虚感が増す（「エグモント」の再現部以降）という印象も拭いがたい。<br /><br />　その代わり、たとえば「エグモント」の序奏や、「第５交響曲」第１楽章序奏のような、遅いテンポで「間をとって」じっくりと進める部分での音楽づくりなどでは、その力感がものを言って、聴き手の期待を煽るような、何かを生み出す。<br /><br />　まあしかし、とにかくこれが彼の事実上の国内デビュー。もろもろの問題点はこれから解決されるだろう。あまり多忙な仕事を入れることなく、じっくりと研鑽を積んで行って欲しい。<br />　次の東京フィルとの定期は今月２０日。ブラームスの「第２交響曲」でどんな指揮を聴かせてくれるか。７月末には都響をも振る。<br /> ]]>
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<dc:subject>2012年４月</dc:subject>
<dc:date>2012-04-15T23:20:28+09:00</dc:date>
<dc:creator>東条碩夫[音楽評論家]</dc:creator>
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